2016年大統領選でヒラリー・ローダム・クリントン氏は総投票数ではトランプ氏より200万票以上も多く獲得したが、選挙人制度によって敗北した。
このため本質的に負けたというわけではないが、それでも現行制度で余裕で勝つほど票が伸びなかった。主な理由は、投票日の2週間前にジェームズ・コミーFBI長官(当時)が、すでに訴追しないと決めていた彼女の私用メールの仕事利用の件を蒸し返したため、とヒラリー氏は語っている。
仕事での私用メールの使用について、彼女は「自分がバカだった」と回顧録で反省している。公用・私用とも一個のデバイスで使えるよう、夫がもともと持っていたサーバーに自分のアカウントを作成してそれだけを利用していた。
米政府に勤めた私の経験から言えば、業務関連の文書やメールの扱いに関しては厳しい規則があり、そうした規則を理解・遵守するために相当の時間とエネルギーを取られる。日常業務で学んだ知識の再確認や最新情報を得るため、年1回のサイバーセキュリティ研修の受講が各職員に義務づけられ、最終テストにパスしないと仕事を続けられない仕組みになっている。
にもかかわらず、ヒラリー氏は「なぜ私が国務省以外のアカウントを仕事で使っていたのか、疑問を呈する人は誰もいなかった」と言うから驚きだ。上記のルールを守らせる最高責任者か完全にルールを無視し、その問題を誰も指摘しなかった、というわけだ。
そのようなダブルスタンダードがどうして可能だったのか。
さらに驚愕することに、なんとジョン・ケリー長官(2013-2017年)の前には、国務省のメールを使用する国務長官は誰もいなかった(長官をサポートする職員を管理するキャリア外交官カリン・ラング氏の証言)。
これこそが大問題である。確かにヒラリー氏のメールの扱いは常軌を逸脱していたが、とっくにインターネット時代に突入していた時代の歴代国務長官の面々も同じ穴の狢というわけだ。それがオルブライト(1997-2001年)、パウエル(2001-2005年)、ライス(2005-2009)の責任はほとんど問われず、ヒラリーだけが非難を浴びてきた。
コミーはもともと共和党員であり「FBIはトランプ支持者の集まり」(ヒラリー氏がFBI職員を匿名で引用したコメント)だった。FBI長官は政治から独立した地位を保つため10年の任期制で、コミー氏は2013年にオバマ大統領に指名され、上院の承認を受けた。当時の上院は民主党が多数派を占めていた。全くの想像ではあるが、FBI関係者にはトランプ氏の政界進出より前から共和党支持者が多く、長官にふわさしい経歴の持ち主が民主党に近い人物にはいなかったのだろうか。
一連の問題が全てコミーの責任なのか、という疑問もある。同氏が10月28日に突如としてメール問題の再調査に乗り出す2日前、10月26日にジュリアーニ元ニューヨーク市長がテレビ出演して「2日後に驚くニュースがある」と語っている。ジュリアーニ氏はトランプ支持者として応援演説も行った人物だが、コミー氏に何らかの圧力をかけていたため、内部事情を知っていたのだろうか。
すったもんだのあげく、投票日の36時間前にコミー氏は上院宛に出した手紙で「問題はなかったため、訴追しないと決めた数カ月前の決断は変わらない」としている。要するに、とにかく一波乱あるように見せかけることが目的だったような感じがする。
その理由はおそらく、もしヒラリーを訴追することになれば、パウエルやライスなど共和党系を含む歴代国務長官の責任も問われることになるから、ではないだろうか。
いずれにせよ、メール問題をきっかけとして、国務長官やその他の政府高官が受けていた特別扱いが明るみに出た。ブッシュ息子政権のホワイトハウス職員は共和党の私用アカウントで公務を行い、その後200万通を超えるメールが「なくなった」という。