この投稿を見て、思わず学生時代の私??と親近感が湧いた。
20代の頃はドライアイではなかったので、私にとってはコンタクトで生活がかなりラクになった。ただ化粧をする時間は本当になく、ほとんどの級友も同じだった。
なにしろ専攻科目で1つでも単位を落としたら、ほかの専攻科目が全優だったとしても全て不可となり留年が決定する。四声と反り舌音、有気音と発音記号の細かいルールに基づく変化を全て正確に記憶し、教授の前で暗唱する。文法は毎回、前回の授業で習った内容のテスト。進級すると地獄の大学2年が待ち構えている。今のようにネットも電子辞書もなく、全て画数で紙の辞書を引いて訳す。中国の歴史、思想、小説、経済論文など。。いくら時間があっても足りない。おまけにガリ勉の私は英語の教職も取っていた。
私たちにとって、CanCamやJJに登場する厚化粧のお嬢様学生はチャラチャラ遊んでいると軽蔑の対象だった。そうしたメンタリティーは最近でも東京外大にみられる。冒頭の投稿者は国立市という土地柄、一橋大学の学生かもしれない。お金持ち私立大学・女子大の学生=体制派・女子力重視、国立大学の女子学生=反体制派・学問重視という、ざっくりした棲み分けは今でも健在なのだろうか。
社会人になって化粧=男性のネクタイのような位置づけになっても、面倒臭いことには変わらない。ヒラリー氏も全く同じ感想を述べている。大統領選の選挙運動中に化粧に費やした時間は600時間、じつに25日分。この時間をもっと重要な件に使いたかった、と。「女性が化粧をしようがしまいが、誰も気にしない世の中を私は夢見ている」と回顧録で語っている。
ただ元々の顔の造作に自信のない女性にとっては、化粧は不安解消に役立つ。その一方で、テレビ出演や舞台などを除き、ほとんどの男性は化粧をしない。髪型もショートカットしか選択肢がなく、持って生まれた容姿でほぼ全てが決まってしまう。こうした社会習慣によって、男性はよりイケメンになるチャンスを奪われている、とも言える。
化粧が大好きな女性も少なくないので、そうした喜びを奪おうとか、化粧品会社の邪魔をするつもりはない。ただ、化粧をしたくない女性に化粧を強要するプレッシャーはなくなればいいと思う。
この問題は台湾ではないという。なんとも羨ましく素晴らしい。