"emotional labor"をググってみると「感情労働」と訳され、顧客への温かい感情が労働の主な要素になる職業(客室乗務員、看護師、介護士、コールセンター、水商売、ドアマンなど)を指すらしい。
だがヒラリーの言うemotional laborは、職場の同僚のバースデーパーティ、新入社員の歓迎会、子供のキャンプ、義理家族の来訪といった行事の調整役だという。女性社員や主婦が自発的あるいは無意識に忖度して仕事の一部としてやっている活動という意味で、上記の「感情労働」とは異なり、ここでは「情緒的な労働」と呼ぶことにしよう。
CEOや総合職もお茶くみ
昭和的な日本企業には「情緒的な労働」が満載だ。お茶くみ、始業前の机拭き、お菓子配り、職場で行われた立食パーティの後片づけなどが暗黙の了解で、事務職の女性のみならず総合職の女性にも押しつけられる。
その間に同期の男性は本業の仕事を進め、重要な会議に出席する。情緒的な労働は当たり前とみなされ、いくらやっても昇進・昇給につながることはない。もっと言えば、というかだからこそ、情緒的な労働に従事する者はむしろバカにされ、下級市民として扱われる。
ヒラリーさんのような強い印象の女性の口から「女性のCEOが会議でコーヒーを出す場面を見たことが何度もある」聞いて驚いた。というのも、私がアメリカ生活で最もうれしかった瞬間は、パーティ(と言っても、ただ誰かの家に集まるだけの会合)に行くと、男性も女性と同じように、というかむしろ積極的に"Can I get you something to drink?"と来訪者に話しかけて、水でもコーラでも持ってきてくれることだった。
私はどんなに脳が老化しようが、このフレーズは一生忘れないだろう。お茶くみが女性への強制労働ではなく男性も進んで行うとは、なんて素晴らしい国なんだ。選択的夫婦別姓はとっくの昔から施行されている。これだから日本はダメなんだよ。気候変動や拉致問題と同様、何十年も壊れたレコードのように本質的に同じ問題をグルグル議論してるだけ。国際機関の調査で男女平等の指標が先進国とは思えないほど低いのは、こういうところから来ている。
伊勢神宮の祭主も情緒的労働か?
男系男子しか天皇になれない制度のもと、結婚後に皇室を離れた女性もいろんな業務を押しつけられている。もはや一般人のはずが伊勢神宮の祭主という重責まで担う清子さんは、公費で買ったティアラくらいもらって行かないと気が済まないわ、と思っているのだろうか。だから眞子さんは自由の女神のおひざ元に逃げたのか。
かなり脱線したが、こうして見ると情緒的な労働には重要な役割がある。
その一方で、本当に必要なのか?と疑問を抱くような情緒的労働もある。
議論が分かれるかもしれないが、私は「義理チョコ」を筆頭にあげたい。本来は恋人たちのプレゼント交換のはずが、給料の安い下級市民の女性が、なぜか上級市民の男性にお菓子を上納する儀式。そうして男性はぜい肉と虫歯を増やし、チョコレートの数でどれだけ自分がモテているかを競い合う。バカバカしい光景の極み。
バカバカしさに隠れた権力闘争
しかしながら、職場のお局さまの考えは異なる。女性社員たちからお金を徴収し、後輩をパシリに出してチョコを買いに行かせ、きれいにラッピングした箱入りのお菓子を部門長にうやうやしく「女性社員一同からです💛」と言って差し出す。これによって上司は彼女をリーダー格と認識し、職場として重要な決断をする際には必ず彼女の意見を聞く。
つまり、表面的にはバカバカしい情緒的労働には権力闘争が隠れていることもある。
これとは別の観点として、クリスマスの飾りつけのコンテストを行う職場もある。その理由は、ふだんは日の目を見ない情緒的労働に従事する女性を表彰し、ガス抜きをしてもらう効果を狙っている、ということかもしれない。