2026年1月6日火曜日

プロ野球に白けてきた理由(2)

 昨年夏「プロ野球に白けてきた理由」という記事を書いた。阪神、西武、NPBの行動への疑問をまとめたものだが、今回は別の理由で白けている。

 昨シーズンの終わりに突如として話題となった、西武ライオンズの今井投手のMLB行きが決まり、入団先のヒューストン・アストローズで会見が行われた。彼は「5年前に代理人と契約した時からMLBに行きたいと思っていた」と語ったが、この発言から「ずっと前からMLBに行きたかったから5年前に代理人と契約した」というのが事実だろう。

 そのためにライオンズで頑張って実績を上げたという長期戦略なのだろうが、つい先日のファン感謝デーで号泣した姿を思い出すと、なんだか白けてくる。

 さらに今井はヒューストンで現地のアメフトやバスケの観戦という、営業をかねた活動をしている。隣に座る妻はシャイな感じだが「インフルエンサー」の瘦せ型でロングヘア、大きい目と筋の通った鼻がどこか不自然で化粧が濃く、整形っぽい雰囲気も漂っている。個人の容姿をあれこれと言うのも気が引けるが、あえて正直に感想を述べた。

 彼がインスタで彼女を見つけて近づいたのか、その逆なのかわからないが、これだけの実力者でハンサムな男はかなりモテるだろうし、ネットの世界で選び放題だったのかもしれない。阪神・中野の妻も「インフルエンサー」だという。

 プロ野球選手は「男は外で働き、女が支える」という古い価値観の世界であり、これもなんだか白ける原因のひとつだ。これは今井に限らず、阪神の岡田前監督もそうだし、ほとんど全てのプロ野球選手はそんな感じ。岡田夫妻の場合、妻は全試合を見て詳細を把握しておかないと、夕食の会話で夫の機嫌が悪いという。妻は夫のために存在すると言っても過言ではない。

 その一方で今井の元同僚である源田の妻は芸能人として仕事を続け、それが原因なのかは不明だが、源田はホステスとかなり真剣な不倫をしていたことが1年前に文春で報じられた。ある意味で彼のほうが人間として正直に生きているのだろうか。

2025年10月15日水曜日

人生後半や晩年の過ごし方

 人生後半や晩年の過ごし方を「指南」する本や動画を見たうえで自分の感想。

・なんだかんだ言ってお金は重要。ただ金融業者が「リタイア後は予想していたより出費がかかる」と言うのは、私の体験では真逆。老後資金が心配な人をカモにしたセールストークではないかと思う。

・仕事を辞めたあとはむしろコート、スーツ、シャツ、靴、バッグ、時計をほとんど買う必要がなくなり、化粧品、エステ、美容院にかける費用も激減。通勤に便利な場所に住む必要もないので都心から郊外に引っ越せば住居費も減る。フルタイムの仕事を辞めれば稼ぎも減り、税金も減る。きつくてストレスの多い仕事を辞めて健康になり、医療費やストレス解消の費用も減る。結果として年間の出費は半減。

・ただインフレで食費や生活必需品、旅行代などが高くなっているのは確かなので、投資の勉強をして自分で取れる範囲のリスクを取らないとお金は増えない。

・孤独は健康によくないと言われるが、つまらない人や面倒臭い人が周囲にいるより、静かに自分の好きなこと(私の場合は文章を書く、動画を制作する、絵を描くなど)をやるほうがはるかに健康によい。寂しければ地元のスポーツイベントに参加して、子供や議員、近所の人とサッカーや野球をやるとか、旅行先でシュノーケリングなどの地元ツアーに参加して一緒になった人と話せばいい。

・なかには「孤独を避けるために常日頃、他人と関わって人間関係を築きましょう」と言う人もいるが、まずは自分で面白いと思うことをやり、結果として面白い人間になるほうが先ではないか。だいたい、つまらない人と付き合いたい人がいるだろうかww 

・老人は得てして自分の体調不良、不運の愚痴が多い。開口一番そんな話をされても気が滅入るだけ。ヘルシーな食事を作るくらいは誰でもできるし、不運の原因を分析して繰り返さないようにしたほうが生産的。

2025年10月5日日曜日

「天皇陛下がビオラを弾く」違和感

 天皇陛下は若い頃からビオラを弾き、今年はモンゴル訪問の際に現地で演奏も披露した。

 チャールズ国王はニンジンでできたリコーダーを吹いた動画があり、チェロを弾くという情報もあったが、今上天皇のように演奏会で楽器を弾くシーンは見当たらなかった。

 昭和天皇やエリザベス女王は楽器を弾かなかった。

 モーツァルトやベートーヴェンが活躍した時代でも、支配層は聴く側だった。貴族やブルジョワは演奏ではなく鑑賞と patronage(後援)を担っていた。演奏するのは使用人階級の音楽家、聴くのはサロンの主人や客。つまり音楽を“労働”としてではなく、“作品世界を体験する知的遊び”として扱っていた。

 あくまで想像なのだが、第二次大戦に勝利した連合国側は欧州の王室>日本の皇室というヒエラルキーを作り、そうした雰囲気を醸し出すために、何らかの提案や示唆をしたのかもしれない。少なくとも結果的には、そうした構造に見える。

 先日「クラシック音楽鑑賞の本質的な楽しみ方」というブログ記事を書き、そもそも私は楽器を弾くことにはあまり興味はなく、むしろクラシック音楽の鑑賞にはデメリットになると考えている、と述べた。

 自分で楽器を弾くとなると、そこが鑑賞するうえでの基準にもなってしまうだろう。そのためベルリンフィルやウィーンフィルといった超一流の演奏というよりは、自分より少し上手な演者を日常的に参考するようになる。そうした演者は超一流というわけではないが、それでも自分よりは上手なので、結果として鑑賞する基準は甘くなる。

 例えて言えば、中学英語でつまづいている人にとっては、関係代名詞を理解して正しく使えるレベルをまずマスターする必要があり、そのレベルに達している人をすごいと思うだろう。

 その一方でTOEIC980点を何度も取ったが、どうしても満点の990点に届かない学習者の課題は、頻度は高くないものの時々出てくるオーストラリア英語の聞き取りだったり、より速く正答を導くためのテクニックだったりする。

 両者では目指すレベルやすごいと感じる内容が全く違う。

 ただ英語をほとんどできない人であっても、通訳を介せば英語ネイティブと会話することはできる。むしろ単語を覚え、文法を理解し、読み書きや会話の練習をするといった膨大な学習の手間暇をかけず、話す内容に集中することによって、より充実した会話をできる可能性もある。

 楽器の話に戻ると、日本では富裕層が「〇歳からバイオリンを始めた」と言うなど“楽器を弾ける=文化的で立派”のような幻想がまだ残っている。だが冷静に考えれば、その時間やエネルギーを旅や読書、優れた演奏の鑑賞、創作などに振り向けたほうが、ずっと広い世界に触れられる。

 結果として「自ら演奏しないこと」が最も洗練された鑑賞者への道なのだ。

2025年10月4日土曜日

高市早苗氏・自民党新総裁就任の感想

 自民党総裁に高市早苗氏が当選した。

 下馬評では小泉進次郎氏優勢とも言われていたが、彼は政治家一族のコネによる学歴や職歴も噂されてきた。また小泉選対では小泉氏を擁護し他候補を中傷する内容のコメントをするよう陣営関係者に依頼していたことが発覚。“ステマ問題”として批判を集めた。

「自民党をぶっ壊す」と言いつつ、郵政民営化や非正規雇用の拡大で「日本をぶっ壊してきた」父親の小泉純一郎元首相よろしく、進次郎総裁となれば、ついに日本がぶっ壊される最終段階に入るのかと恐れていた。小泉氏の落選により、とりあえず最悪シナリオだけは避けたようにも見える。

 高市氏は設備メーカー営業職の父、警察官の母のもと奈良県に生まれた。大学進学先として第一希望の早慶に合格したが、短大でなければ学費を自己負担という親からの条件により、国立の神戸大学に進学したという。卒業後は松下政経塾→テレビキャスター→政界入りした。

 世襲議員が渦巻く自民党議員や歴代総裁の中、庶民出身でたたき上げの人物はかなり少数派だ。同じく例外的に菅義偉氏は秋田の農家出身、高卒後に上京して工場勤務をへて法政大に進学という経歴だが、コロナ禍でわずか1年ほとで退任した。

 とにかく最近の詐欺レベルの増税、インフレ、移民激増、外国人優遇、治安悪化、国土破壊などで、内海聡氏が言うように日本は滅亡状態に近づいている。高市氏は「日本を守る」と強調してきたので、有言実行でこの流れを食い止めてほしい。

 ただ自民党の憲法改正案では天皇の地位や家族の協力が強調され、全体主義的な傾向がみられる。参政党の案のように国民主権を否定するわけではないが、戦前回帰の危うさも感じる。

 さらには緊急事態下で国会の承認を得ず、内閣が法律と同等の効力を持つ政令を発することができるといった危険を孕んでいる。緊急事態の例として外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害を挙げているが、感染症もこの中に入る可能性が懸念されている。

 例えば、国立感染症研究所(東京都武蔵村山市)は2019年、エボラウイルスなど5種類の致死性ウイルスを輸入、その保管を開始した。エボラウイルスはエボラ熱を引き起こし、致死率は致死率90%にものぼる。中国・武漢市では同様の施設からコロナウイルスが流出して世界的な流行を引き起こした。このような事態が東京発で発生、内閣によって強制的なワクチン接種が行われるのではないかと危惧されている。

 高市氏は総裁就任後の会見で真っ先に憲法改正を挙げたが、上記についてどのように考えているのだろうか。

 重大な懸念点はあるものの、世襲議員や財務官僚による世間的な常識をかけ離れた国民負担を脱し、日本国民を守るという目的を果たしていただきたい。

2025年9月13日土曜日

激混みの大阪万博に考える皇室の存在意義

 秋篠宮父・息子が大阪万博を見に行くという。閉幕直前、ようやく涼しくなってきた祝日ウィークの予定。炎天下でも万博は激混み、さらなる混雑が予想されるタイミングで何なのか。開幕前か閉幕後で関係者視察の日程もあっただろうに。ヤフコメには迷惑千万というコメントがあふれている。当然だ。本当にこの家は国民の感覚や常識とかけ離れた行動が目立つ。

 万博の一件は皇室制度の存在意義を考えさせる。

 だいたい皇室、王室はただの特権階級であり、なくても社会は成り立ち、むしろ一般国民の伸びしろが大きくなる。皇室・王室という古臭い制度があるがために、それが理想像や目指すゴールという感覚を国民に与えかねず、自由な発想の妨げになっている。

 これとは逆に永続する既得権益という足かせががないことで、より発展的な社会が可能になる。そうした現象の一つとして、世界最大の経済大国アメリカに皇室や王室ははない。中国の社会制度の是非はともかく、中国にも皇室制度はないが、今や日本より勢力や存在感がある。韓国にもなく国民一人当たりの所得は日本を超えた。

 私は子供の頃から「皇室ってなに? なんでこんなにのんびりした変な話し方するの? なんでこいつらに様づけしなきゃいけないの? 私たちの税金で生活してるのに?」と疑問に思っていた。

 皇室や王室をありがたがる人々は自分たちも経済的に恵まれ、より上のお手本となるライフスタイルが見たい、あるいはただ単に慣性の法則で同じことを続けないと落ち着かない、神道という宗教の信者なのだろう。

 今上天皇や上皇は国民に寄り添う姿勢を鮮明に出してこられ、こうした姿勢は敬意に値するとは思う。ただ男系男子しか天皇になれない現行制度は明らかに女性蔑視であり、雅子さんは男の子を出産するプレッシャーに苦しめられて病気にまでなった。妊娠出産という人間がコントロールできない世界でいかにも理不尽な制度である。

 天皇が国民統合の象徴であるなら男女平等の制度にすべきだし、皇室にかかる費用の使い方の説明責任を果たしていただきたい。私はフランス革命のような暴力は望まないが、よりフェアで自由な社会を実現するため、皇室制度はいずれ幕を下ろしたほうがいい。

2025年9月11日木曜日

戦前を懐古する危険性

 最近の日本は移民激増、日本を搾取する米国との関税合意、増税による国民負担増と貧困化。さらには人権や言論の自由を抑圧する与野党の憲法案など問題が山積している。

 昭和の高度成長期を懐かしむ心理はわからなくもないが、政治や社会を戦前に戻そうとする動きは危険としか言いようがない。

 歯科医の吉野敏明氏は日本誠真会という政治団体を立ち上げ、大日本帝国憲法を復活させ昭和や戦前の日本に戻せば、現在の問題は全て解決すると主張している。四毒(小麦粉・植物油・乳製品・甘いもの)を避けた食事をすれば、全ての健康問題は解決できると毎朝YouTubeで説いて話題になっている人物だ。(同チャンネルには「四毒抜き」の効果を実感するコメントが多数寄せられているので、私も試したが体質に合わず、かえって不調になったのでやめた。)

 吉野氏は昨夜、チャンネル桜の討論番組に出演して耳を疑う発言をした。少子化問題を解決する手段として中絶を禁止、さらには女性を強制的に妊娠出産させることも可能だと。女性の健康や人権を無視する「女性は子供を産む機械」という発想に心底驚いた。

 同氏はこれまでも妻やスタッフに暴力をふるい、浮気や飲酒運転をしたと街頭演説で話すなど「誠実、真実、敬い」というスローガンと矛盾する言動がみられる。コロナワクチン、福島原発事故に関する疑惑や問題提起といった意義ある活動をしている一方、女性蔑視や人権無視の姿勢は非常に危険である。

 先日の参院選で議席を増やした参政党の憲法案も人権や言論の自由といった民主主義の基本がことごとく排除され、とんでもないことになっている。

 そんな中、医師の内海聡氏は人権と国益を守る政策を訴える数少ない立候補者として活動してきた。残念ながら当選には至らなかったが、今後とも健闘を期待したい。

 戦前回帰ではなく、よりよい未来のために人権と民主主義を構築しなくてはならない。

2025年9月3日水曜日

クラシック音楽鑑賞の本質的な楽しみ方

 ベルリンフィルのブラームス交響曲第四番を聴くため、最前列中央でサイモン・ラトルの真後ろの席を確保、週末に欧州へとんぼ返りした。あるいはブラームスがまさにこの作品を作曲した場所、オーストリアのMürzzuschlagを訪れ、現地の山並みを見て「ああ、そうか」と納得せざるを得なかった。

 その先のペルチャッハではブラームスの散歩道を行き、ヴェルター湖を眺める展望台がまさにこの地で彼が作曲した交響曲第二番とバイオリン協奏曲を聴ける仕掛けになっていることに感動。約20年という歳月をかけて第一番をついに書き上げて解放感を味わい、自然の素晴らしさに感動したあまり3カ月で第二番を一気に仕上げた気持ちを追体験した。

 こういう話をすると必ずと言っていいほど聞かれる。「ええっ、すごいですね。なにか楽器を弾かれるんですか?」

 たしかに私は子供の頃にオルガンを習い、高校の部活でギターを弾いたが、少しやっただけ。逆に聞きたいのだが、どうしてそういう質問になるのか。クラシック音楽鑑賞を趣味にするには、ピアノとかバイオリンを自分でも演奏しないといけないのか? 

 これがほかの趣味、例えば阪神タイガースを半世紀近く応援してきたとか、最近は西武ライオンズのファンクラブに入ったとか言っても、「ええっ、すごいですね。野球をプレーするんですか?」と聞かれたことは一度もない。

 そもそも楽器を弾くことにはあまり興味はなく、むしろクラシック音楽の鑑賞にはデメリットになると私は考えている。

 楽器を自分で演奏して上を目指すとなると楽器や部品、レッスン、発表会の衣装などにかかる費用が青天井になる。結果として一流オーケストラのチケット代に回せる予算が減る。

 しかも中高年で始めたところで、有名なプロの域に達するのは不可能だろう。せっかく素晴らしい演奏を聴きに行っても「ああ、自分はダメだ」と思ってしまうことが容易に想像できる。

 むしろ客の立場に徹して高みの見物をすることによって「やっぱベルリンフィルとウィーンフィルは別格だな。日本のオーケストラは話にならない」「ティーレマンはすごい。ブラームスならペトレンコよりはるかにいい」といった、高レベルの演奏のレビューを純粋な気持ちでできる。

 私も若い頃は日本のオーケストラも楽しめたのだが、欧州で演奏を聴く機会が増えてから、もはや日本の演者では満足できなくなった。ほとんど欧州への留学経験がなく、日本に閉じこもっている二流、三流演者たちはプロ意識や常識に欠ける発言や態度も多い。

 なんちゃって感と言えば、米国ドラマ"And Just Like That..."(Sex and the Cityの続編)で主人公キャリーが「日本から送ってもらった着物」を着て寿司を食べるシーンがある。なんだよこれ、と思うほど趣味が悪い。日本のクラシック音楽コミュニティはこれと相似の関係にある。

 だからこそ樫本大進さんは10代前半でドイツに渡り、HIMARIさんも自分に合った海外経験を積んでいるのだろう。やはり欧州のクラシック音楽は欧州が本場であり、日本のクラシック音楽界隈は寿司で言えば、エビフライとアボガドをネタにしてソースで味つけしたカリフォルニアロールに過ぎない。

 楽器演奏の話に戻ると、そもそも誰かが作曲した楽譜通りに演奏するという点において非常に受け身なプロセスであり、それも私は好きではない。料理にしてもレシピを見てその通りにやるのではなく、食材を買ってきて素材を生かす方法を自分で考える調理しか私はやらない。レシピを使った料理は油や砂糖が必ずと言っていいほど出てくるので、調味料を使いすぎてかえって不健康になりがちだ。ただ外食をしておいしかった際に、食材の組み合わせや盛り付けを自宅でも真似してみることはある。

 クラシック音楽鑑賞の仕方も、おかしな調味料を加えることなく、自分の好きな作曲家がインスピレーションを得た場所という新鮮な食材を仕入れてそのまま味わう。あるいはベルリンフィルやウィーンフィルといった一流シェフの料理を堪能するのが醍醐味だと思う。

 このため「楽器を演奏するんですか?」と言うのは愚問なのだ。