2022年1月31日月曜日

東京都心・郊外・田舎の違い

  東京都には小笠原諸島、伊豆諸島、桧原村、奥多摩町といった田舎も含まれるが、これらの地域の住民は地元出身者や転勤者、もしくは少数ではあるが、よほどの思い入れ(自然派ライフの追求)がある人々と思われる。

 田舎と郊外の違いについては議論を呼ぶところだが(笑)、ここでは上記の田舎と23区を除くエリアを郊外としよう。中央線では高尾駅、青梅線では青梅駅が田舎と郊外の境目かもしれない。実際、これらの駅より西側となると東京直通がめっきり減るため、JR東日本の定義でも高尾駅と青梅駅までが郊外なのだろう。

 武蔵野市や隣の三鷹市は菅直人の地元だけあって市民運動、環境保護、人権といったキーワードで活動する住民が目立つ。この傾向は国立市にも見られる。先日も国立駅前でアラカンに見える女性が、難病の子供を支援する施設について拡声器で訴え、募金活動をしていた。

 意識高い系が住む地域の「あるある」風景で、決して赤坂・六本木エリアでは見られない。都心住民の主な関心事は恵まれない他人ではなく、自身の成功と自己実現である。このため左派的な活動よりも、ピカピカに磨いた外車、男性向けエステサロン、24時間ジム、高級料亭などがキーワードとなる。(もちろん一般的な傾向であり、例外は存在する。)

 立川以西となると、競争心の強い、あるいは意識高い系の人口密度はやや低くなり、都心の緊迫した雰囲気よりユルい感覚になってくる。六本木ヒルズや東京ミッドタウンではなく、イオンモール・イトーヨーカドー・西友の世界。ただしイオンはヨーカドーや西友よりも意識が高いというメッセージをMSC・ASC(持続可能なシーフード)の販売などで発出し、実際、西友よりも高価格帯の商品が目立つ。

 この微妙かつ適度なユルさと、電車に乗れば都区内の展覧会にもすぐに行ける便利さが、多摩地区の魅力のひとつ。さらには都心住民の出身地は日本全国・つづうらうらだが、多摩地区は地元出身者の割合が高く、共通のアバウトな地元感覚がある。これも多摩地区の居心地のよさの要因となっている。

 地方出身者が「東京に出ていく」と言えば都心を指し、立川市や国立市、ましてや青梅市などは絶対に指さない。このため郊外には都心のようなギラギラ感がない。昭和記念公園や近隣のIKEA、モノレール沿線は都心から訪れるとボーっとした雰囲気に満ちている。

 都心と郊外(特に多摩西部)の最大の明確な違いは、気温差である。

多摩西部


港区

 ご覧のように特に朝夕の冷え込みが郊外は厳しく、都心はマイルドである。温暖化のため最近は雪がほとんど降らず、郊外のデメリットも少なくはなりつつある。夏場は逆に、郊外の朝晩は都心より過ごしやすい。

2022年1月30日日曜日

ジェームズ・ボンドを超える敏腕スパイ

 突然ながら、あなたにとって人生最大の喜びとは何だろうか?

 先日紹介したノンフィクションを夢中になって読んでいると、その瞬間が訪れた。

 主人公のKGB職員がデンマーク駐在から帰国する。3年前にも増して陰鬱としたモスクワ。行列、スス、息の詰まる官僚組織、恐怖、腐敗、プロパガンダ。役人はゴマすりか無作法のどちらか、排水溝はゆでたキャベツで詰まり水が流れない。きちんと機能するものは皆無。

 1970年1月のソ連など行ったこともないが、なんとも生き生きと情景が見える。数年前に私がモスクワを観光した際には雷雨に見舞われ、そこらじゅうで水があふれていた。ゆでたキャベツはなかったものの、このように詳細な描写によって、当時の様子と主人公の追い詰められた心境がひしひしと伝わってくる。

 そう、私が最も弱いのは鋭い観察にもとづくリアルな描写なのだ。今までいろんな本を読んできたが、著者のBen Macintyre氏はピカ一である。なぜもっと有名ではないのだろうか。マイケル・クライトンの小説を読んだのは時間の無駄だった、とすら思う。

 もっと言えば、ジェームズ・ボンドの作品のいくつかも時間の無駄だった。派手なアクションや暴力シーンが好きな人は007シリーズの映画も楽しめるのかもしれないが、こんなことあるわけないでしょうと思うのであれば、さっさと画面を閉じて、The Spy and the Traitorを手に取ることをお勧めしたい。

 主人公のKGB職員をリクルートしようとするMI6職員もイギリス人「あるある」で思わず爆笑した。

 Richard Bromhead was one of those Englishmen who put a great deal of effort into appearing to be a lot more stupid than they really are. 

 Monty Pythonのコメディーは典型例だが、イギリスになじみがあれば、この描写にあてはまる人は思い浮かぶだろう。

 このほか、ええ、そうなんだと思う事実が次々と語られる。

 MI6があまりにも浅はかな情報収集の手法を提案したため、主人公は断った。ただし情報源を守るため、MI6はCIAに対しても必要最低限の情報しかシェアしない(逆もしかり)。

 スパイはコンタクトを作るのが任務の一つなので、招待されようがされまいが、各国大使館主催のレセプションならどこでも出没する。(ん、〇〇氏のことかな??)

 在デンマークソ連大使館の諜報員は経費をごまかして遊んでばかりいるが、在ノルウェーソ連大使館員はメチャクチャまじめに働いている(地政学的にノルウェーはNATO最前線であるため)。

2022年1月28日金曜日

米政府高官の言動からロシア情勢を読み解く

  ウクライナ情勢をめぐり米露関係が緊迫している。

 バーンズCIA長官は在ロシア米大使を務めたロシアの専門家で、同氏によれば米露関係の転換点となったのは、2007年にミュンヘンの会議でプーチン大統領が行った演説だった。

 当時のプーチン氏は陰気なガリ勉の風貌で、一字一句用意された原稿を見ながら話した。だが内容的にはブッシュ息子政権のイラク侵攻と米国一極支配を痛烈に批判し、怒りを爆発させた。米国追従の西側諸国の立場では言えない真実を語り、説得力があった。

 ウクライナや米大統領選へのロシア関与について、ブリンケン国務長官はプーチン氏が「真実を語らず、デマを流し、情報操作を行い、他国の領土を侵害している」と批判した。だが時系列的にみれば、米国のほうが先にイラクに大量破壊兵器があるとウソをついて情報操作を行い、戦争をしかけた。

 ブリンケン氏は西側諸国がオバマ大統領の発言を信じ、過去の大統領も信頼されたとして、1962年のキューバ危機を振り返った。米国の最もやっかいな協力国・フランスのドゴール大統領ですら「米国大統領がそう言ったのなら信じる」として、ソ連がキューバに配置したミサイルの証拠写真を国務長官から提示された際に、見る必要はないと断ったという。

 しかしながら、米国大統領が信頼できる例がいきなり1962年にさかのぼるのは、いささか古すぎる。(ブリンケン氏としてはクリントン大統領について語りたかったかもしれないが、モニカ事件でダメと判断したのだろう。)

 ウソをついたと他国首脳から批判された米国大統領は、ブッシュ息子だけではない。民主党のカーター大統領は米中国交正常化にあたり鄧小平を激怒させた、とエズラ・ヴォーゲル氏は記録している。極秘の交渉がようやくまとまり発表の直前になってから、最初から中国側が条件としていた内容を米側がひっくり返したのだ。

 米中国交成立と引き換えに米国は台湾への武器輸出をやめる、という話になっていたが、当時の米政府北京事務所長が「今後も米国は台湾に武器輸出を続ける」と鄧小平に伝えてきた。鄧小平は全く受け入れられず10分間どなりつづけたが、最終的には了解した。近代化を進めていた中国としては、中国人の米国留学や技術協力がどうしても必要だった。だが足元を見られ、ちゃぶ台返しをされたという悔しさは根深く残った。

 米露関係に話を戻すと、最初のオバマ・プーチン会談はモスクワ郊外のプーチン氏の別荘で行われた。オバマがプーチンに米露関係をどう思うかと10秒ほどの短い質問をすると、プーチンは45分も独白を続け、いかに米露関係が不公平だと思うかを述べた、とバーンズ氏は語っている。

 だが同氏は具体的な話の内容を明かしていない。あくまで想像ではあるが、明らかにプーチンの言い分が間違っている、あるいは米国にとって好ましい議論が行われていたら、もう少し会話内容に踏み込んで言及しただろう。

 政府高官の発言内容だけではなく、あえて語っていない事柄やその理由を推察し、あらかじめ持っていた知識とつなぎ合わせていくのは、かなり面白い知的作業である。

2022年1月26日水曜日

「極秘の米国計画」を暴いたKGB作戦

 ブリンケン米国務長官はPBS(米国の公共放送)のインタビューで「ウクライナのオレンジ革命など他国の民主運動に米国が介入した、などと言われているがデタラメに過ぎない。残念ながら、こうしたウソが独り歩きして、信じてしまう人も多い」と語っている。

 白髪まじりだが少年っぽい雰囲気の同氏が「ボクはやってない! 信じてよ!!」という子供のような真摯さで主張しているのを見ると、え、そうなのかなとも思う。

 昨日紹介したノンフィクションはKGBの驚くべき行動を詳述し、米露高官の「やった、やってない」議論の真否を想像するうえでの材料となる。

 1968年の「プラハの春」では、チェコスロバキアの指導者が移動や言論の自由を推進し、共産主義の締めつけをゆるめた。

 KGBはこれを共産主義自体への脅威ととらえ、クレムリンの指示を待たずに鎮圧に乗り出した。(ええっ、これはすごくないか?? 独裁国家でトップの承認なしに動けるほど、KGBが事実上の支配者だったことがわかる。)ソ連がワルシャワ条約機構の加盟国に対して行った最大規模の工作だった。

・KGB長官の指示のもと、30人を超える外国人のKGB協力者が西側諸国の旅行者に扮してチェコに入国。現地の知識人、学者、ジャーナリスト、学生、作家をターゲットに近づき、解放運動に共感する外国人のふりをして計画を聞き出した。

・最大の作戦は「西側の諜報活動に援護された右派による暴動が起きる」というデマの拡散だった。KGBは共産主義転覆を呼びかけるポスターを捏造し、隠し爆弾を設置。こうした品々が「米国製」の包装材に入っているのを「発見」した。

・ソ連当局はさらに、共産主義政府を転覆して帝国主義の手下を就任させる「極秘の米国計画」を暴いた、とも主張した。

・KGBは、解放運動の指導者で西ドイツに亡命していた大学教授と作家の誘拐も企てた。この2名は「チェコ社会主義の基盤をぶち壊す反政府グループを率いている」と、KGBは誤った解釈をしていた。

・KGB職員は2人に「あなたはソ連の刺客に狙われているので、安全な場所に避難させてあげる」と言って近づいた。誘いに乗らなければ「特別な物質」を使っておとなしくさせるつもりだった。だが大学教授は「ふだんより大きな危機が迫っているとは信じがたい」と拒否。作家はボディガードをつけてチェコ語しか話さず、KGB職員は話された内容を理解できなかったため、この計画は頓挫した。

2022年1月25日火曜日

最近の国際情勢とKGB

  バイデン大統領が就任して1年。米国をめぐる国際情勢を概観する。

・不法移民の急増+依然としてコロナ死者多数により、バイデンの支持率は約40%と低迷。

・APの世論調査によると、米国民の7割は大統領選でバイデン vs. トランプの対決をもう見たくない。

・カマラ・ハリスは副大統領として過去最低の人気度。上院議員時代の2019年にはスタッフの離職率が上院議員100人中最悪と、人柄や管理能力も問われている。

・ヒラリーはオンライン講座で2016年大統領選で用意していた勝利宣言スピーチを披露。昨年10月には国務長官の女性を主人公にした自伝的?小説を共著で出版、ベストセラーになっている。

 政治家が本を上梓するというのは、出馬への布石という感じもする。トランプ時代以来、大きく脱線した米国を軌道修正できる手腕を持つ人物はヒラリーしかいない、とも思う。

米国を揺るがすプーチンの思考

 2016年大統領選に介入、米国を大混乱に陥れたとされるプーチン氏に対抗できる知性を持つ米国政治家もヒラリーしかいない。そう考えるとプーチンの考え方や背景を理解しておくことは、今後の国際情勢を考察するうえで有益であろう。

 プーチンのインタビューを見ると、KGB職員としてのアイデンティティーが彼自身の支柱であると感じられ、大統領になったのは偶然に過ぎないと語っている。今でもKGBという組織のやり方や考え方が骨身にしみついているのだろう。

 そこでKGBについて調べたところ、メチャクチャ面白い本が見つかった。邦訳も出ており、2018年とわりと最近に出版された"The Spy and the Traitor"というノンフィクションだ。

 冷戦時代のKGBスパイとして欧州に駐在した主人公が、やがて秘密裏にイギリスのMI6に雇われて二重スパイとなる。当時のサッチャー首相やレーガン大統領にも助言し、国際情勢を変えるきっかけを作った。

事実は小説より奇なり

 著者はこの人物に150時間にも及ぶインタビューを行い、KGBの詳細な内部事情や全体の動き、さらにはイギリス政府の恥さらしになるような話も聞き出した。文字通り「事実は小説より奇なり」を地で行くストーリー展開。The Timesの記者でもある著者はイギリス人の知識人らしく、豊富な語彙の中から状況をピンポイントで表現し、基本単語でもこんな使い方があったんだと知り、英語の勉強になる。

 例えば、cultivateには「利用目的で積極的に人と交わる」という意味がある。デンマークでは出生・死亡証明をプロテスタント教会が管理していたため、"He began cultivating clerics to gain access to the registers, and organizing burglaries at various churches."といった具合だ。

 そうか、〇〇さんとかXXさんが愛想よく私に近づいてきたのもcultivateだったんだな(苦笑)。押し売りのターゲットとして私は最も不向きだと思うが、とにかく必死だったのか。まあcultivateにこうした意味があるということは、人間関係の「あるある」なのだろう。正確な単語は現状を理解して客観視する手助けとなる。

 当時のソ連の息の詰まるような監視社会、在コペンハーゲン・ソ連大使館の実態などが生々しい。20人いる大使館員のうち本物の外交官は6人だけで残りはKGB職員か軍関係の諜報担当。現地の情報提供者を採用するため本部から接待費を渡されていたが、会合や領収書をでっちあげて経費を不正受給していた、など。

 謝辞や索引を除く本文337ページのうち、まだ27ページしか読んでいないが、ソ連やKGBでこうなら、それに対抗する西側諸国はどうだったんだろうとか、いろいろと想像や妄想をめぐらせる。

イギリスの「良い」中古本

 ちなみにアマゾンジャパンの中古本で「良い」とされていた商品を買ったが、イギリスから1週間で届いたのはよかったものの、カバーなしで汚れも目立つ。これで「良い」はないだろうと出品者に★1つの評価を書いたら、あわてて連絡してきた。証拠写真を送れ、さらには返金か返品の対象と判明したので、どちらがいいですか、と。

 もう読み始めちゃったし、すぐに先を読みたいので「割引でディスカウント分を返金というのはどうですか?」と連絡したら、「返金希望なら、着払いで本を返送してくれ」と。アマゾンは顧客第一主義を掲げているが、そうでない場面も時にはあり、ちょっと面倒臭いな。。

追記:この段階でメールを放置していたら、なんと翌日にアマゾンは本の全額を返金してきた。誇大表示のお詫びとして、この面白い本をタダでくれた、ということなのか。アマゾンでは顧客第一主義を徹底させるため、会議では空席の椅子をひとつ用意して「この場面に顧客がいたら、どう言うだろうか」を想定しながら、話し合いを進めるという。これは本当なんだな。。という感動話を広げることで、アマゾンはさらに儲かる。スゴイ会社だ。

2022年1月24日月曜日

男女格差を存続させる圧力(6)フェミニズムへの反論者

  日本は男女格差が大きいという話をすると、必ず反論する人が出てくる。

 男性優位の社会で恩恵を受けている人々はその一部。家父長制で夫に稼いでもらうのは、外で働きたくない女性には都合がいいのかもしれない。結婚しても面倒な改姓手続きがなく、奥さんに家事・育児・介護を任せている男性もそうかもしれない。

 その一方で社会の荒波にもまれてきた女性にも反論者はいる。「私は差別など感じたことがない」と言う人もいるが、にわかには信じがたい。小学校から女子校で出席簿で常に男子が先という状況がなかった、もしくは両親宛の年賀状を見たことがないのだろうか。男女格差など問題にならないほど私は優秀なのよ、とマウントを取りたいのかもしれない。

 自分はもっとひどい理不尽さに耐えてきたんだから、〇〇くらい大したことない、という感情もあるかもしれない。ワタシだって化粧は面倒だと思うけど、みんなそうなんだよ、と。実際、私は複数の年上女性から「化粧しろ」と言われたことがある。(本当はしていたのだが、彼女たちの基準に合う厚化粧ではなかったのだろう。)

 一人はお世辞なのかわからないが「美人が化粧をしないのは世の中の損害」という持論を展開した。彼女はカバーマークという特別厚塗りの化粧品を使っていたので、どうしても隠したい濃いシミがあり、ファンデーションを塗らない人が許せなかったのかもしれない。

 もっとひどいのは「生理痛は本人の責任」という発言とか、ホームパーティーで「女は応接間で会話に加わらず、台所で食事を取ればいい」など。

 こういう足の引っ張り合いにも引っかからず、今後もおかしいことはおかしいと言い続けることで、少しでも自分が公平だと考える社会にしていきたい。

2022年1月23日日曜日

男女格差を存続させる圧力(5)化粧

  この投稿を見て、思わず学生時代の私??と親近感が湧いた。


 20代の頃はドライアイではなかったので、私にとってはコンタクトで生活がかなりラクになった。ただ化粧をする時間は本当になく、ほとんどの級友も同じだった。

 なにしろ専攻科目で1つでも単位を落としたら、ほかの専攻科目が全優だったとしても全て不可となり留年が決定する。四声と反り舌音、有気音と発音記号の細かいルールに基づく変化を全て正確に記憶し、教授の前で暗唱する。文法は毎回、前回の授業で習った内容のテスト。進級すると地獄の大学2年が待ち構えている。今のようにネットも電子辞書もなく、全て画数で紙の辞書を引いて訳す。中国の歴史、思想、小説、経済論文など。。いくら時間があっても足りない。おまけにガリ勉の私は英語の教職も取っていた。

 私たちにとって、CanCamやJJに登場する厚化粧のお嬢様学生はチャラチャラ遊んでいると軽蔑の対象だった。そうしたメンタリティーは最近でも東京外大にみられる。冒頭の投稿者は国立市という土地柄、一橋大学の学生かもしれない。お金持ち私立大学・女子大の学生=体制派・女子力重視、国立大学の女子学生=反体制派・学問重視という、ざっくりした棲み分けは今でも健在なのだろうか。

 社会人になって化粧=男性のネクタイのような位置づけになっても、面倒臭いことには変わらない。ヒラリー氏も全く同じ感想を述べている。大統領選の選挙運動中に化粧に費やした時間は600時間、じつに25日分。この時間をもっと重要な件に使いたかった、と。「女性が化粧をしようがしまいが、誰も気にしない世の中を私は夢見ている」と回顧録で語っている。

 ただ元々の顔の造作に自信のない女性にとっては、化粧は不安解消に役立つ。その一方で、テレビ出演や舞台などを除き、ほとんどの男性は化粧をしない。髪型もショートカットしか選択肢がなく、持って生まれた容姿でほぼ全てが決まってしまう。こうした社会習慣によって、男性はよりイケメンになるチャンスを奪われている、とも言える。

 化粧が大好きな女性も少なくないので、そうした喜びを奪おうとか、化粧品会社の邪魔をするつもりはない。ただ、化粧をしたくない女性に化粧を強要するプレッシャーはなくなればいいと思う。


 この問題は台湾ではないという。なんとも羨ましく素晴らしい。

男女格差を存続させる圧力(4)男性へのプレッシャー

 男女格差を考えるイベントに掲示された投稿の大半は、女性が感じてきた差別や偏見だったが、男性からの苦情もあった。

・男の子は泣いてはいけないと言われて育った。

・サッカーのコーチに理不尽なことを言われ「男らしく非を認めて謝れ」と言われた。

・家を継ぐ長男だから、あれこれ立派であることを求められた。

 これらを総合すると、社会は男性に対して非現実的なスーパーマンを求めている。どんなにつらくても感情を出さず、組織の理不尽さに耐え、いい学校に進学して好成績を残し、社会に貢献する。

 これはきつい。人間の能力や運には差があり、周囲の期待に応えられる人もいれば、そうでない人もいる。

 男女問わずほとんどの人は善良な市民だが、ごくわずかではあるが理解不能な思考回路による犯罪を犯すのは100%近く男性であることも、男性へのプレッシャーが関係しているのかもしれない。(自分の成績低下や人生への絶望感→見ず知らずの他人を危める→人生の成功者として注目されないので、せめて負け組として注目されたいという自己顕示欲。)

 先進国で最悪レベルの男尊女卑は、この圧力から生まれる負のループとも言える。

男の子は泣いてはいけない → 男性は感情を表現できない → 酒の力を借りてようやく表現できる → 「男だから酒を飲めるよね?」 → 女はお酌をして料理を取り分けろ → 飯炊き女に教育は必要ない → 男は一家の大黒柱 → 男性に有利な企業・組織 → 上級管理職の器にない男性の大量発生 → モラハラ・セクハラ・組織の混乱 → 生産性の低下 → GDPの停滞

 この連鎖を断ち切るには、女性も男性も感情や自分の意思を表現しやすい状況、各人の能力や個性に応じた人生の尊重が重要であろう。


2022年1月22日土曜日

男女格差を存続させる圧力(3)お酌、料理の準備と取り分け

  私の育った昭和の風景はこうだ。

・母はずっとフルタイムで働いて炊事も担当。父は帰宅すると上座に座って晩酌、母がお酒を注ぐ。食事の後片付け、階段・廊下・前庭の掃除は小学生の頃から私の役割。その他の部屋の掃除は姉が担当。

・休日に親戚やお客さんが来た時も同じ。父とお客さんは上座に座り、母・姉・私のいずれかが緑茶を入れて出す。母は料理を用意して姉と私が手伝う。父と男性客は座って飲んでいる。女性客は少し手伝ってくれる。

 つまり女性は召使い。米国留学中に知り合った韓国人女子学生も同じだと言っていた。

 同じく米国留学中に日本のキャリア官僚の女性がいた。男女共同参画社会の担当で、ニューヨークで知り合った日本人のエリート男性と結婚した。素敵なマンションで新生活をスタートさせ、私は友人たちとホームパーティに招かれた。

 私の友人が台所に立って料理を運び、男性たちは応接間にどっかりと座ったまま。彼女を手伝うのは女性のみ。私よりも若く男女平等の意識が最も高いはずの人々の間でも、同じなのかと失望した。

 国立市のイベントでの投稿を見ると、この風習はいまだに続いているらしい。

 職場の飲み会でもお酌や料理の取り分けを強要され、お客さんの相手などホステスのような役割を押しつけられる人もいる。


 一方で男性は、体質的にアルコールを摂取できなくても、酒を飲むようプレッシャーを受けることもある。


 その逆でこんな体験をした女性もいる。


 幸いなことに私の周囲には紳士的な方が多く、今ではお酌や料理の取り分けを強要されることはない。儒教国では年上のほうがエライという感覚もあり、自分が中年になったことも関係していると思う。

2022年1月21日金曜日

男女格差を存続させる圧力(2) 職場のお茶くみ

 国立市で行われた男女格差を考えるイベントで、最も多かった投稿内容はお茶くみ、お酌、料理の支度と取り分けの女性への強要だった。

 この内容を細分化して検討してみたい。

1)職場の同僚へのお茶くみ

 これはさすがになくなってきたかな、と思う。

 昭和を代表するテレビドラマのひとつ「太陽にほえろ!」では捜査一課に紅一点の事務職員が、同僚刑事たちへのお茶くみをしていた。

 平成に入ってもこんな職場があった。

 丸ノ内の一等地。総合職・事務職を問わず女性社員のみ制服着用。午前9時と午後3時に同じ部署のスタッフ全員に飲み物サービス。食器棚に入っているマグカップや湯呑の持ち主を覚え、各人の好み(緑茶、コーヒー、紅茶、砂糖・ミルクの有無)を把握して正確に届ける。この義務を負うのは女性のみ。朝夕の作業で各30分、小一時間は取られる。同期の男性はその間に本来の業務を進め、重要な会議に出席する。

 旧態依然とした職場だが、さすがに数年後には飲み物のサーバーを設置して同僚へのお茶くみ制度は廃止したらしい。

2)来客へのお茶出し

 今でもこれは女性に押しつける職場が結構あるようだ。無言の圧力で女性がやることに決まっている、「女性が入れるお茶のほうがおいしいから」とおだてる?作戦など。

 外資系職場ではこんな場面があった。部長の男性はお菓子づくりが趣味でプロのパティシエなみの腕前。自分のスタッフに時折ふるまい、ある日は来客にも用意してきた。

 ポット入りのコーヒーを別途注文し、来客が応接間に座ると部長がケーキを切り分け、私に「ネコさん、コーヒー注いで」と言った瞬間、「トムもね!」とあせったように同僚男性にも指示した。職場のルール上、女性だけにお茶くみを強要するのは差別に当たると理解していたのだろう。ちなみに日本人男性の来客たちは、部長が「自分の手作りケーキです」と言っても、「ウソでしょう」と笑って最後まで信じなかった。

 話がややそれたが、来客へのお茶出しは歓迎している雰囲気を出す目的もあり、それが本来の業務として仕事の一部になっている場合は問題ではないと思う。重役秘書、各部署にいるアルバイトなど。

 問題となるのは、こうした部員がおらず、対等な立場のスタッフの間で誰かがやらなければならない場合である。このような時に女性社員だけに押しつけるのは不平等であり、なんらかのルールを作るべきだと思う。

 さらには本当に全ての来客へのお茶出しが必要なのかを検討するのもいいかもしれない。外出時に水やお茶を持ち歩く人も多く、会議の度にお茶を出されてお腹一杯かもしれない。

 客が来たら反射的にお茶を出すのではなく、飲み物がほしいかどうかを聞いてからでもいいかもしれない。そうすればお茶くみの回数が劇的に減り、作業の中断で集中力が途切れることなく生産性が上がり、残業時間も減るかもしれない。

2022年1月20日木曜日

男女格差を存続させる圧力(1) 国立市のイベント概要

「女だから〇〇しろ」「男なんだからXXでなきゃ」といった周囲の圧力を感じたことのある人はほとんどだろう。

 そうした体験を見える化した参加型イベント"The Clothesline in Kunitachi"が国立市で行われた。

 国立駅前にある入場無料の公共スペース「旧国立駅舎」など市内各所に紙を用意し、女性や男性であることを理由に不愉快なことをさせられたり、言われたりした体験や、自分が思う解決策を書いて箱に入れる。これらの投稿を主催者が取りまとめ、洗濯物を干すヒモ(clothesline)にクリップで止めて掲示する、というものだ。来訪者は読むだけでもいい。


 先日も紹介したが、日本は世界の中でも女性の社会的地位が低く、世界経済フォーラムが調査した男女格差の指数で150カ国中120位。先進国の中で最低レベルで、同じく儒教国の韓国や中国、ASEAN諸国よりも低い。

 大企業の総合職、公務員、電車の車掌といった職業に就く女性が増えたものの、仕事や家庭での男女格差は根強い。そうした現実は日常の一部となり、違和感や不快感を持っても、それを指摘すると和を乱すとみなされる。

 昭和の風習かと思いきや、いまだに続いていることも多い。これらの投稿を大まかに分類してみよう。

女性の苦情
・職場や家庭で女性だけがお茶くみ、お酌、食事の支度、料理の取り分けをさせられる(かなりの数の投稿あり)。
・家庭や一族における女性の地位は低い。年賀状宛名の順番は夫>妻(苗字が表記されるのは夫のみ、妻は下の名前だけ添え物のように記述される)。義理父に「家事・育児は女の仕事」と言われる。結婚生活45年、ずっと夫から「女のくせに」と言われ続ける。家の手伝いを女の子だからと押しつけられ、兄や弟はその間も遊んでいる。
・女性のみ化粧を強要される。
・女子生徒の制服はスカートと決まっている。
・教育機会の不平等 「女は四年制大学に行かないほうがいい」「女だから現役じゃないとダメ」
・自分の意見を言うと「女のくせに生意気」だと言われる。

男性の苦情
・学生でも飲み会で女子学生よりも多く払わされる。
・男の子は泣いてはいけないと言われて育つ。
・男は性欲が強いので相手は誰でもよいと思われ、女性から強姦されたと感じることもある。
・泣きやまない子供を妻がなだめておとなしくさせると、周囲から「やっぱりお母さんじゃなきゃ」と言われて傷つく。

 第二部以降ではこれらの投稿を吟味し、その背景にある根強い日本独特の習慣や考え方、それが社会の停滞を招くプロセスについて考察する。

2022年1月18日火曜日

西武園ゆうえんち(2)「ザ・遊園地」のアトラクション

  昭和25年を再現した商店街では、おひとりさまの客にもスタッフが声をかけて写真を撮ってくれる。そうした会話の中で勧められたアトラクション「富士見展望塔」へ。

多摩湖を望む360度の展望塔

 展望台が地上80メートルまで回転しながら上がっていき、周囲を360度見渡せる。運がよければ隣接する多摩湖の奥に富士山も見えるらしい。なんと誰も並んでおらず、私のために完全に貸し切り状態で運転してくれた。


 これほどガラ空きでは、全てのアトラクションに乗っても半日もかからないだろう。

 そこで全部試してみようと、次は近くにある「オクトパス・アドベンチャー」に行く。入口に到着すると次回の乗車は締め切ったばかりで、しばらく待つ。


 隣には大きな船が前後に動く「バイキング」がある。別の遊園地で似たような乗り物に乗ったことがあるが、気持ち悪くなった覚えがあり、これはパスすることにする。

 オクトパス・アドベンチャーは見た通りの乗り物で、巨大なタコの足に乗ってグルグル回る、というもの。

 そう、ただそれだけなのだ。リニューアルしたのは昭和の商店街やゴジラのアトラクションのみで、あとは従来からあった「ザ・遊園地」と言うべきコーヒーカップなどの乗り物の数々。感覚としてはイギリスのブライトンで海岸の散歩道にいきなりメリーゴーラウンドがある、みたいな感じだ。

 しかも客がいないため作動していない。入口に行ってみると、先ほどの展望塔のように、私のために貸し切りで運転してくれた。

 
 いい大人がひとりでお子様向けの乗り物に乗る、というのは勇気が要る。だがスタッフは客が来てほっとしたようで、なにも気にしていない。

 いったい何十年ぶりにコーヒーカップに乗っただろうか。ふだんはコーヒーを飲むために使うカップに自分が入り、グルグルと回る。それだけなのだが、長引くコロナ禍でマンネリ化した生活を送るなか、同じ思考のループに陥っていた私にとっては、非日常の感覚を味わい気分転換になった。

完全貸し切りで非日常を楽しむ

 ストレスがたまっていると思ったら、通り魔や放火ではなく、タコ足でもコーヒーカップでも乗ってみたらどうだろうか。なんだか笑ってしまうこと請け合いである。

 園内をめぐる機関車「レオとライヤの夕日列車」も貸し切り状態で、運転手兼車掌のお姉さんと私の二人旅。


 ゾウの背中に乗る感覚の「飛べ!ジャングルの勇者レオ」も貸し切り。


 メリーゴーラウンドにはほかにも数名の客がいた。


 私が選んだのはコレ。王族でもなければ本物に乗ることもないが、ちょっとしたセレブ気分?😅 結構よくできてる。


 回転空中ブランコはスリルがあり、怖くて目をつぶることも。内装はこちらも欧州の王族風。


 ちなみにジェットコースターは「アトムの月面旅行」という小規模な乗り物のみ。多少のスリルはあるが絶叫系ではなく、心臓に悪い感じはない。


 観覧車も待ち時間ゼロ。上から見下ろしても、本当に人がいない。


カラスの急襲に注意

 ちなみに先ほど上の写真のエリアを歩いていたら、いきなり後ろからカラスに急襲されるというハプニングもあった。突然頭上を蹴られ、一瞬何が起きたのかわからず、目の前にカラスが着地している。しばらくジンジンしていたが、痛いということはなく、夕方までには治まった。

 かなり前にニューヨークで自由の女神の観光船を待っている間、ホットドッグを買って包装紙を開けると、いきなりカモメに強奪されたのを思い出す。今回は食べ歩きをしている客だとカラスに勘違いされたのか、全く理由はわからない。通り魔に遭った人も同じような感じだったのだろう。気持ち悪いのは確かだが、カラスで済んでラッキーだったとも言える。

西武線の運転手を体験

 観覧車を降りて遊園地の最も奥の場所に「チャレンジ トレイン 出発進行! 小さな運転士さん」というアトラクションがある。

 いかにも鉄道会社の運営する遊園地らしく、電車の運転士を体験する、というものだ。

 小さな列車に乗り、駅と駅の間に割り当てられた時間通りに運転するようブレーキとアクセルを使い、指示された場所で警報を鳴らす。目標の時間にどれだけ近いかによって点数が決まり、全て指示通り、時間通りに運転できたら100点。ちなみに私は60点だったが、スタッフの方いわく「かなりいいほう」だとか。😅


 昭和レトロの商店街、ランチ、ほぼ全てのアトラクション体験で所要時間は3時間。待ち時間はゼロだったので、メチャクチャ効率的に回れた。遊園地を一日貸し切りにしたら、いったいいくらかかるのか想像もつかないが、平日の西武園では4,400円でこんな贅沢ができる。

 Googleのレビュー平均点は西武ゆうえんち全体で3.6。昭和レトロが気に入ったと絶賛する評価もあれば、商店街と平凡なアトラクション、目玉はゴジラのみという批判もある。TDRやUSJのように人目を引く乗り物やパレードがない、と。

客が主役、アトラクションは脇役

 しかしながら、西武園の入場料はこうしたテーマパークの半額程度。緑豊かな環境でさほどスリルを求めず、昭和を懐かしみながらマンネリ化した日常を離れて散歩する場所としてはちょうどいい。

 おひとりさまでもいいし、あるいは友達や新しいデート相手と行くのもいいだろう。というのも、ほとんどのアトラクションは適度な刺激にとどまるので、連れとの会話の妨げにならない。コーヒーカップや馬車、機関車に乗りながら目の前の光景が変わることで、かえって話がはずむかもしれない。

 あくまで客が主役であり、アトラクションは脇役に過ぎないというユルユル感が、西武園の魅力なのだ。

2022年1月17日月曜日

西武園ゆうえんち(1)昭和レトロを追求

 昨年5月に西武園ゆうえんちはリニューアルオープン。戦後まもない商店街を再現した昭和レトロのテーマパークとして話題になっている。

 東京西郊の出身者にとって西武園はなじみのあるレジャー施設。子供の頃はユネスコ村とともに保育園や学校の行事で訪れた。

 入場料は大人4,400円。東京ディズニーリゾート(TDR、曜日によって7,900~9,400円)、ユニバーサルスタジオ・ジャパン(USJ、7,400~8,900円)の半額程度となっている。

 最寄り駅は西武山口線の西武園ゆうえんち駅。西武多摩湖線の終点・多摩湖駅から1分の連絡で一駅。どこから行くにも乗り換えは多くなるが、思ったほど遠くはない。

 西武線沿線や東京西郊、埼玉からは電車賃もあまりかからない。自宅からJRも含めて片道440円。混雑する東京駅で京葉線まであの距離を歩く必要のあるTDRよりも、移動による疲れはない。西武線は運賃が安いにもかかわらず、車両は非常にきれいで掃除が行き届き、通勤時間帯以外はかなり空いているのも、あまり疲れを感じさせない重要なポイントとなっている。

平日は貸し切り状態

 正月と成人の日の連休も終わり、すっかり平常モードの月曜。朝起きると快晴で寒さもそこまで厳しくない。Googleレビューで調べると、西武園は週末や祝日にはかなり混み合っているが、平日は比較的空いているようで、リニューアルオープンして気になっていたので思い立って行くことにした。

 完全に自由な生活の素晴らしい点である。唯一問題があるとすれば、世の中に私ほどヒマな人間はあまりいないので、周囲の人々の共感を得られにくい。ただ、共感を得るため痛勤電車に乗り、上司のお伺いを立て、いちいち何をするにも承認サインをもらう日々に戻りたいとも感じない。勤め人の生活が懐かしい時もあるが、私にとって最も重要なのは自由のようだ。

 開園の午前10時過ぎに最寄駅に電車が到着すると、ホームに向かってお巡りさんや商店街の人々が手を振って出迎えてくれる。


 駅を出ると遊園地の正面入り口で、昭和24年のヒット曲「銀座カンカン娘」が流れている。


 検温を済ませて順路を行くと、ゲートには全く人が並んでいない。これほどガラガラだとは思いもしなかった。朝夕の通勤時間帯の激混みと昼間のまったりした閑散さのギャップが激しい西武線を象徴するかのようだ。


ゴジラのアトラクションは迫力満点

 Googleのレビューではかなり辛口の批評家も「ゴジラ・ザ・ライド」を絶賛している。このため、まずはこのアトラクションを行っている「夕日館」へ直行。


 なんと待ち時間は0分!


 上映中の劇場から音が聞こえ、ドアの外側で待つ。次回の上演は私が最初の客で、やがて女性2人組がやってきたが、この回は3人しか観客がいなかった。

 内容は評判通り、かなりリアルで迫力がある。ゴジラがドッシドッシと東京を歩いて建物を破壊、火の手があちこちで上がる中を小型飛行機で逃げていく。3D映像に突っ込んで細かい霧を浴び、椅子も映像に合わせていろんな揺れ方をする。ゴジラの攻撃で焦土と化した東京は、戦争中の空爆を思わせる。

 ストーリー性、映像と総合的な効果で私が今まで訪ねたテーマパークのアトラクションでは断トツであり、TDRやUSJを上回る。遊園地オタクなら、このアトラクションだけでも行く価値があると思う。

「昭和あるある」の細かいこだわり

 劇場内の細部にも昭和へのこだわりが出ている。ピンク電話のみならず、欧州のアンティーク風だが庶民的な椅子、そして何といってもタイル張りが昭和を感じさせる。風呂場、トイレ、キッチンなどの水回りも、昭和の建物はなんでもかんでもタイル張りだった。

 
 昭和25年(1950年)を再現した商店街には「青い山脈」が流れている。昭和一桁の両親が来れたら喜んだだろう。


 丙午の私にも懐かしい街並みや品々も並んでいる。リアルで体験した光景もあれば、家族のアルバムや雑誌、映画に登場したため、馴染みのあるアイテムもある。


 うちには、まだこんな感じのコップがあるな~~。


 クッピーラムネ、なつかしい~~😂 すごく小さい袋で10円だったな。


 こんな感じのタバコ屋は京都で最近見かけた。洗濯物の靴下も芸が細かい。


 この雰囲気の八百屋さんは六本木通りの近くにもまだあったな。


 私の記憶にある最初の掃除機はこんな感じ。


 韓国・釜山に行くと、今でもこんなお店がたくさんある。


 自動販売機の飲み物やゴジラのお土産を除き、園内では10西武圓=120円の通貨しか使えない。商店街の中にある郵便局で両替できる。


 ランチはこの喫茶店で。レビューを読むと週末はどの食事処も長蛇の列で1時間以上待つらしいが、この日はどこでもすぐに入れた。


 懐かしい漫画が並び、思わず「りぼん」を読もうとしたら、本棚の漫画や雑誌は固定されて取り出せない。


 ナポリタン(90西武圓=1,080円)を注文。オレンジ色の皮のついたソーセージが毒々しくて昭和っぽい。粉チーズやタバスコはなぜか用意されていない。


 赤を基調とした家具も昭和感がある。そう言えば築古のマンションやホテルの赤いカーペットも同様の感覚だ。


 レコードの時代を思えば、YouTubeなんてSFの世界。祖母が生きていたら、どう感じるだろう?


 これほど品物が表に出てはいないものの、赤坂通りにも昔ながらの金物屋はある。


 この雰囲気の食事処はまだ各地で健在。


 商店街の最後は銭湯。


(つづく。第二部では「ザ・遊園地」のアトラクションの数々を紹介。)