これまで数回にわたって紹介してきたノンフィクションを読了した。
冷戦時代のKGB職員Oleg Gordievskyがデンマーク駐在中にMI6にリクルートされ、11年にわたりKGBの機密情報をMI6に提供。彼はKGBロンドン所長に昇進するが、MI6から情報提供を受けていたCIA職員の裏切りで身元がKGBに暴露され、モスクワに呼び戻される。スターリン時代に無実の市民を大量殺害した反省から、KGB本部は厳正な法的手続きと証拠入手にこだわり、Gordievskyにあの手この手で自白を迫る。
この間にMI6は数年前から準備していたGordievskyの救出作戦を発動。盗聴器や監視カメラだらけの在モスクワ英国大使館やGordievskyのアパートの監視をかいくぐり、あらゆる危機を切り抜けてソ連を脱出、イギリスに彼を連れ去る作戦に成功する。
Gordievskyがロンドン駐在中にソ連の内部情報を英側に提供したことで、すんでのところで米ソ核戦争が回避された、というくだりはすでに紹介した。
ここでは最近の時事問題の背景を知るうえでも参考になる内容を取り上げてみたい。
ロシアとフィンランドの微妙な関係
ウクライナ情勢が緊迫しているが、同じくロシアと長い国境のある隣国フィンランドはほとんど話題に出てこない。というのも、フィンランドはソ連時代から事実上ロシアの属国となっているためNATOに加盟できず、国内に西側の軍備を配置することもできない。ソ連時代には反ソ連の書籍や映画が禁止され、フィンランド当局がソ連からの亡命者を発見したらソ連に強制送還する取り決めになっていた。
このようにロシア周辺の小国がクレムリンの支配下にある現象を指す"Finlandization"という言葉まである。フィンランドは欧州の一員でありたいと思ってはいるが、現実問題としてロシアの影響は免れられない。
ただソ連時代にはロシア駐在の西側外交官や実業家が休暇や気晴らしにフィンランドを訪れることはよくあり、現在でもロシア観光のついでにフィンランドも楽しむ旅行客は多い(コロナ禍では厳しいかもしれないが)。このような経済効果もあるため、ロシアとの関係を良好に保つために政治的な妥協を受け入れているのだろう。
ちなみにスエーデンもNATO非加盟だが、ノルウェーはNATOに加盟している。MI6がGordievskyをイギリスへ連れ出すルートとして、外交特権で大使館公用車のトランクを開けてチェックすることは禁止されているため、まずは人目につかない場所でGordievskyと落ちあい、彼をトランクに入れて無事に国境を通過してフィンランドに入国した。
しかしながら、フィンランド内の空港はソ連に厳重に監視されているため、ヘルシンキから空路ロンドンに向かうのは不可能と判断。ノルウェーはNATOに加盟しているため、このようなソ連の監視はなく、フィンランド国境に最も近いノルウェーの都市ハンメルフェストから偽造パスポートで国内線に乗り、オスロで国際線に乗り換えてヒースローに到着、というルートを選んだ。
なにが言いたかったかといえば、NATO加盟によってロシアの監視は制限され、結果として軍事面以外でも自国の判断で動けるメリットがあるため、ウクライナはNATOに加盟したいのかもしれない。
西側最大の裏切り者はCIA職員
これまでも紹介したように、CIA職員のAldrich Amesは自分の仕事が思ったより退屈で給料が安く、人生が行き詰っていると感じていた。狭い賃貸アパート暮らしに嫌気が差し、また離婚して再婚相手は金遣いが荒かった。
まとまった金を入手して妻の買い物、高級レストランでの夕食、盛大な結婚式、新居への引越、車の購入に充てるため、AmesはCIAソ連担当者として得た内部情報をKGBに売ろうと在DCソ連大使館にアプローチした。西側に協力するソ連諜報部員のリストと引き換えに、5万ドルを要求。KGBは複雑な巨大組織で動くのに時間がかかるのが常だが、この時ばかりは即座に長官の承認が下りた。
このリストにGordievskyの名前がほのめかされていたらしいが、CIAはどのように彼の身元を知ったのか。その経緯はこうだ。
MI6は情報源を守るため、Gordievskyから得た内容についてCIAには必要最小限の情報しか提供せず、彼の身元は明かさなかった。CIAはMI6が情報の出し惜しみをしているとイライラし、なんとしてでも情報源を聞き出そうと、CIAロンドン所長がMI6ソ連担当者にモラハラを働いて脅すこともあった。
これとほぼ同じ時期に、CIAはスイスの腕時計メーカーと提携して高性能の隠しカメラを開発した。ライターの形をしていて実際に火もつき、ライターとしても使える、という「優れモノ」だ。MI6は資金難で時代遅れの隠しカメラしかなく、CIAの新型カメラを提供してほしいと頼んだ。この依頼はCIA長官にまで行って承認は下りた。CIAは誰が使うのかと尋ねたが、MI6は回答をしぶった。
のらりくらりとした態度に怒りを募らせたCIAソ連部長Burton Gerberは「MI6の情報があいまいで出所不明」とケチをつけてCIA上層部に訴え、レーガン大統領の了解まで得て本格的に情報源の特定に乗り出した。Gerberの指令を受けた部下のAmesは過去の事実関係を洗い出し、おそらくGordievskyではないかという結論に至った。
驚愕することに、Gordievskyの逃亡後もAmesはCIAが入手した大量の機密情報や内部文書をソ連に渡しつづけた。その作業はソ連崩壊後も続き、9年間もの長きにわたってロシア側への協力の見返りに合計460万ドルの報酬を受け取った。Gordievskyがイギリスに提供した内容にも匹敵するスケールの情報漏洩だった。
Amesは1994年にFBIに逮捕され、法廷で終身刑を言い渡された。現在80歳、インディアナ州の刑務所で服役している。