昨日電車の中で突然、スマホの電源が切れた。
まさかサイバーテロ?という想像も一瞬よぎる。最近の私は本音を言いたい放題なので、それで怒っている人もいるのだろうか。
まあ考えすぎだろう。今のスマホは3年半も使っている。買った当時はほかに職場から支給されたiPhoneがあり、仕事の連絡はそれで事足りていた。私はほとんど私用電話をしないため最低限の機能があればよかったので、アマゾンで最安値だった中国製のスマホを買い、9,363円だった。
さすがにもう寿命かもしれない。ビックカメラで最新式のスマホを見る。最低価格は2万円程度。地元のモールでもチェックするが、商品の数がかなり少ない。このあたりに田舎を感じるが、生鮮食料品など生活必需品の品揃えは都心をはるかに上回る。
帰宅後にヨドバシとアマゾンのサイトを調べる。Xiaomiとか、いかにも中国語っぽいメーカーの品が並んでいるが、これだけだと四声はわからない。
iPhoneの最新式は12万くらい。電気製品と言えば、かつては日本企業しか考えられなかった。現在のSonyは動画発信に必要な機能を充実させたプロ仕様のスマホを出しており、値段はiPhone最上位機種の2倍もする。
翌日になると、スマホさまのご機嫌は直っている。エアロバイクで30分こぐ間にずっとYouTubeの動画を再生していたが、あまり電池は減っていない。これならあまり使わないようにして、4周年を迎えるのを目標にしようか。
フェイスブックもつい見てしまうが、強度近視+老眼を考えれば、なるべく控えたほうがいいだろう。
SNSの健康影響も懸念されている。フェイスブック元社員の内部告発者が米国上院の公聴会で行った証言によれば、同社はあまりにも利益至上主義で利用者の健康をまったく考えていない。心理学などの専門分野を持つ社員を雇ってはいるが、会社の意思決定に利用者のメンタルは考慮されていない。
例えば、事業計画で2つの選択肢があるとしよう。1つは利益が10万ドル出るが、利用者の健康には配慮しない。2つめは利用者の健康に配慮した結果、利益は1ドルだけ少なくなる。そうした場合、フェイスブックの重役は迷わず最初の選択肢を取る。どんなに利益の差が小さかろうが、とにかく利益が多く出るほうを選ぶのが同社の特徴である。この元社員はGoogleの勤務経験もあるが、企業倫理はGoogleのほうが優れていると感じている。
上記の公聴会はSNSの子供への悪影響をテーマに開催されたが、子供に悪影響があるなら、大人にもあるだろう。
海外在住の友人とのコミュニケーション、またコロナ禍のソーシャルディスタンス生活でなかなか会えない人々との交流にSNSは一役買っている。その一方で、とくに自宅での軟禁状態でストレスがたまっている状況では、他人のちょっとした日常報告にうらやましくなったり、マウントを取られたと感じることもある。
フェイスブックは米国の産物であり、アメリカ人が書くクリスマスカードに似ている。いかに自分の人生が素晴らしく完璧であり、成功と幸せに満ちあふれ、身内の死去といった悲しい出来事ですら、本人がいかに世界一の偉人で多くの人々に愛されたかが強調される。同じ英語圏でありながら、イギリス人の得意とする自虐的なギャグや、残酷なまでの客観性とは明らかに一線を画している。
この張りつめたような高揚感に満ちた報告は、北朝鮮のアナウンサーによる自国の自画自賛をも彷彿とさせる。そう、フェイスブックとは各人によるプロパガンダであり、プレスリリースなのだ。
話がややそれたが、物を大事に使い続けるのは環境対策の基本である。エコを推進するためにも、なるべくスマホを休ませつつ長生きしてもらおう。