昨夜、セリーグ2位の阪神は6-1で中日に勝ち、広島に敗退した首位ヤクルトに0.5ゲーム差と迫った。阪神が残り3試合を全勝、ヤクルトが残り5試合で3敗以上すれば、阪神の逆転優勝が決まる。
まさに最後まで目が離せない。
1985年に球団初の日本一を果たした後に暗黒時代が続き、さらに私は仕事で忙しく2003年、2005年の優勝も詳しくフォローしていなかったが、最近になって観戦を楽しむ余裕がでてきた。
そこで昭和と令和のプロ野球で何が違うのかを語ってみたい。
・「リクエスト」制度で審判の人権が守られる
昭和時代には審判の判定に不満があった場合、監督が出てきて審判に抗議してこづいたり、暴力をふるったりして退場になるケースがあった。現在のルールでは微妙な判定でどちらかの監督が納得できない場合、ビデオによる再審査をリクエストできる。
アウトともセーフとも取れる場合は本拠地チームに有利な判定が多く、これまで私が見た限りではリクエスト後に判定が覆った例はない。ビジター側には不満は残るだろうが、それ以上もつれることはない。
・商業主義に走り過ぎたCS(クライマックスシリーズ)
昭和では公式戦130試合で決まったセパ両リーグの首位チームが日本シリーズに進み、日本一が決まった。現在では交流戦(セリーグのチームがパリーグのチームと戦う)が加わり、全143試合の結果でリーグ優勝と順位が決まる。
だが日本一を決めるにあたって、まずはCSのファーストステージで2位と3位のチームが戦う。この勝者がファイナルステージで首位チームと戦い、勝ったチームが日本シリーズに進み、日本シリーズを制したチームが日本一になる。
つまり理論上、公式戦では3位だったチームが勝ち進んで日本一になる可能性がある。これでは何のために143試合も戦ったのか、リーグ優勝とは何だったのか、ということになってしまう。少しでも多くの試合を行ってチケットを売りたいという経営者側の思惑なのだろう。
・阪神「死のロード」が緩和
甲子園を高校野球に明け渡す真夏、阪神はビジター試合が続く「死のロード」を強いられていた。この負担を緩和するため、オリックスの本拠地で大阪にある京セラドームで、阪神の本拠地試合をできるようになった。
・中南米出身の選手の大幅な増加
外国人選手の人数は昭和時代は各チーム2人だったが、現在では人数自体には制限がなく、一軍登録は4人までとなっている。
昭和では全員アメリカ人だったが、今は中南米出身者が大半。ヒーローインタビューはスペイン語で行われ、通訳の質はチームによってかなり差がある。
阪神では記者の質問は同時通訳でイヤホンをした選手に伝えられ、選手がスペイン語で語ったあとに通訳が日本語に訳す。効率的な方法で細かいニュアンスも伝わっている。
だが昨夜に広島で初勝利を上げた投手のヒーローインタビューでは、全体を通して逐次通訳、かなりおおざっぱな内容で映画「ロスト・イン・トランスレーション」に登場する通訳に毛が生えたようなものだった。
・SNSで応援を盛り上げる
昭和にSNSはなかったが、令和ではファン同士がSNSで交流しつつ応援する。最近私は「阪神タイガース 大人版」というフェイスブックのグループに入った。チームが勝つと「とらほー」と書き込む人が多い。「阪神タイガースわんだほー」とか「阪神タイガースヤッホー!」の略らしい。
緊張感のある試合が続くなか仲間にリラックスしてもらおうと、昔の「月刊タイガース」を引っぱり出して写真をアップしたところ、好評だったのでブログでも紹介します :-)
<昭和スペシャル イケメン揃いのタイガース>
真弓選手は俳優でも大成功を収めたことでしょう。