2021年10月16日土曜日

坂東玉三郎主演 歌舞伎「壇浦兜軍記 阿古屋」レビュー

 先月に歌舞伎座で坂東玉三郎・片岡仁左衛門の人間国宝コンビによる「東海道四谷怪談」を鑑賞。だが2階席で役者の細かい表情までは見づらく、やや不満が残った。

 今月の玉三郎丈は名古屋の御園座で「壇浦兜軍記 阿古屋」(だんのうらかぶとぐんき あこや)で主人公の阿古屋を演じている。2キロのかつらをかぶり、妊婦という設定の衣装を着用。なおかつストーリーの展開で琴、三味線、胡弓という3種類の楽器を演奏する。難易度が高く体力を消耗する役柄だ。

 玉三郎は現在71歳。最近のインタビューで「ほとんど体力の限界」と語っている。阿古屋は2~3年前に歌舞伎座と京都・南座で公演を行っているので、名古屋での公演が最後かもしれない。

 すでにDVDは入手して見た作品だが、本物の舞台はまた別物だろう。

奇跡的に最高の席をゲット

 御園座は隈研吾氏の設計で建て替えを行い、2018年にリニューアルオープン。だが前から5列目まで段差がなく、舞台が見づらいというレビューを多数ネットで読んだ。

 わざわざ名古屋まで行って、またよく見えないのでは話にならないので、かなり迷った。だが神様が味方してくれたようで、何度もチケット販売のサイトを訪ねたところ、あるタイミングでメチャクチャいい席が空いていた。即座にゲット、玉三郎丈の追っかけで初めてプライベートで名古屋を訪れることになった。

(赤で示した席。コロナ対応で花道の両側と最前列は空席のため、全く視界が遮られず。阿古屋が楽器を演奏する場所は舞台の向かって左側であるため、至近距離で見られて最高の席でした!)

あらすじ

 壇浦兜軍記は源平合戦に敗れた平家の武将・景清にまつわる人形浄瑠璃の5部作。歌舞伎では景清の子を宿した愛人・阿古屋の物語である第3部を上演している。

 逃亡中の景清の行方を知ろうと、源氏の武官・重忠が阿古屋を呼んで尋ねる。阿古屋は本当に知らないのだが、重忠は取り調べの手段として琴、三味線、胡弓を弾いてみろと言う。ウソをついて動揺すれば、演奏にも心の乱れが表れるだろう、という趣旨である。阿古屋は景清への思いを表現しつつ見事な演奏を披露し、重忠は納得する。

71歳男性が妊婦を演じる挑戦

 では実際に見た感想を述べてみたい。

 まず大前提として、70代男性が妊婦を演じること自体が大変な挑戦である。おしろいを塗り、大きなかつらと豪華絢爛な衣装をまとい、イナバウマーのような姿勢のポーズも見せる。ほうれい線は見えない。だが何とも言えない、老人特有の乾燥は感じられる。男性の声ではない独特の発声で、マイクも使わずに劇場中にセリフが響き渡る。

 クライマックスの楽器演奏の場面は、正直に言ってよろしければ「全く動揺がなく乱れのない演奏」という筋書きは厳しい。私は楽器の専門家ではないのだが、例えば勧進帳の一糸乱れぬ演奏と比べると違うというか、そこまで感動するものではなかった。

 重忠役の四代目中村橋之助はまだ25歳と若く童顔で、一生懸命に演じているものの、厳しい取り調べを行う武官のオーラは不足していた。

 そもそも今回の公演の主な目的は、中村橋之助・福之助・歌之助の三兄弟(中村芝翫と三田寛子の息子たち)を玉三郎の相手役として抜擢して売り出すことで、その旨を述べる口上(舞台挨拶)も阿古屋の上演に先立って行われた。

 そこで発見したのだが、玉三郎には3つのペルソナがある。

 1つは舞台を離れて男性としてインタビューや動画に登場するとき。フェミニンな感じはあるが、男性の声で男性としてふるまう。

 2つ目は口上を述べるとき。女形の衣装をまとい、女性の声を出す。彼が「先輩」と呼ぶ六代目中村歌右衛門はどう見てもオカマにしか見えなかったが、玉三郎はかなりリアルな中年女性に見える。

 3つ目は役を演じるときで、その役に応じてキャラクターが変わる。もちろん声も女性。

「ご寛容にご見物のほど。。」

 今回の口上で玉三郎はこう述べた。長年に亘り歌舞伎を演じても、いくらでも向上の余地がある。同じ演目でも昨日より今日、今日より明日、明日よりあさってと芸を向上させていかねばならない。お客様が劇場に足を運んでくださるからこそ、芸は成り立つ。完璧な演技というものはないが、どうかご寛容にご見物のほどお願い申し上げ奉りまする(深々とおじき)。

 口上が素晴らしかったので「ご寛容に」という言葉は謙遜ではないかと思ったが、阿古屋の舞台を見終わると、確かにあの口上は的を射ていると思った。1階席はほぼ満席だったが、2階席の右側はかなり空席が目立ち、それを物語っていた。

 長年の活躍で玉三郎ファンは多いものの、やはり、おじいさんが妊婦役で楽器演奏の学芸会を行い、童顔の若者が百戦錬磨の武官という配役から生じた限界なのだろう。

最もよかったのは口上

 今回の演目は第一部口上、第二部阿古屋、第三部石橋(中村三兄弟による獅子舞のような踊り)という構成で、いちばんよかったのは口上であった。玉三郎による中村三兄弟の紹介、阿古屋の説明のほか、主な出演作品で着た衣装を玉三郎自身がはおって見せながら解説する、というもの。

 京都の古美術商から「300年前の衣装があるから見に来ないか」と言われて見に行ったところ、金銀の色と出車、桜の花をあしらった見事な模様だった。これを再現してもらい、熊野(ゆや)という舞踊に使った。

 嬉々として衣装のウンチクを語る様子は、アートに没頭しているお金持ちのマダムのよう。無理して妊婦役を演じなくても、講演やインタビューで芸術について語ることで思う存分に魅力を発揮できる。

 世阿弥が「風姿花伝」で論じたように、50歳を過ぎたら、ラクにできるものを工夫して色を添えるようにすれば、まだまだ新鮮な印象を与えて観客を魅了できる。

 その一方で、ポール・マッカートニーのように声がしわがれて高音が厳しくてもなおかつステージに立ち続けることで、中高年を勇気づけるという生き方もある。

 なにが正解なのかわからないが、今回の歌舞伎鑑賞もいろいろと考えさせられ、示唆に富んだ経験だった。