2020年12月24日木曜日

第三波がもたらす変化とは?

 コロナ第三波が押し寄せ、過去最大の感染者数や重症者数が日々更新されている。緊急事態宣言の頃よりも深刻な状況だが、補助金にも限界があり、政府は年末年始にあたり「外出自粛」を呼びかけるしかない。

 それでも用事はあるため、都心に出かけた。新宿の地下街を歩いていると、閉店セールやシャッターの前に立つ"Coming soon"の看板が目立つ。都営地下鉄に乗ると、車内広告の空きスペースがかなり多く3割程度しか広告が埋まっていない。

 コロナによる経営難は飲食店や旅行業界がよく取り上げられるが、医療業界も厳しい。コロナ患者を受け入れる病院のみならず、比較的緊急性の低い診療科も大変のようだ。

 通常はかなり混み合っている歯科でも、すぐに予約が取れた。私の前後で別の患者は来ていない。いつも通りていねいな診察後、先生は何を思ったのか「治療費を少しお安くしておきました」と言う。このようなことは初めてで驚いた。遠くから長年通っている患者が第三波の真っ只中に来たことへの御礼、そして「これからも来てくださいね」ということなのだろうか。

 眼科ではいつもより診察前の検査が多く、いよいよ私の強度近視と老眼もヤバい状況になってきたのかと不安になった。先生に理由を聞くと「無料サービスで緑内障の検査をやっている。異常なしなので、安心してください」という。 

 さらには「ネコさんのドライアイ治療をどうしようかとずっと考えていたんですよ。それで目薬を変えてみようかと思うんですが、いかがですか?」と、絵を描きながら時間をかけてていねいに説明してくれた。

 検査と診察で2時間以上かかったが、3割負担の保険診療で支払額は2150円。アメリカだったら何百ドル取られるだろうか。

 ホテルではすでにGo To割引はなかったが、部屋には宿泊客へのギフトとして、伊勢茶のティーバッグ6袋入り×4種類のパックの入ったセットが置かれていた。百貨店で販売している高級品のようで、まともに買えば2000円以上するかもしれない。

 帰りの電車はガラガラで、終点に近づくと同じ車両に私を含めて2人しかいなかった。平日の昼間にしてもかなり少ない。 

2020年12月22日火曜日

年末のおトクな作業

 今年の収入と支出がほぼ出そろった。ふるさと納税をギリギリまで有効に使いたいので、来年の確定申告の作業を行い納税額を算出した。わからない点があったので地元の税務署に電話すると、そこから東京国税局・電話相談センターにつながる。

 コロナ対応で今年の確定申告の締め切りは1カ月延長になったが、来年は通常通り2月16日~3月15日受付の予定だという。住民税やふるさと納税に関しては、「地方自治法で概略を決めているので、市町村の税務課に聞いてください」とのこと。官庁の御用納めは来週月曜なので、それまでに全てを明らかにする。

 ふるさと納税の品物は控えめに買っていたので、まだ結構注文できそそうだ。ふるさと納税サイトのランキングを見ると、1万円で20個入りのハンバーグなどお得な商品が並んでいる。こういう時に馬刺を買っておくのもいいかもしれない。ナッツホタテ貝柱などもお気に入りに登録。その一方で果物は収獲年によって当たり外れがあるようだ。

 こうした一連の作業に集中していると、浴室修理の作業員がやってきた。浴槽の目地直しが目的だったが、ついでに配管も最新のものに交換してくれた。

 浴室をきれいに保つプロのノウハウも詳細に教えてくれた。せっかくリフォームして新しくなったので、ホテルライクなピカピカ状態を長く続けられれば、引きこもりの閉塞感も少しは緩和されるだろう。

・壁と床はふだんは入浴後に水分をふき取り、週1で洗剤をつけて汚れている個所を洗う。床には、浴室用ブラシでやわらかめの毛が縦方向に密集しているタイプを使って洗う。デッキブラシは固すぎるのでダメ。激落ちくんのスポンジでもいいが、意外と指が疲れる。

・鏡についた汚れはいったんついてしまうと中々取れない。これを防ぐために水を拭き取ったあと、から拭きをする。

・ドアの上の部分にカビがたまりやすいので、そこも忘れずに拭く。

・一戸建てでも浴室乾燥のためには窓を開けるよりも、入浴後の水分を拭いたあとは浴室の窓とドアを閉め切って24時間換気をするのがベスト。

・旅行などで長期間留守にする場合は、浴槽が完全に乾いたあとに止水フタを閉めておく。

 キッチンリフォームを担当した一級建築士と防蟻工事担当者によれば、家を長持ちさせるために極めて需要なのは、水回りから水分を漏らさないこと。京都の寺など古い建築物を維持できている大きな理由は、昔はトイレが別棟にあり、台所も土間で床下配管がなかったためだという。

2020年12月21日月曜日

思いがけないクリスマスプレゼント

 家の片づけをしていて、高島屋の商品券1万円分が出てきた。

 裏面を見ると「本券は下記の各店舗でいつでも取扱い商品とお引換えいたします」として、使える店舗がリストアップしてある。高島屋(各店)の欄に東京店、立川店、大阪店。。。しかし新宿店がない。 

 おそらく新宿高島屋ができる前に発行された商品券と思われる。同店が開店したのは1996年なので、24年以上も昔の商品券ということになる。興味深いことに京王百貨店でも使える。京王百貨店は当初、京王と高島屋の合弁事業だったらしい。

 問題はこの商品券が新宿高島屋で使えるかどうか。「高島屋(各店)」と書いてあるので使える気もするし、あるいはリストアップされた店名には入っていないので、使えないのだろうか?

 立川店に行くという手もあるが、かつてはJR立川駅北口を出てすぐ左手にそびえ立っていたのが、再開発後には駅から遠ざかり、気の毒なほど店舗面積も縮小している。

 新宿に行くついでに使えればベストなので、新宿高島屋に電話して聞いてみた。

「使えますよ! 高島屋カードとPontaカードのポイントも同時につきますし、おつりも出ます!!」と、電話の向こうから熱気が伝わってきた。

 アジアからの買い物客は来ないし、テレワークが普及してスーツやバッグも売れない。さらには第三波だ、Go To停止だ。。と閉塞感が押し寄せるなか、久々にちょっと明るい内容の問い合わせだったのかもしれない。

 もちろん私もすごくうれしい。突如として高島屋で1万円分のプレゼントをもらえることになったのだから。。

2020年12月18日金曜日

長期化するコロナ禍の日常

 最後に会食したのは今年2月、テレワークも3月に開始。よほどの用事がない限り人と会わない生活が1年近くになろうとしている。

 一人暮らしで家にこもり、10年前にはイギリス留学でロンドンにいたことを思い出す。年末に休暇でドイツに行ったためか、先日ドイツに住んでいる夢を見た。

 あの頃とは世界ががらりと変わってしまった。ワクチン開発が進んでいるようだが、子供の頃にインフルエンザ予防接種後に体調を崩した。このためワクチンで全てが解決する感じもしない。

 時間があるうちに資格を取っておこうと思い、TOEICを受験することにした。コロナ対策で受験者の間隔を空けるため人数を制限し、抽選制になっている。だがこの半年の間に主催者(ETS)側は会場確保に努め、現在では東京会場では申込者が全員当選しているようだ。

 ETSの公式模試をやり換算表で満点範囲ではあったが、若干の不正解があった。全問正解を確実に取れるようになれば、本試験でも安心だろう。この目的に対応した参考書をやっていると、知らなかった単語や意味がたまに出てくる。"taxi"が自動詞で「飛行機が離着陸の時に誘導路をゆっくりと走る」という意味があるとは知らなかった。

 またオーストラリア発音やある種のイギリス英語は聞き取りづらい個所がある。こうした発音の違いを詳しく解説するYouTuberも結構いるので、そうした動画も参考にする。

 いつかまた海外に行く機会があり、引きこもり中に学んだことを生かせればよいのだが。。

2020年12月16日水曜日

冬の電気代を検証する

 冬は最も電力を消費する季節だ。

 気づかないうちに容量を超えてブレーカーが落ち、スマホの光を頼りにブレーカーまで歩いて行き、フタを開けてスイッチを戻す。給湯器の電源も落ちるため、メチャクチャになった時刻表示を直す。ルーターも電源が切れるので、状況によってはPCの再起動が必要になる。

 基本料金を上げればアンペア数を増やせるが、ブレーカーが落ちるのは電力消費の多い冬だけ。地球温暖化対策としても、なるべく電力使用を抑えるのが望ましい。

 メーカー表示によると、標準使用時でエアコンの消費電力は690W。最も快適な暖房器具は風や音を全く出さないオイルヒーターだが、消費電力は1500Wと高く、部屋全体が暖かくなるまでに時間がかかる。このため通常はエアコンと電気ストーブ(400~800W)を併用する。ヒートショックを避けるため、入浴前には洗面所を即効性のあるセラミックヒーター(1200W)で暖めておく。

 電気代に最も差が出るのが加湿器だ。水を加熱するスチーム式が最も衛生的だが、消費電力は230Wと最も大きい。超音波式は標準的なタイプで60Wと電気代は抑えられるが、衛生面の問題が指摘されている。水をそのまま細かい霧にして水中の菌も同時に拡散するため、2018年に大分県の高齢者施設でレジオネラ菌による肺炎で90代男性が死亡した。電力消費が最小で済むのが気化式で、空気清浄機との併用型(下の写真)で3.3W。だが加湿能力は限定的で補助的な存在にすぎない。ハイブリット型を使用したこともあるが、音がうるさかった。


  セーターの代わりに家の中でも薄手のダウンジャケットを着ると暖かく、ファスナーを閉めればエプロンをしなくても料理をする際に服に水を飛ばさないですむ。煮物を作りながら水蒸気を発するキッチンでPC作業をすれば、加湿器の稼働量を減らせる。 

2020年12月14日月曜日

街へのプレゼント

 元Sハウスの一級建築士YouTuber、げげさんが素敵な考え方をしている。以下に論旨をまとめてみよう。

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 家や建築物は人工的なもので、存在自体に圧迫感がある。それを自然となじませる役割を果たすのが植栽だ。

 庭木のデザインには「不等辺三角形」を心がける。高さが同じ植木を等間隔で並べてしまうと、公園のようでつまらない。そうした存在は自然にはないからだ。高さや配置に変化を持たせると自然な印象になり、屋内から見た感じも奥行きが出て開放感と広さを演出できる。

 また玄関の近くに木があるとよい。散歩する人の目を楽しませる「街へのプレゼント」だ。

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 ヨーロッパでは「街へのプレゼント」という考え方が義務化され、街並みや景観を美しく保つための法律が厳しい。イギリスでは自分の家の外観も自由にはできず、変えるにはブロック全体の住民の合意が必要になる。

 日本も自治体によっては景観保護条例があるが、一般的には自宅の外観や庭は自由にできる。忙しくて庭の手入れができなければ、一面に防草シートと砂利を敷くことも可能だ。

 だが時間があれば、やってみると植木の手入れは奥が深い。特に環境問題に関心があれば、学問や仕事で学んだ理論の具体例を見られる。生物多様性とは害虫との戦いでもあるが、害虫にも重要な役割がある。剪定に強い木もあれば、向かない木もある。植木にも個性や特徴があり、それを理解したうえで手入れをする必要がある。

 そうして花が咲き、新緑が芽生え、葉が色づき、道行く人をほっとさせる。

2020年12月13日日曜日

わかりやすさで勝負するダイソン

  ダイソンといえばデザイン性が高く、セレブな家電というイメージだ。

 7年前に同社の掃除機を買ったのも、上流な暮らしをする大学先輩に勧められたからだ。

 カーペットについたペットの毛を一網打尽に吸い込み、透明な構造でホコリを見える化した掃除機の写真を見せてもらい、かなりインパクトがあった。ゴミをあえて可視化するという発想は目新しく、ダイソンがパイオニアだった。私は原因不明のアレルギーに悩まされていたため、「とにかくハウスダストを根絶しよう!」と、当時の最上位機種DC48を約6万6000円で買った。

 吸引力の強さに驚き、フローリングも掃除機をかけただけでピカピカになる。だが2カ月後に電源が入ったり入らなくなったりを繰り返すようになった。初期故障かと思いカスタマーサービスに連絡すると、フィルターにホコリが詰まっていたのが原因だった。通常の使用ではフィルター掃除は年1回でよいが、古い掃除機が吸い込めなかったホコリを一気に片付けたため、1年分のホコリがたまっていたということらしい。

 7年活躍した掃除機だが、先日突然に本体の電源が入らなくなった。カスタマーサービスに電話したところ、本格的な修理が必要となった。2年間の保証期間は過ぎているので費用が発生するが、あらゆる故障を一律2万2000円(送料込み)で直すという。モーターが壊れていれば交換し、必要があれば付属品も新品に換える。

 さらに興味深いことに、こうしてカスタマーサービスに連絡してきた顧客限定で新品の大幅割引も行う。修理に出して詳細を聞き、やっぱり新品に買い替えたいとなったとしよう。現在の最上位機種CY29FFを4万7850円で買うことができ、古い掃除機はダイソンが無料で引き取る。この価格は家電量販店や楽天よりも約9000円~1万5000円安い。

 掃除機の仕事ぶりの可視化、修理に出す前からわかる修理代、顧客を待たせず全ての質問にすぐに答えられる電話対応、得意客への明確な優遇措置。わかりやすさがダイソンの真骨頂だ。

 問題は2万2000円を出して修理に出すべきか。正直、この金額で同等かそれ以上の掃除機もあるのではないだろうか。実際、DC48の新品が現在は2万8000円程度で販売されている。

 もっと言えば、押入の奥にあり家族が買ったと思われる古い掃除機のほうがダイソンよりも吸引力が強かったのだ。だが残念なことに、このサンヨー製掃除機にも、フタが開かないという不具合が間もなく発生。掃除機の吸引能力を示す吸込仕事率は、ダイソンDC48が170W、サンヨーが350Wだった。

 ただ実際の吸引力には、ブラシの構造や床質などの要素も関係する。イギリス本社のダイソンは屋内にも靴で入る西洋の習慣に対応し、特に絨毯に入り込んだ砂やホコリの吸引に優れている。その一方で不織布のような素材のカーペットでは「あれっ?」というほど糸くずの取りこぼしがあり、サンヨー掃除機はこうした細かいチリもガンガン吸い込んでいだ。やはり根本的なパワーは重要なのだろう。

 現在、吸込仕事率が最も高い掃除機は日立製品で670Wとなっている。この機種は本体重量が3.7kg、一方で650Wの機種もあり3.3kgとやや軽い。ほぼ1日かけて調べ上げたところ、CV-KP300Gという昨年発売された機種が最もコスパがよさそうだ。アマゾンで2万3781円。ダイソンDC48を修理に出す値段とあまり変わらない。

 吸込仕事率650W、本体重量3.3kgの機種はいくつかあるが、CV-KP300Gはブラシの性能が下位機種より優れている。「スマートヘッド」というもので、床の種類を感知してパワーを自動的に調節するため、吸引力が強すぎてブラシを動かすのが大変という事態を避けられる。

 この機種よりも6300円ほど安い機種CV-PF90のブラシは「ごみハンターヘッド」と呼ばれ、「スマートヘッド」よりも床の感知能力が低い。CV-PF90のレビューを見ると操作性に不満を持つコメントも散見される。その一方でCV-KP300Gは5点満点中1点のレビューはゼロ、2点は1つあったがコメントなし。3点以上のレビューの不満点は付属品の種類が少ない、やや重いなど、掃除機の性能に関するものではなかった。吸込仕事率500W以上の製品でも吸引力が足りないとするレビューもある一方で、CV-KP300Gのレビューでは吸引力への不満は皆無だった。全体として吸引力の強さと操作性のよさを絶賛するコメントが目立つ。

 CV-KP300Gより上位の機種もあるが、その差は付属品に小さいブラシがついているか、いないかの違いだけ。結論として、パワーと操作性でCV-KP300Gがコスパ最高だろうと判断し、アマゾンの注文を確定した。

 こうした一連の検討に丸1日を費やした。今は時間があるので可能だったが、忙しければ「スマートヘッド」と「ごみハンターヘッド」の違いまで細かく調べることはできなかっただろう。ダイソンの最上位機種を優待価格で買っておしまいだったかもしれない。

 日本企業の家電の特徴として、いろいろと優れた機能が数多くあり、かわいい名称がついているものの、それが何を意味しているのかがわかりにくい。取扱説明書をダウンロードし、あらゆるレビューを熟読してようやく完全に理解できる。エンジニアが日夜努力してコスパ最高の製品を作り上げても、わかりやすさではダイソンに負けてしまう。

2020年12月11日金曜日

来年の目標

 夏にベランダにできたハチの巣に気づかず、初めてハチ(アシナガバチと思われる)に刺された。

 ハチへの耐性には個人差があるが、2回以上刺されるとアナフィラキシーというアレルギー症状を起こしやすくなる。昨年は蜂毒によるアナフィラキシーで11人が死亡した。

 来年の目標は二度とハチに刺されないことだ。

 まずは庭木の整理である。自宅の庭には数え切れないほどの樹木が生えていた。家族が植えた木もあれば、鳥や風に運ばれた種から勝手に生えてきた木もある。こうした木々には虫が集まり、それをエサとするハチを引き寄せてしまう。

 このため十数本の木を伐採・伐根した。樹齢60年を超える柿の木はかなり根も張っていて、伐根には限界があった。今後地下で根が腐っていく過程でシロアリが来ないか心配になったが、このプロセスには諸説あり、実際に自分の庭でどうなるかはわからない。最も確実な対策として、床下点検と防蟻工事を行うことにした。

 垣根には小さなハチの巣の形跡がいくつもあった。ドウダンツツジの美しい垣根は気に入っているので撤去はしたくない。現在は庭師の繁忙期なので、希望日時にまた来てもらうのは難しい。植木屋さんから教えてもらった剪定ばさみを入手し、なるべく密にならないよう自分で剪定した。庭師YouTuberの動画を参考にやってみたところ、通りがかりの近所の人から「すごく揃ってる! ちゃんとなってる!!」と声をかけられてうれしかった。

 その間に来訪したSハウス営業マンと、家の修理の件で打ち合わせ。詳細は割愛するが、同社のぼったくり体質、朝令暮改、詭弁、仕事の遅さには開いた口が塞がらない。米国海洋大気庁の某部署を彷彿とさせ、大企業病と官僚的な組織の特徴をあらためて認識した。

 ただ営業マン自身はいい人なので、葛藤を抱えているに違いない。なるべく力になってあげたいと思い、先日は勧められたリフォームローンに関して、彼が気づいていなかった利点を指摘した。昨日は「それを別のお客様へのセールストークに使って見事契約できた」と御礼を言われた。

 話はそれたが、これで樹木の整理は完了。あとは来年春にハチが活動を開始する前に、巣を作らせないよう樹木ベランダに殺虫剤を散布する。殺虫剤の説明書にもとづき、散布スケジュールを来年の手帳に記入。ハチが嫌う香りを発するハーブの一種、ミントも購入してベランダに置いた。香水は逆にハチを引き寄せてしまうらしいので、田舎暮らしでは禁制だ。

 枯葉や植木鉢の下は"G"の棲家にもなるため、G対策も行う。家に寄せ付けないよう屋外用の毒エサを設置。Gはレモングラスの匂いが嫌いらしいので、室内ではこの精油でアロマを焚く。Gやネズミを追い出す効果のある超音波機器もいくつかの種類を用意。驚くべき適応力で3億年を生き抜いたGに対抗するため、時々別の種類を試す。

 基本的な対策として、掃除を徹底してホコリや食べかすを残さない。ところが7年使ったダイソンの掃除機の電源が突然に入らなくなり、考えられる方法を試したが効果がない。物置から引っぱり出してきた古い掃除機も不具合が発生。修理に出すべきか、新しい掃除機を買うべきか。

 あきれるほどに、次から次へとやることが出てくる。

2020年12月9日水曜日

コロナ禍が生み出す郊外住宅バブル

  業界最大手のSハウス営業マンによれば、今や東京郊外の一戸建て分譲市場はバブルで「7000万~8000万円の物件が飛ぶように売れている」という。

 思わずググってみると、八王子から横浜線を乗り継いた駅から徒歩13分。かなり不便と言わざるを得ない立地の建売が、確かにその価格帯で販売され、すでに最終一邸だという。土地面積169平米と郊外物件としては普通だが、建ぺい率70%で建物面積は131平米と比較的広め。だが全体的に見れば、営業マン自ら「バブル」と言うのもうなずける。

 購買層は都心のタワーマンションから移り住むテレワーカーかもしれない。北向きの狭い億ションに住んでいれば、全室角部屋で日当たり良好な広い家に一目ぼれしても不思議ではない。ギリギリ八王子市なので都市ガスは通っているし、都心に出るのに新幹線を使う必要もない。そうした点で軽井沢より維持費や交通費は大幅に安上がりで、しかも自然環境は豊かなのが受けているのだろう。

 これまでは値段もつかなかったような郊外の築古物件も徐々に売れ始めているようだ。30万~100万円程度の古い家を買い、自分でリノベする様子を伝えるYouTube動画が登録者数を伸ばしている。

 少し前まではマスコミが郊外住宅の未来を憂う報道を連発していた。私もどうしようかと悩んでいたが、最近では近所で建て替える家が増えている。今後20~30年は住む決意の表れだろう。このため年がら年中、解体工事や建築の騒音が鳴り響き、閑静な住宅街が実はうるさいという事態も発生している。

2020年11月5日木曜日

ワクワク感を奪う歩道橋シティ

  東京西郊で育った私にとって、立川は最も身近な中核都市である。子供の頃から家族や友達とのお出かけ、買い物、映画などのレジャーで過ごした懐かしい場所だ。

 先日久しぶりに行ってみると、すっかり様変わりしていた。JR立川駅の改札から北口、南口の両方へ広がる大きな歩道橋があり、その下にバスターミナルがある。信号を渡らずにデパート、銀行、カラオケ店などに直接行くことができる。

 この「歩道橋シティ」とでも呼べる開発は大規模なものでは品川、立川と似た大きさでは大宮、もう少し小さめの三鷹と、いずれもJR沿線に見られ、西新宿にも同様の計画がある。

 歩道橋でどこでも行けるのでもちろん便利なのだが、歩いていて楽しいかと言えばそうではない。むしろ無機質なものを感じ、こうした駅の周辺には住みたくないとすら思う。

 その最たるものが歩道橋の域を超えて高度に複雑化した渋谷で、銀座線、半蔵門線、東横線、井の頭線、山手線のそれぞれの渋谷駅から、どこをどう行けばよいのかを理解することすら難しい。このため渋谷乗り換えを避けるようになり、それは渋谷駅周辺の開発者にとってもよくない結果だろう。 

 歩道橋の種類は違うものの、その無機質さを最もよく表しているのは飯田橋だ。おそらく飯田橋の歩道橋を渡りながら、それを楽しいと感じる人はまずいないだろう。

 人間の直感として地上を歩くのが自然で、便利さの追求が快適さに直結するというわけではない。

2020年11月4日水曜日

歴代米国大統領の印象

  どうやら接戦州をバイデンが制覇して、最終的に勝利を収めるような情勢に見えてきた。だが2000年には大混乱の末、三権分立が機能していないとしか思えない最高裁の判断もあったため予断は許さない。

 歴代大統領のうち、私はトランプ、オバマ、ブッシュ父と会う機会があった。クリントンは引退後に東京で講演した際に、大会場の2階席から遠巻きに眺めた。

 トランプの印象は政治家というよりビジネスマン。きちっとしたスーツを着て、在日米国商工会議所にいそうなタイプだ。著書を開いて白紙の部分にサインを求めると、表紙を確認してからサインしてくれた。暴露本が多数出ているので、そうでないことを確かめたのだろう。前日の米軍基地でのスピーチに精力を注ぎ、YouTubeでみるとかなり考えて練習したことが感じられる演説だった。だが私が生で聞いたスピーチは誰かが書いた原稿を読み上げるという印象だった。

 オバマは大人気で面会イベントの最前列を取るのは困難だった。だが前列にいた別部署の見知らぬアメリカ人男性が、オバマが近づいてきた瞬間に私に握手の機会を譲ってくれたのだ。こんなに貴重なチャンスを日本人の私に与えてくれたことに感謝してもしきれない。オバマの手は柔らかく、握った感じもソフトだった。

 ブッシュ父はテレビで見る印象とあまり変わらず、親切にサインをしてくれた。

 生クリントンはオーラを感じるにはあまりにも遠い距離だった。私の元上司はクリントン大統領時代のアドバイザーで、自宅にはエアフォース・ワンに同乗した証明書が額入りで飾られている。すごく頭がよく素晴らしい人物だという。別の同僚は面会イベントで緊張して尻込みしていると、クリントンはそれを察知して「あなたは握手しなくていいの?」とすごく優しい表情をし、そのおかげで自然に握手できた。咄嗟に他人の感情を読み取り、人間関係を構築する天才に思えたという。

 クリントンは私より20歳年上でお兄さんとお父さんの中間のような年齢である。自伝には普通は親友にも語らないような深層心理や生活の詳細がつづられている。表向きの輝かしい成功した人生と、心の奥に隠していた、アル中で暴力的な継父から受けた傷跡の間でいつも悩まされてきた。このため睡眠時間を削ってでも毎日2~3時間は一人で考えにふけることが必要だという。

 大学時代は週25ドルの生活費でやりくりし、週末には14ドルをためてジョージタウンの素敵なレストランに女の子を誘い、二人分の食事代とチップを賄うことができた。法科大学院は学生ローンとアルバイトで生活費を賄い、この体験から大統領に就任後、学生ローンの改革に取り組んだ。卒業後の収入に応じて無理のない返済をできる仕組みを作り、低収入でも社会的意義のある仕事への進路にも進みやすくした。

 仕事や人生で「あちゃ~~」としか言いようのない失敗も重ねてきた。学生時代に大統領選で民主党候補の地方支持を固める仕事をしていたとき、極めて重要な会合に党内で最も地位の高い支持者をなぜか招待していなかったことに後から気づいた。当然ながら本人は怒り心頭に発して離れていってしまった。イギリス留学中に米国の運転免許証を置いてきてしまい、帰国後に疲れたまま運転中に事故を起こして留置所に入ったこともある。

 数々の失敗や挫折は1)それ以降は決してやらかさないと決意する 2)ネガティブな経験でもポジティブな経験と同じくらい、そこから学んで将来に生かすことが可能 と考えて乗り越えてきた。 

 こうした貧乏学生や失敗のエピソードから、世界で最も成功した政治家の一人を身近に感じ、いろんなことが学べる。多くの読者にそうした体験を可能にするため、あえてプライバシーをさらけ出す心の広いリーダーだと思う。(敬称略)

2020年11月2日月曜日

「隠れトランプ」を分析する、隠れトランプ

  高須クリニックの後継者・高須幹也はチャンネル登録者30万人を超える人気YouTuberとして活躍している。本来の目的は同クリニックのイメージ向上、患者獲得なのだと思うが、専門の美容外科の領域を超えて政治・経済など幅広い分野でもコメントしている。最近ではベーシックインカムに反対の意見を表明し、理由として勤労の意義や社会的弱者の保護を語っている。

 通常は詳細な調査と客観的な視点で参考になることが多いが、昨日アップされた「隠れトランプ」に関する動画はかなりひどい。偏向情報による独断でトランプを絶賛し、彼自身が隠れトランプファンなのだろうと思うほどだ。私が卒業した大学院でこのような論文を書いたら、あまりのお粗末さで間違いなくFail(不可)だろう。

 彼の主張はこうだ。世論調査には表れない「隠れトランプ」は米国有権者の10%を占める。2回目のテレビ討論会で、バイデンが脱石油と再生可能エネルギーへの移行を表明したのは致命的だった。石油や自動車産業を基盤とする接戦州での敗退は必至だろう。バイデンの息子が修理に出して取りに来なかったPCからは、未成年者との性交や中国との関連を示唆するデータが発見されたようだ。この時期にこんなニュースが出たことで、さらにトランプに票が流れる。

 う~~ん。。人気YouTuberがこのような動画を流すのは危ない。そう思った私は、日頃はロムっていたものの初めて幹也の動画にコメントをつけた。以下にコピペします。

「脱炭素と再エネはもはや世界の流れでしょ。コロナや科学全般に関するトランプの無知さ加減には触れないの?『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』も前代未聞の政治意見を出してトランプ反対を打ち出しているし、そういう動きは無視なの? 幹也先生らしくもっと幅広い視点はないのかな。あるいはトランプが好きだから、そっちの方向に持っていきたいだけ? ちょっとこの動画は残念すぎる」

 2時間後、別の視聴者も「米国の知識人や女性の大半、有色人種は間違いなく今回はバイデンに投票する」として、幹也への反対意見を述べた。それはそうだなと私も思う。

 だが表向きには善良な市民と思われる人物でも、実は隠れトランプ支持者なのかもしれない。フロイトは言った。人間の自我は「超自我」(親や先生の教え、社会ルール、規範、理想)とリビドー(性欲、食欲、本音)のせめぎ合いである、と。能力や自信がない人ほど、人種や性別といった能力とは関係のない理由で他人を差別し、リビドーに走る傾向はあると思う。かつては優遇されたが今では自信を喪失した白人や男性の相当数が、ポリティカル・コレクトネスを真っ向から否定するトランプが登場したことで勢いづき、有色人種、外国人、女性を蔑視する傾向を増長させている傾向はあるかもしれない。

 米国大統領選はあくまで米国民の選択であり、外野がガタガタ言うのは内政干渉なのかもしれない。だが世界一の経済大国で強大な軍事力を持つ国の行方は、世界全体に大きな影響を与える。(敬称略)

2020年10月28日水曜日

クリントン夫妻の興味深い人生

  米大統領選がいよいよ来週火曜に迫った。私の米国人の友人・知人はバイデン支持一色で、トランプを応援する人は少なくとも表向きには一人もいない。

 米大統領に関する私のリアルタイムの記憶はニクソンに始まり、それ以来、米国が最も輝いていたのはクリントン政権時代である。レーガノミクスの財政赤字を見事に解消し、北アイルランド問題や中東和平でクリントン大統領は平和外交を展開した。

 日米教育委員会がまとめた米国への日本人留学生数のグラフを見ると、同数の多い年とクリントン政権時は見事に一致し、1997年にピークを迎えている。 私がフルブライト奨学生として米国大学院に留学したのも、この時期だった。留学生活があまりにも楽しく充実していたので、本当に帰国したくなかった。だが同奨学金の受給条件として学位取得後に2年間の帰国義務があった。その後ブッシュ息子政権になって、時代ががらりと変わり残念で仕方なかった。

 クリントン夫妻はどんな人物なのだろうか。あらためて興味がわき、彼らの自伝を読んで報道やデータもチェックしてみた。

 ビルは46歳で大統領の地位に上り詰め、前職のアーカンソー州知事には32歳の若さで就任した。だが華々しい経歴や明るい笑顔からは想像できないほど、不幸な生い立ちである。

 出生前に実父を交通事故で亡くし、アル中の継父の暴力を受けて育つ。その一方で母方の祖父は、人種隔離が通常だった当時の南部では珍しく、自ら経営する食料品店で黒人の顧客も受け入れるなど進歩的だった。こうした生い立ちから、ビルは社会の在り方を深く考え、世の中をよくしたいという強烈な思いが生まれたに違いない。16歳の時にはすでに、将来は政治家になると決めていた。医者や経営者一族ではなく、庶民でこれだけ人生の早い時期に、ここまで明確に人生の目標を決められる人はそういない。

 問題を抱えた継父の稼ぎは多くはなく、母親は看護師だった。それでもクリントン一家が中流階級の大きな家に住めたのは、継父の兄にあたる伯父の経済援助があったからだ。それでも母親は夫の暴力に耐えきれず息子を連れて離婚。だが夫に懇願されて元のさやに戻る。

 両親が正式に「再婚」する直前に、ビルは15歳にして一人で裁判所へ出向き、自分の姓を実父の姓ブライズからクリントンに改姓する。裁判所は確認の電話を母親に入れ、母は承諾した。未成年者が独自の判断でこのような行動を取るとは驚きだ。その理由だが、継父と母の間に生まれた弟が小学校に入学する前に同じ姓にしたほうが、弟への要らぬいじめを防げるだろうと思ったという。あるいは単純にほかの家族と同じ名前になりたかったのかもしれない。継父を喜ばせることをしたかった、とも。

 だが本当の理由は、言い方は悪いが金づるの伯父を含むクリントン家への敬意を示すことで、お金のかかる大学進学を確実にしたかったからではないだろうか。実際、母親が夫の元へ戻った理由は、自分の収入だけでは息子を育てるのに不安だったからだ。クリントン姓を名乗ったことは、文字通り名より実を取る政治的な判断だったのではないか。

 実際、ヒラリーもこう語っている。「ビルは一度も私にクリントンを名乗るよう言ったことはない。私は結婚後も長らくヒラリー・ローダム(出生名)で通していたが、ビルの知事在任中に、要らぬ誤解を避けるためにクリントン姓も加えたほうがいいという周囲の助言があり、そうすることにした」

 ビルの成績は地元の公立高校の同期生327人中の4番でSATのスコアもよく、アイビーリーグの難関校も狙えたが、志望校はジョージタウン大学外交学部一択だった。政治家になるためにはワシントンDCにいる必要があると思ったからだ。そして大学2年で見事フルブライト上院議員が委員長を務める外交委員会のスタッフとして働くことになり、給料で経済的な自立も果たす。

 一方のヒラリーは、母親が孤児で祖父母にひどい扱いを受けて育ち、まともな学校教育も受けさせてもらえなかった。こうした話を聞いて育ったため、恵まれない子供や女性の自立を支援する活動をしたいという強い思いはあった。しかし法科大学院を卒業後にこうした活動に従事してはいたものの、自伝の中で何度も「将来に何をしたいのか、わからなかった」と書いている。

 母親の生い立ちは不幸だったが、ヒラリーの父親が起業に成功したため家庭は裕福だった。シカゴ近郊の素敵な住宅街に住み、夏は毎年湖畔の別荘で過ごし、ヒラリーはお嬢様大学のウエルズリー大学に進学。卒業後の進路に法科大学院を選び、ハーバードとイエールの両方に合格した。だがハーバードでの内定者会合で教授から「女子学生が増えるのはイヤだ」と言われて憤慨し、イエールに行くことにした。

 ビルの女性遍歴に関しては、家族的な背景もあるかもしれない。実父は実母と結婚する前に3度の離婚歴があり、継父は2度の離婚歴がある。ヒラリーと出会う前に、彼は多くの女性との交際経験があった。おそらく美人でカワイイだけの女性には物足りなかったのだろう。ヒラリーに魅かれた理由は見た瞬間に「強くて自律的」に思えたからだという。

 恵まれない子供や働く女性への支援という点で、ビルとヒラリーは政治的な関心や価値観が見事に合致し、とても話が合った。ビルはヒラリーと結婚したくてたまらず、数え切れないほどプロポーズをしている。法科大学院を卒業後、ビルは地元アーカンソー州に戻って政治活動を開始し、ヒラリーは東部で働きながら飛行機で時々ビルに会いに行っていた。

 ビルが空港まで車でヒラリーを送る中、彼女はふと車窓からレンガの家を見つけ、何気なく「素敵なお家ね」と言う。それを聞いたビルはその家を買って家具と寝具を搬入し、次回にヒラリーが訪ねてきた際に再度プロポーズする。「あなたが素敵だと言っていた家を買ったよ。自分ひとりでは住めないから、結婚してくれないと困る」(この家は現在、クリントンハウス記念館として一般公開されている。)

 こうした強硬手段に出るほど、ビルはとにかくヒラリーと結婚するために必死だったことがわかる。もちろん二人は価値観や話が合っていたが、それと同時にヒラリーが優秀で実家が裕福だったことが関係していると私は思う。結婚して所帯を持てば、それ以上は伯父さんの経済援助を期待するのは難しい。政治家は当選しなければ仕事がなく、本質的に不安定な職業である。その生活を支える新たな金づるとして、ヒラリーが欲しかったのだろう。実際、大統領になるまでの間、ヒラリーが弁護士として働き、一家の大黒柱としてビルよりもはるかに稼いでいた。

 ホワイトウオーター疑惑にしても家計を安定させる目的で、ヒラリーが始めた不動産投資だった。だが仕事や子育てで忙しく細かく状況を追うことができないうちに、いつの間にか騙されていて損失を出してしまった、と彼女は語っている。収益どころか損を出し、全くやましいことはしていない。進歩的なクリントン大統領を引きずり下ろそうとする右翼の陰謀によるでっち上げに過ぎず、迷惑千万も甚だしい、と。

 モニカ・ルインスキーとのスキャンダルに関しては、彼女のほうがビルに夢中だった。モニカには以前から既婚男性と関係を持つ性癖があり、ビル・クリントンがいかに魅力的だったかをうれしそうにインタビューで語っている。彼女のほうから近づき、ビルが応じた形らしい。ビルはヒラリーにはこの不適切な関係を隠してウソをついていたが、ばれた時には彼女の前で泣いてしまった。

 ヒラリーはこう述懐している。「私たちの結婚は続けていけるのか、いくべきなのか、かなり悩んだ」。だがビルと出会う以前から、彼女は結婚した相手とは一生添い遂げると決めていた。そして二人は夫婦である以上に、政治的な価値観を共有する運命共同体である。

 事実上の副大統領はヒラリーだったと思わせるほど、ビルは彼女の助言を聞いて採用している。二人はいつでも、お互いのスピーチ原稿に手を入れてアドバイスしていた。ビルが大統領選に出馬した理由は民主党本部に要請されたからで、アル・ゴアを副大統領候補に決めたのも党だった。それまでクリントンはゴアをほとんど知らなかったという。クリントン・ゴアの組み合わせは完全な「政略結婚」であり、ヒラリーの自伝にゴアはほとんど登場しない。 (敬称略)

2020年10月25日日曜日

Book Review: My Life, by Bill Clinton (WIP)

While my memory of reading an autobiography by Hilary Rodham Clinton is still fresh, I have embarked on another adventure of hearing her husband's side of the story in his memoir "My Life." 

Bill Clinton had unfortunate childhood -- his biological father (William Jefferson Blythe Jr.) was killed by a car accident while his mother (Virginia) was still pregnant, and his stepfather (Roger Clinton Sr.) since he was three was alcoholic and violent. He recounted that his "daddy" even fired a gun toward him and his mother, though it barely missed. 

I was curious how he rose to the very top from this terrible background. Reading this book, I realized that it would have been the agony that made him sensitive to the pain of others and question how society should be. At elementary school, he was most interested in reading about Native Americans and their struggle. 

Bill was raised by his grandparents until three because her mother lived in another town to learn skills to become a nurse anesthetist and raise family income. His grandfather, who ran a grocery store, treated people equally and accepted black customers as well. That was very rare in the South where segregation was still the norm. He grew up playing with other children, white and black, and naturally cultivated a sense of equality. 

While problematic Roger did not earn much income, his elder brother Raymond was fairly successful and financially supported Roger's family. That's why they were able to live in a middle class house. Meanwhile, Roger's violence escalated. Virginia, Bill and his half brother Roger Jr. finally ran away and moved to a smaller house that Virginia purchased. She then divorced her husband, but Roger Sr. was upset and pestered Virginia to come back. Bill opposed, but Virginia accepted and they remarried in part because her income alone may not be sufficient to raise her sons.

Shortly before the family got together again, at the age of fifteen Bill changed his family name from Blythe to Clinton, visiting a local court on his own. He recounts that part of the reason is that having the same last name with his half brother before he enters elementary school would be better to help prevent unnecessary abuse at him. Bill might have wanted simply to have the same name with other members of his family, or do something that would please Roger Sr. 

That may be true, but I also assume Bill wanted to show his gesture to appreciate the larger Clinton family including his step uncle Raymond for their financial support that he would needed to attend university. At the age of sixteen, Bill had already decided to become a politician, and in his senior year at high school, Georgetown University was the first choice despite its high tuition. That is because he believed he needed to be in Washington as a first step toward his career goal. 

This memoir is extremely detailed, like every person he met and each episode he experienced appear. I agree with a reviewer on Amazon saying that his editor should have organized the book wisely. In my view, Hillary is a much better writer or at least must have a better editor, but she might have been too busy as Senator to help her husband on this book. That said, these pieces of information help me understand the context of what's reported in the media about Bill Clinton. I could also relate to him about an episode that he was stung by wasps while gardening. 

To be continued...


 

2020年10月24日土曜日

教養+審美眼+資金=最強の法則

  中曽根元首相の葬儀が先日行われ、国費支出や教育現場の弔意表明をめぐって話題になっていた。

 中曽根氏は東京郊外の別荘に各国要人を招いて独自の外交を行っていたが、政界引退後にこの「日の出山荘」を所在地の日の出町に寄贈し、現在は記念館として一般公開されている。

 日の出山荘は私の地元にあり、1983年にレーガン大統領(当時)を招いて「ロン・ヤス」会談を行って以来、すごく気になっていた。中曽根氏の葬儀であらためて思い出し、私もようやく時間ができてお天気もよかったので訪ねてみた。

 行ってみると別世界だった。専用駐車場から山の中の整備された舗道を300メートルほど歩いて登る。広大な敷地に藁ぶき屋根の古民家(青雲堂)、小さな2部屋だけの離れ(天心亭)、バブル時代の1989年に竣工した西洋風の家(書院)、プール、散歩道がある。

 天心亭は日米首脳会談を文字通り膝を詰めて行った場所で、日常的には中曽根氏が寝泊りしていた。平屋で24.79平米しかなく森の中にひっそりと佇んでいる。だからこそ木々のさざめき、雨音や鳥の声がすぐそこに聞こえる。

 書院はそれとは対照的な吹き抜けのある大きな洋館で、広々としたリビングルームに大きなソファがあり、隣室は8人掛けのダイニングになっている。壁に飾ってある油絵や書は全て中曽根氏の作品だ。

 小さな山全体が敷地となっており、窓から見える風景もすべて自分の所有物である。幹線道路や付近の住宅から離れて静寂が保たれている。

 こうした静かな環境でありながら、首相官邸から58キロの距離で日帰りでも余裕だ。軽井沢や箱根といった有名な別荘地でもないので、面倒なつきあいもなく休養や読書に集中できたのだろう。

 東京都内にして、この壮大な隠れ家。ヨーロッパの城や宮殿、京都の寺、カリフォルニアにある大富豪のHearst Castle、ニューヨークのトランプタワーなど、これまで様々な豪邸や建築物を見学してきたが、それらとも違う独特の感覚である。

 中曽根氏の教養と審美眼を体現したもの。日の出山荘の家屋や敷地の管理にかかる費用は年間890万円で、個人所有となれば固定資産税もかかる。吹き抜けを作ると電気代がかかるとか、そういった庶民的な感覚を超えた物件であることは間違いない。相当なお金持ちでないと維持できないが、彼の実家は群馬の裕福な材木商でそれを可能にした資金力もあった。こうした三拍子が揃った人物は中々いない。

 個人的な意見だが、トランプタワーのギラギラした装飾には趣味の悪さしか感じられず、所有者の教養のなさが如実に表れている。フランスのシャンポール城やベルサイユ宮殿も似たようなもので、ただただお金があることや権力を必死に見せびらかしている。

 これとは対照的なのは京都の古寺で、無駄を省いたミニマリスト的な価値観がやや行き過ぎて圧迫感を感じることもある。

 人間が心からリラックスできる環境を具体化したもの、それが日の出山荘である。こうした空間を私も追求してみたいものだ。 



Japanese Camp David: Prime Minister Nakasone's Hinode-sanso

Fifty-eight km (36 miles) west of his official residence, Prime Minister Yasuhiro Nakasone owned a favorite retreat called Hinode-sanso (Hinode is the name of the location; sanso means mountain villa in Japanese.) He often found his way to this secluded spot to escape the hustle and bustle of his busy life as a politician and find peace and quiet.

He also invited many eminent guests to the villa, including foreign dignitaries such as U.S. President Ronald Reagan, Soviet President Mikhail Gorbachev and South Korean President Chun Doo-hwan. As such, Hinode-sanso served as a venue where leaders were able to relax and talk in a natural environment, similar to Camp David in the U.S.

After retiring from his political career, PM Nakasone donated the villa to the local government Hinode Town in the Tokyo Metropolis in 2006 so that it has been turned into a museum open to the public. 

Because it is located in my neighborhood, I had been very curious about this place ever since PM Nakasone hosted President Reagan there in 1983. I finally had a chance to visit today.


Occupying some 25,000 m2 (2.5 ha) of land, the villa consists of three buildings: the Seiundo residence, the Tenshintei cottage and the Shoin house, set in gardens providing background colors that change with the seasons.

The entire property is well maintained, and exudes a special aura that you can feel only in the venue, something that pictures cannot convey. It is a different world, and I was impressed by PM Nakasone's aesthetic sense and good choice of the location.

In this small room of the Tenshintei cottage,
President Reagan and PM Nakasone had a one-on-one talk, calling each other "Ron" and "Yasu." To commemorate their great relationship, a local confectionery store Koshindo has even made "Ron-Yasu manju (steamed bun)," which is still available today. I thought it was a perfect setting for them to speak their minds. 


The Western-style house Shoin was built in 1989 and functioned as a guest house. After stepping down as Prime Minister, Nakasone invited colleagues who shared good times and bad. He entertained his guests in a style reminiscent of the blending of East and West that characterized the Meiji Period, performing a tea ceremony in the traditional Japanese setting of the Seiundo or Tenshintei, and then serving Western-style meals on the spacious balcony of the Shoin.



A picture of Mt. Fuji pained by PM Nakasone


PM Nakasone's study upstairs


This picture tells the two leaders very much enjoyed each other's company. Looks like "Hinode-sanso diplomacy" was very successful.

I really enjoyed exploring this special place, and hope anyone who is interested in Japan-U.S. relations and international affairs would feel the same way. You can easily go there in a day's drive from central Tokyo.

2020年10月13日火曜日

鈍い人間だけが幸せなのか?

 岡本太郎は言った。ニブい人間だけが「しあわせ」なんだ、と。

 その通りだとは思う。幸せとは現状に満足している状態だ。

 世界の現状はどうだろうか。

 世界最大の経済大国のトップがマスクもせず、米フロリダ州サンフォードの3密空間で集会を開催し、開口一番"Hello Orlando"といきなり都市名を間違えて演説を始める。

 ヒラリー・ローダム・クリントンの自伝を読むと、彼女が見聞きした信じがたい話がこれでもかと出てくる。旧ソ連時代のルーマニアでは人口増加政策のため避妊や中絶が許されず、女性には警察監視による職場の「定期健診」が義務づけられ、妊娠が確認されると出産するまで当局に監視された。このため貧乏な家庭にも子供が多く生まれ、孤児院に引き取られた。だが孤児院でも子供に十分な食事を与える資金がなく、チャウセスク政権は栄養失調の子供に輸血して栄養補給するという政策を取った。その血液がHIVで汚染されていたため、子供の間でエイズ感染が爆発的に広がった。

 21世紀の米国では最高裁判事に中絶反対の人物が指名され、ホワイトハウスで開催された発表会ではコロナ感染予防の基本対策が行われず感染者が続出した。

 こうした現実を知りながら幸せだと感じるには、かなり鈍くなければ難しい。

 その一方、いつでも満面の笑みをたたえて幸せいっぱいのパワーを炸裂させる人々もいる。私の周囲では、先進国の中流~上流家庭の出身で保守的な考えを持つ美人女性によくみられる。そのほかには、世の中や周囲のよい面を見つけようと努力して、発見した物事に感謝した結果、幸せそうな人もいる。

 ただ、無理をして幸せを演じるのはよくない。いつも感じがよく笑顔の絶えない人が突然重い病気にかかったり、自らを自殺に追い込む例は珍しくない。現在発売中の週刊文春によれば、最近自殺した女優の竹内結子は多忙にもかかわらず周囲の協力を得られず、家政婦も雇わないでかなり無理をしていたらしい。

 現状に問題があれば、見て見ぬふりをしたり感情を押し殺して幸せを演じても長続きはしない。疲れたら周囲の目を気にせずダラダラ過ごしたり、世の中の嘆かわしい現実を変えていくための問題提起や解決方法を模索することが必要だろう。(敬称略)

2020年10月10日土曜日

沖縄・石垣島への「海外旅行」から学んだこと

 Go Toトラベル第二弾として沖縄の石垣島を選んだ。離島では10月でも気温が高く海で泳げるし、直前の天気予報も晴れだったので急遽予約した。その後突如として台風が発生したが、どうにか進路が外れた。

 前回の沖縄旅行では11月にもかかわらず季節外れの台風が直撃し、かなり以前から予約していた体験ダイビングもキャンセルになり、ホテルでテレビを見ていた。こうした事態を避けるため天気予報を確認して行ったわけだが、それでも現地に行かなければわからないことが多々あった。

 石垣島は東京から2000㎞近く離れ、台湾までわずか250㎞。だが日本の国土であり、全ての子供が歩いて学校に通えるよう島全体に小中学校が散在し、全校生徒7人しかいない学校もある。それだけ国費をかけて日本人を育成する教育を隅々まで施している。観光タクシーの運転手さんは話が上手で、最後に料金を支払ったときにお土産としてストローで自ら作ったエビのオブジェをいただいた。とても素敵で芸術的なセンスが感じられた。


 羽田から直行便でも3時間かかり、物理的には久しぶりに「海外旅行」をした感覚だったが、現地の人々は日本語を話し、日本特有のサービス精神がある。その一方で亜熱帯気候のため、関東地方では想像もつかない多種多様な生物がいる。

 現地のセミは明らかに関東のセミとは違う鳴き方で、4月中旬~12月まで大合唱をしている。海にはハブクラゲがいて遊泳中の人を刺し、ショック死した小児もいる。巨大なハチや蛾、布団に入り込んで人を刺す細かい虫もいる。

  海に囲まれているため天気が変わりやすく、天気予報はほとんど当てにならない。このため予報をもとに計画を立てたところで、予定通りには行かない。いいお天気だから海水浴をしようとしても、いったん海に入ってみると外からは想像もつかないほど波が強い。 

 日本でありながら、東京周辺とはまったく環境が違う。 

 これと同じような状況が思い浮かんだ。同じ大組織に属していても各機関によって驚くほどの違いがある。例えば、米政府には日本の外務省にあたる国務省など様々な官庁がある。米政府での16年間の勤務中、私は最初の12年間を国務省、その後4年間を商務省で働いた。

  その体験から言うと、国務省は東京、商務省は沖縄というほどの違いがあった。どんな違いかと言えば、国務省は人間が支配し、それ以外の生物はいても人間にコントロールされている。これに対して商務省には人間だけでなく、都市出身者には想像もつかない生物も跋扈している。 

例えば、当時の上司が最近海洋大気庁(商務省の一部)50周年の職員インタビューで紹介され、その内容は驚くものだった。バージニア工科大学に進学したものの授業をサボっていたため成績が悪く、4点満点の評定平均値で2.5をクリアできなかったため退学になった。両親は10代で結婚したが離婚し、働いていた母親の代わりに妹が食事を作っていたが、とてもまずかった。こうした経緯もあって妹とはうまく行かなくなった。妻はメキシコ人で渡米25年の今でも故郷が恋しくてたまらない。その彼女に「もう適応していい頃だ」 と言い放つ。

国務省の上司や同僚には、こうした感覚の人はいなかった。怠け者で成績が悪かったため退学になった話など、そういう過去があったとしても決して他人には言わないだろう。妹に関するエピソードでは食事を作ってくれたことへの感謝もなく、それを当然と考えて文句をつけるなど男尊女卑も甚だしい。さらには外国人と結婚していながら、年を取るほど母国が懐かしくなる感覚を理解できないのだろうか。上級管理職がこうしたエピソードを含む私生活の詳細をインターネットで全世界に公開するというのも、危機管理や組織の体面という観点から国務省では考えられない。 

商務省にはほかにも「珍しい生物」に遭遇して度肝を抜かれ、ハチやクラゲに刺された一方、人格的に優れて専門分野に詳しい人物も少なくなかった。 

そもそも商務省へ行った理由だが、私は国務省の日本人職員として最高の地位にいたので、米政府内で昇進するためには、より上のポジションのある商務省に移籍する必要があった。そして昇格人事の空席に応募して採用され、見事目的を果たしたのだが、行った先は米政府でありながら国務省とは似て非なる環境であった。

いわば東京近辺しか住んだことがないのに、いきなり沖縄に移住したようなものだ。商務省に関してできる限りの情報収集をしていたものの、実際にそこで働いてみなければわからないことが山のようにあった。内部の人から事前に話を聞いても、当事者は自分の組織の恥さらしになるようなことは言わないものだ。天気予報を随時チェックしても現実は時々刻々と変わるため、最近の予報など当てにならない、ということも当てはまる。トランプという前代未聞の巨大台風にも巻き込まれた。

 正直なところ、昇進したいと向上心を持たず、土地勘のある東京近辺にいたままのほうがよかったかもしれない。だが良くも悪くも、海外には行ってみないとわからないことが多く、知られざる現実を知ったことで経験値が高くなり視野が広がったとは言える。

2020年10月2日金曜日

"Go To Travel" encourages economical enjoyment for Tokyo residents

On October 1, I rapidly took advantage of the government's domestic tourism subsidy program "Go To Travel" which has included Tokyo since that day. 

I chose to stay at "Henna Hotel," meaning a strange hotel. This is the world's first hotel chain where robots serve customers. For this reason, it is listed in the Guinness Book. Ever since it opened in Akasaka, Tokyo in 2018, I had been very curious, so this stay was a dream come true.


To check in, I touched a tablet in front of the female receptionist. In response, she said "Welcome." After confirming my name, address and phone number, the robot assigned my room and issued its card key. Then she mentioned "We hope you enjoy your stay."

In order to receive a coupon under the Go To Travel campaign that you can use at local shops and restaurants, I showed my ID to a real human receptionist because the robots were not able to do this irregular job.

The hotel looked brand new, and the room was spotless. It was compact (13 m2 =140 sf2) but not too small, and had everything you need -- a semi-double bed; a sofa; a table; a refrigerator; a kettle; a tea bag; slippers; a nightwear; a Panasonic Ionity hairdryer; a huge-size TV; and LG Styler, a machine to get rid of dusts and odors from clothes. 



A construction was going on in the neighborhood, but the window was soundproof, so the room was quiet. On the ground floor, there is an Irish pub. You can eat breakfast and dinner there at a 10% discount by showing your room key. 

For checking out, I inserted the key into the machine, and that was it. The male robot said "Thank you, we look forward to serving you again."

All in all, I liked this interesting, cozy and affordable place -- for one night stay, I paid only JPY2,093 ($20) all inclusive; the original price was JPY5,250 ($50). In addition to the 35% discount of the Go To Travel campaign, I benefited from another coupon and points of Rakuten Travel where I made a reservation. 

Furthermore, I received the additional Go To Travel coupon of JPY1,000 ($9.5) that I could use at a local shop or restaurant. There were still a limited number of places that accepted the coupon, but Lawson convenience store was one of them. I used it to buy some food and drink.

October 1 was Tokyo Residents' Day as well, so admission was free at many facilities operated by the Tokyo Metropolitan Government. I visited the Jindai Botanical Gardens. While it was between high seasons of flowers, it was great for forest bathing. 


The weather was perfect, and I fully enjoyed the rich experience in a very economical manner.

2020年9月27日日曜日

米国中枢の驚くべき保守層

  トランプ大統領が保守派の高裁判事であるエイミー・コーニー・バレット氏を最高裁判事に指名すると発表した。就任には上院の承認が必要となるが、現在の上院は共和党が多数派を占める。このため最高裁判事の定員9人のうち、バレット氏を含む保守派が6人、リベラル派が3人となるだろう。最高裁判事は終身制のため、政権が交代しても米国の最高裁は保守派の支配が続くことになる。

 バレット判事の履歴をみると、永住権保持者への医療・福祉の制限や中絶の規制強化に賛成する一方、銃規制の強化に反対している。

 自由と民主主義を標榜する米国では、意外にも権力中枢に保守的な考えが根づいている。ヒラリー・ローダム・クリントン氏は自伝で、連邦政府が南部アーカンソー州よりもはるかに保守的で驚いたと書いている。

 私も同じような感想を持ったことがある。米国海洋大気庁の所属部署では、幹部が全員へのメールで部員の活躍ぶりをほめたたえる活動をはじめた。この一環として、コロナ感染が拡大するなかフィールドで活動する部下のために、ある地方事務所の女性所長が週末に手作りのマスクを縫って配ったと賞賛された。全米に数カ所ある地方事務所のうち、彼女以外の拠点では通常のマスクが配られたという。ちなみに女性所長は1人だけで、残りの所長は全員が白人男性である。

 いろんな意味で違和感を覚えるメールであった。通常のマスクが入手可能であったにもかかわらず、なぜ女性所長の職場だけが手作りマスクになり、しかも所長が自らサービス残業をしてまで縫ったのだろうか。おそらく彼女はそれが自分の上司へのアピールになると考え、結果として全員へのメールで賞賛されたのだから成功したのだろう。

 その上司は60代の白人男性で、海洋大気庁50周年の職員インタビューで紹介されている。家庭環境などプライベートな内容が詳細に語られ、自分の妹とうまく行かなくなった経緯として、働いていた母親の代わりに妹が作った食事がひどかったと話している。この発言から、食事を作るのは女の役目だと考えていることがわかる。文句があるなら、自分で作ればよいのではないかと思うが。。おそらく女性所長はこうした上司のメンタリティーを理解していたのかもしれない。

 手作りマスクのエピソードは、秋篠宮妃が同志の職員に呼びかけて医療従事者向けの防護服を縫った話とも似ている。米国の連邦政府は日本の皇室を思わせるほど、保守的な発想をするのだ。

健康的なライフスタイル

 無職であることの最大の利点は、健康的な生活を送れることだろう。

「まだ若いんだから働かないともったいないし、ヒマになるよ」と言われたが、ヒマというのは素晴らしい。ドイツの童話「モモ」で言えば、労働は人間から時間と生気を奪い、たっぷりと時間があることが人間性と幸福を取り戻す。

 いつ終わるかわからないコロナ禍、季節の変わり目、台風による低気圧で、なんとなく調子が悪いということは多くの人が経験する。そんな時でもヒマであればダラダラと休養でき、夕方か翌日には回復している。眠ければいつでも寝られるので、絶対に睡眠不足にならない。当然ながら仕事によるストレスはゼロ。最近は白髪が減った感じもする。

 こういった生活では大きな病気になりようがない。

 組織の方針というものがないので、完全に自由な脳の状態になり、時間をたっぷりとかけて分厚い本を読むことができる。仕事の疲れを癒すために酒を飲む必要もなく、いつでも冷静な思考ができる。

 この状態をキープして好きな仕事だけできれば、メチャクチャ生産性が上がると思う。将来的にはそうした方向に向かって準備していこう。

2020年9月21日月曜日

Review: Phenomenal Performance of Chopin's Heroic Polonaise

This is what phenomenal is all about. 

The first prize winner of the 18th International Chopin Piano Competition in 2015, Seong-Jin Cho gave an phenomenal performance of Heroic Polonaise. He eloquently expressed the powerful essence that penetrates the entire piece in exceptional sophistication. Twenty years old at that time, the South Korean pianist did this excellent job by giving each note a full life but without being garrulous at all. 

No doubt a phenomenon, he reminded me that whether it is music, writing or movies, exceptional work has something in common -- they have seamless transition. 

At a deeper level, I imagined that the similar background of Poland and Korea -- both countries have a history of being invaded and divided -- might have driven Chopin's innermost feelings home to Cho. 

On the other side of the Sea of Japan, a street pianist also gave a compelling performance of Chopin's Heroic Polonaise. Playing the upright piano in front of Shin Yurigaoka train station, about 20 km (12 miles) from Shinjuku, he stopped passersby, drew a crowd of the audience and received standing ovation. He has a unique power to drive them and myself to listen until the end. 

The Japanese performer named Hibiki appears as young as Cho. While they have different backgrounds, they are both very musical.

2020年9月18日金曜日

Explore the world of "Lost in Translation"

I have been to the bar and restaurant at Park Hyatt Tokyo a number of times, but had never stayed in the hotel. Known as the location used the movie "Lost in Translation," it offers spectacular views and I was always curious about the experience of staying there.

As they recently offered a 30% discount for World of Hyatt members, I decided to treat myself. The experience exceeded my high expectations and I thoroughly enjoyed a fantastic staycation.

On weekdays, check-in is at 13:00, and check-out is at noon, so you can enjoy staying there for almost 24 hours. On weekends, check-in is at 15:00, so I recommend going there on weekdays if possible. 

As business was slow before the government subsidy program "Go To Travel" begins on October 1, they assigned me to an upgraded room with no extra charge. Facing east, it was on the 49th floor and its views were absolutely beautiful.

The sunrise was particularly stunning.

I wish my camera worked better -- the real night view was far better than this and just breathtaking.

The swimming pool and gym, which occupies the entire 47th floor, provided a 360 degree view. It was as if it were floating in the sky or sitting on the clouds. It was magical at night. To help prevent COVID-19 infection, they limit the number of users of the swimming pool to only one person per lane. In fact, I was able to have the entire place to myself. 

Well-coordinated in bluish green, the interior of the hotel was charming.






There was a DVD player in the room, and I asked the front desk what DVDs they have. In fact, the movie "Lost in Translation" was the only one they have (!)  Although I had seen it many times, I borrowed it and confirmed specific places that I had just seen. The rooms in which Bill Murray and Scarlett Johansson stayed were both Diplomat Suite, according to the hotel.


Murray found a present to Johansson to console her as he took her to the hospital to treat her b
roken foot finger. It is a stuffed owl and caught my eye. 


It was the same one that I had bought for myself long before the movie was released. Interestingly, I got it on my way back from the hospital where I received treatment for serious acne in my twenties. The bottom of the cutie is nice and fluffy and it does have a comforting effect.


Park Hyatt Tokyo is located in Nishi Shinjuku where skyscrapers started to be built in Japan. You can stroll and see around high-rise buildings there.

Keio Plaza Hotel was the first skyscraper in the area. At Japanese elementary school, fourth graders learn about their prefecture in social science class. For us living in Tokyo, the textbook was entitled "Our Tokyo" and its cover photo represented the trend of each era. In 1972 when my sister was a forth grader, Keio Plaza Hotel was the cover photo. 

In 1976 when I was a fourth grader, the cover photo was of Keio Plaza Hotel, the Sumitomo triangle building (below gray one), the Mitsui building (blue one) and a few others.



The Tokyo Metropolitan Government's headquarters was originally located in Marunouchi, but it moved to Nishi Shinjuku in 1990. It was illuminated in blue to express gratitude to medical professionals at the forefront of the fight against the coronavirus.


Similar to the characters in the movie, I also went for karaoke. I sang "Honesty" while seeing the real singer Billy Joel and reflecting on some scenes in Lost in Translation or my own life. Then I realized that life may not be so bad.