岡本太郎は言った。ニブい人間だけが「しあわせ」なんだ、と。
その通りだとは思う。幸せとは現状に満足している状態だ。
世界の現状はどうだろうか。
世界最大の経済大国のトップがマスクもせず、米フロリダ州サンフォードの3密空間で集会を開催し、開口一番"Hello Orlando"といきなり都市名を間違えて演説を始める。
ヒラリー・ローダム・クリントンの自伝を読むと、彼女が見聞きした信じがたい話がこれでもかと出てくる。旧ソ連時代のルーマニアでは人口増加政策のため避妊や中絶が許されず、女性には警察監視による職場の「定期健診」が義務づけられ、妊娠が確認されると出産するまで当局に監視された。このため貧乏な家庭にも子供が多く生まれ、孤児院に引き取られた。だが孤児院でも子供に十分な食事を与える資金がなく、チャウセスク政権は栄養失調の子供に輸血して栄養補給するという政策を取った。その血液がHIVで汚染されていたため、子供の間でエイズ感染が爆発的に広がった。
21世紀の米国では最高裁判事に中絶反対の人物が指名され、ホワイトハウスで開催された発表会ではコロナ感染予防の基本対策が行われず感染者が続出した。
こうした現実を知りながら幸せだと感じるには、かなり鈍くなければ難しい。
その一方、いつでも満面の笑みをたたえて幸せいっぱいのパワーを炸裂させる人々もいる。私の周囲では、先進国の中流~上流家庭の出身で保守的な考えを持つ美人女性によくみられる。そのほかには、世の中や周囲のよい面を見つけようと努力して、発見した物事に感謝した結果、幸せそうな人もいる。
ただ、無理をして幸せを演じるのはよくない。いつも感じがよく笑顔の絶えない人が突然重い病気にかかったり、自らを自殺に追い込む例は珍しくない。現在発売中の週刊文春によれば、最近自殺した女優の竹内結子は多忙にもかかわらず周囲の協力を得られず、家政婦も雇わないでかなり無理をしていたらしい。
現状に問題があれば、見て見ぬふりをしたり感情を押し殺して幸せを演じても長続きはしない。疲れたら周囲の目を気にせずダラダラ過ごしたり、世の中の嘆かわしい現実を変えていくための問題提起や解決方法を模索することが必要だろう。(敬称略)