2017年11月9日木曜日

人間関係の適度な親密度とは?

 NHKの朝ドラ「雲のじゅうたん」などでは、ヒロインが独身のうちは「〇〇さん」とフィアンセに呼ばれ丁重に扱われるが、結婚したとたん「〇〇」と呼び捨てにされる。だったら結婚しないほうがいいじゃん、と子供心に思ったものだ。

 よほど気をつけないと人間関係は近くなるほど遠慮がなくなり、どちらかかお互いが嫌な思いをする危険をはらんでいる。家庭内暴力はその最たるものだ。

 家族のほかにも、世の中には特別に濃い関係があるようだ。軍隊や高度な専門教育機関の寮で10代の頃から同室で過ごし、文字通り「同じ釜の飯」を食った仲間は兄弟のような仲らしい。私の知人はそうした同士とSNSでつながり、数百人いる同期の半数は常にオンライン状態で近況や考えを共有して濃密な関係を維持しているという。同窓会があれば行かないと冷たいヤツだと思われるので、どんなに忙しくて疲れていても最後の2~3分でもどうにか到着してSNSにアップする集合写真に収まり、義理を果たしたという証明をする。

 こうした強い結びつきのおかげで、何か手助けが必要であればすぐに得られるという。

 中国では全ての土地を国家が所有し、地方政府が管理しているため、どんなプロジェクトをやるにも公務員との人間関係がないとできないという。

 親密で濃い人間関係のその他の利点としては、いろいろなことを長年知り尽くした仲間なので、的外れな期待や隣の芝生のような嫉妬はないのかもしれない。

 これに対して、所属する組織や肩書など外側しかわからない関係だと、相手が日々苦労している内容など知る由もない。

 私は組織の名前から「きっと〇〇ができるに違いない」と思い込まれ、近づいてくる人々がいる。実際には私は〇〇は担当外なので、まったく何の役にも立てない。そう伝えても、とりあえず私の名刺をもらって安心したと言う。

 ストーカーも外面だけで相手を判断するという点では共通点がある。ほとんど話したこともない他人に勝手に妄想を抱き、しまいには的外れな敵対心で脅迫する。

 それほどひどくなくても、知り合い程度の関係でつながっている同士のSNSでは、写真や数行の言葉といった断片情報が、受け取る側の見方や立場によって様々な思いをかき立てる。

 人間関係の親密度を適度に保つのは、結構難しい。