2022年3月9日水曜日

書評「メルケル 世界一の宰相」

 著者のKati Marton氏は冷戦時代のハンガリーで生まれ育ち、両親の米国移住にともない高校から米国東海岸で過ごす。両親・祖父母ともユダヤ人だという。

 米国にはソ連支配下の東欧諸国から移住した親や祖先を持つ人々が多くいる。言論の自由のない警察国家を逃れ、自由の女神のおひざ元であるアメリカに引っ越したからには、新天地が素晴らしい国でなければ意味がない。このため米国や西側の価値観が全て正しいと信じ込み、日本人や西側諸国の出身者がふつうに持っている自分たちの体制や政治家への批判眼が欠落あるいは不足している。

 言い換えれば、共産主義に洗脳されているか、資本主義に洗脳されているかの違いであり、何者かに洗脳されていることに変わりはなく、根本的なレベルで思考停止している。

 本書を読んでいると、著者もそんな「東欧系移民あるある」という感じがする。あまりにも「メルケル様、お釈迦様」といった崇拝的な記述がしつこく、ややうんざりする。

 メルケルの詳細な武勇伝にはなっているので、かなりのメルケルファンで彼女のようになりたいと熱望している人であれば、役に立つかもしれない。

 たしかに彼女はドイツという欧州大国の首相を16年も務め、理系の論理的思考で頭がよく、超人的な体力を持ち、ブッシュ息子・オバマ・プーチン・トランプといった多様なキャラクターの国家首脳と渡り合い、多くのドイツ国民から支持された。

 だがNPRやABCに勤務経験のあるジャーナリストでありながら、メルケルが自分のことをほとんど語らず、本書の取材に応じなかったことも問題にしていない。このため本書は報道記事やメルケル氏の批判を一切しない側近へのインタビューで成り立ち、一方的なプロパガンダや思い込みに終始している。

 これとは対照的に、プーチンやトランプに関する記述は批判一辺倒である。

 プーチン大統領は2007年にミュンヘンで行った演説で、米国のイラク侵攻や拡大主義を酷評。動画を見ると、メルケル首相やリーバーマン米上院議員らは同情の表情を浮かべている。私のアメリカ人の友人の全員はイラク戦争に反対であり、多くのアメリカ人も同意するであろう内容を含む、この有名な演説ですら、著者のMarton氏は完全否定している。

 プーチンの生い立ちや家族に関する記述はロシア専門家の説明とは異なり、2014年にウクライナで発生したクーデターの背景についても、西側メディアのデマとも噂される内容しか書かれていない。

 このため全般的に表面的で浅い印象であり、上記以外についても事実なのだろうかと、読んでいて不安になる。