2020年4月19日日曜日

書評 岡本太郎著「自分の中に毒を持て」

 日本を代表する芸術家・岡本太郎の著書「自分の中に毒を持て」の初版が出たのは、バブルど真ん中の1988年。当時20代だった私は面白くてみるみる読み進めたのを覚えているが、30年も経ち内容はほぼ忘れていた。

 それが最近、YouTuberのマコなり社長が最も影響を受けた本として動画で取り上げ、この本に影響されて起業家の道を選んだと語った。さらには書評YouTuberのアバタローもかなり力を入れて解説。どこか物足りない生活を脱して、本当の生きがいに満ちた人生を実現する指南書として紹介している。今や世代を超えた古典になりつつあり、あらためてひも解いてみようと思った。

 自宅の押し入れにある段ボール箱をひっかき回せば、どこかにあるはず。だが時間も惜しいのでKindleで昨日購入し、一気に読了した。

 私なりの解釈と具体例で同書を要約してみよう。

 勤め人は男女問わず、体制によって生気を奪われた宦官である。去勢手術を受けた飼い猫とも言えるかもしれない。ぬくぬくとした環境で飼い主を喜ばせ、えさをもらって生きる。体制側とそれに順応する側のバカシあいだ。

 だが野生の本能で釈然としない、おかしいと感じている。ドアの外の世界は危険な匂いがするが、そこが本来の猫の生きる場所である。工場で生産された人工的なキャットフードではなく、死に物狂いでネズミをつかまえてこそ真正の味わいがある。

 きれいにやろうなどと考えなくていい。下手なら下手でかまわない。むしろ、下手、醜い、素人といったキーワードにこそ人間は魅かれる。笑い出すほど不器用であればかえって楽しい。ベテラン政治家のスピーチがどこか空しく信用されず、突如として登場したポピュリストが圧勝するのは、こうした理由だ。

 グダグダ言い訳していないで、少しでも面白いと感じることがあれば、とにかくやってみろ。自由に明るく、その人なりのユニークな下手さを押し出せば逆に生きてくる。

 芸術はきれい、うまい、心地よいものであってはならない。それが根本原則だ。優れた芸術であるほど、きれいごとの職人芸ではない。「いいわね」というのは「どうでもいいわね」と同義語である。