所定の期間に有給休暇を使えずに捨てる人、退職する前に数週間分のたまった有給を消化する人は珍しくない。
「オレは、ワタシは、こんなに頑張って働いている」と実際に言う人もいるし、そういうオーラを発している人も多い。
自分は鈍感力が高いのか、この数年で有給を捨てたことはないし、使いすぎていつの間にかマイナスになっていたことすらある。
一方で仕事では最高評価をもらい、最近では著しく組織に貢献する業績も上げたので、誰も何も言わない。
有給休暇を取っている間でも、長期的視点に役立つ勉強や考えごとをしている。その結果、働いている時と同様かそれ以上に疲労困憊することもある。
では退職したら何をやってみたいか。
まずは思う存分昼寝をしたい。今は何をしても、たとえ遊んでいても、なにがどう直接的、間接的に仕事に役立つかを常に考えている。そうした発想なしに映画、長編の名作(まだ読んでいないロシアの有名作家の作品、例えば「戦争と平和」など)、歌舞伎、演劇などを鑑賞したい。
真実を追求し、考えたり感じたことを表現したい。今でも多少はやっているが、自分の所属する組織のガイダンスから外れたことはできない。批判を目的とした批判というわけではなく、真実を追求した結果、なんらかの批判になったとしても、ガイダンスの制約がない状況に身を置きたい。
そういうことを知人に言うと、「え~~、スゴイですね~~! ワタシは何にも言いたいことはないわ~~!!」という。
確かに言論の自由、報道の自由に万人が興味があるわけではない。
むしろエンジニアは決まったことを忠実に実行するシステム作りの能力に秀でているため、鄧小平は自分の後継者に大学の専攻が政治学ではなく、エンジニア出身者をあえて選んだという。
海外のエンジニアと話していると、彼らの関心項は私とはかなり違うことに気づく。例えば、日本製のお菓子や食品のパッケージは優れている、と。ちょうどいい場所に切り口やミシン目が入っていて、それに沿って開ければ必ずきれいに開く。欧米の商品はもっとアバウトだ。
自分は工作やものづくり自体には直接的な関心はない。むしろ、いつも無意識的にぼんやりと考えてしまうのは世の中を動かす仕組み、その背後にある人間の隠れた思惑や心理などだ。
そうした思考を先鋭化するために仕事が邪魔になることもあるし、仕事を通じて出会った人々や知り得た事実が役立つこともある。