2021年9月21日火曜日

コロナ禍のクラシック音楽鑑賞

 今夜はサントリーホールでグリーグのピアノ協奏曲を鑑賞。誰もが聞き覚えのあるダイナミックな曲で、うんざりするコロナ禍を一瞬吹き飛ばすことができた。

 ピアニストの女性はプロフィール写真では若く見えたが、実際には50歳前後だろうか。背中と二の腕が丸見えのドレスは女性ピアニストによくある衣装だが、冷えたりしないのだろうか。

 生演奏は素晴らしい。最前列の左側ブロックの席で、背後からピアニストの指の一本一本が見える。ただ感動的な場面はあったものの、過去に見たもっとインパクトのある演奏を思い出す。キーシンとベルリンフィルの共演は、オンラインで見ても度肝を抜かれた。

 記憶の浄化作用によって、最終的にはいい思い出だけが蓄積されていくこと自体は素晴らしい。だが結果として「過去最高」のレベルはどんどん上がっていき、年を取れば取るほど感動するハードルが高くなる。鑑賞眼が肥える=超一流でないと満足できない、ということになり人生の楽しみが減ってしまう。

 ただプロの生演奏であれば、誰の演奏であっても、聴衆をその場に集中させる力を持っている。家でダラダラしていれば、ついヤフーのトップページに行って小室圭さんの最新動向までチェックしてしまうが、コンサートや観劇の最中には、そうした日常から完全に離れることができる。

 第一楽章が終わると、ピアニストは思い切り申し訳なさそうな表情でコンサートマスターと付近のバイオリニストに合図をしていた。私にはわからなかったが、どこかで間違えたのだろうか。

 曲が終わると、ステージ後方のP席前列では「BRAVO!」と書かれた横断幕を左右に動かしている人々がいた。コロナ対応で掛け声をかけるのは禁止されているからだろう。

 歌舞伎座ではコロナ対応で1席おきに空席にしているが、サントリーホールでは全席のチケットを販売している。だが今夜は全体として6~7割しか埋まっておらず、密という感じではなかった。私の座っていた左側ブロックの最前列には、私しかいなかった。

 オーケストラではマスクをしている演者もいれば、外している人もいた。指揮者のコバケンはマスクをしっぱなしだった。81歳と高齢でもあり、少しでも飛沫を防ぎたかったのかもしれないが、かなり息が苦しかったのではないだろうか。ピアニストはマスクをしていなかった。

 20分の休憩後は、リムスキー=コルサコニフというロシアの作曲家の交響組曲「シェエラザード」だった。今回の目的はグリーグのピアノ協奏曲で、こちらの曲は全く知らなかった。とりあえずYouTubeで予習はしたが、退屈で途中でやめてしまっていた。アンコール聞きたさでコンサートでは曲全体が終わるまで待ったのだが、アンコールはこの曲の第二楽章の一部と期待外れだった。

 退屈で何がいいのかさっぱりわからない作曲家として、マーラーを思い出す。友人が大ファンで完全にはまっていたため、彼につきあって何度かコンサートに行ったことがある。最近では感染防止の目的もあり、私はほとんど単独行動しかしていない。つまり完全に自分の趣味で全ての行動を決めているため、久しぶりの意味不明で退屈な体験であった。

 コンサート終了は夜9時を過ぎていた。溜池山王駅までの地下道を歩いていると、キーシン来日の広告が目に飛び込んできた。思わず立ち止まり見ていると、後ろから来た中高年夫婦と思われるカップルも立ち止まり「キーシンが来るんだ」と男性が反応していた。(家に帰って詳細をチェックしたが、あまり馴染みのある曲はなかったので、今回はパスすることにした。)

 田舎暮らしは電車の本数が気になるが、四ッ谷で通勤快速が到着。新宿が近づき多少なりとも降りる人がいることが期待され、周辺には椅子取りゲームの緊張感が走る。すぐ近くの席が空き、すばやくゲット。その後は結構混み合っていたのでラッキーだった。マスクは全員着用、会話も控えている。さすが中央線の乗客はマナーがいい。

 そう思っていたら、つんざくような幼児の泣き声が響き渡る。まるで何事もないかのように、全員が無表情で舌打ちする人はいない。私は子供やペットの世話をしたいとは思わないのだが、こうした瞬間にそれを思い出す。

 いつでも気が向いた時にいい演奏や観劇に行く人生をこれからも楽しんでいきたい。