2019年3月22日金曜日

夫婦別姓の意味

 私は20代で新聞記者をしていた頃、選択性夫婦別姓について取材した。日本では結婚するとどちらかが自分の苗字をやめて、相手の姓を名乗ることが義務づけられている。

 私の知り合いでは少なくとも2人、女性側が戸籍筆頭者となり夫が彼女の姓を名乗っているが、それ以外は全員女性が夫の姓を名乗っている。

 会社の合併に例えれば、三井住友銀行ではなく三井銀行になるといった感じだろうか。

 この問題に熱心に取り組んでいるのは、日本人男性のパートナーのいる女性という印象である。実際、私も20代の頃はそうした将来を想像したからこそ、選択的夫婦別姓に関心を持った。

 だが50を過ぎた現在では結婚する予定はなく、今さら誰かと共同生活をするとか、財産を共有して人生を複雑化させたくない。

 だいたい仕事に大半のエネルギーを奪われ、友達とゆっくりお茶する時間も持てない。この問題については解決策を見出そうと努力している最中ではあるが。。。

 なので今となっては、選択的夫婦別姓はもはや他人事となってしまった。

 しかしながら、世間のプレッシャーや「常識」、あるいは好きな男性の苗字を名乗るという喜びによって姓を変えた女性でも、葛藤や悩みがあるんだなと感じることがある。

 例えば、山田花子さん(仮名)という女性がいる。彼女は仕事関係では旧姓のまま高橋花子と名乗る一方、プライベートでは戸籍名の山田花子を使っている。

 個人的な関係で彼女と知り合った私は、当然ながら「山田さん」と呼んでいた。だがある時、「山田って言われると、すごい違和感があるのよね」と言われ、それ以来彼女のリクエストで「花子さん」 と呼ぶようになった。

 しかし、やがてまた山田花子と彼女自身が自分を呼ぶようになった。

 どちらがお望みなのか、あるいは「高橋さん」がよいのだろうか。

 おそらく、夫との関係が良好なのか、そうでないのかによって、彼女の感情は揺れ動き、どう呼ばれたいのかが変わるのではないかと想像する。だが、そうした微妙な感情は本人以外にわかる由もない。もちろん、私としては彼女の望む呼び方を尊重したいわけだが、はっきりと具体的にご希望を言ってくれないことにはわからない。

 こうした例は花子さんだけでなく、別の女性にも見られた。プライベートで知り合った田中明子さん(仮名)。「田中と呼んでください」と言うので従ったわけだが、彼女の旧姓は鈴木で、職場では鈴木明子で通している。

 田中さんと私は同じ分野の仕事をしている。共通の知人とプライベートな場で会った時にいつも通り「田中さん」と呼んだら、「鈴木と呼んでください!!」とすごく怒られた。私は「田中と呼んでください」と書かれた彼女のメールを本人に転送し、「そう言われたのでお望み通りにしたつもりですが、今後鈴木さんのほうがよければそうします」と書いた。すると彼女は謝り、田中でいいと言う。

 正直、私はこうした件に困惑する。そしてヒステリックとも受け取れる複雑な感情に同情しつつ、やはりちょっと引いてしまうのも事実である。

 いずれにせよ、おそらく男性はこうした葛藤を持つことは、ほとんどないだろう。