2018年9月30日日曜日

都民の日

 10月1日は都民の日。小学校から高校まで休みだった。

 大学に入ると、どうなるんだろうと思い、地方から上京した級友に話すと「何それ」と言われた。高校では期末試験の後は終業式まで授業がなかったのだが、「ええっっ!! 何それ!!」とさらなる怒りを買うことに。。。ググッてみると、今ではいわゆる「試験休み」はない学校が多いらしい。

 ふだんも帰宅部だったし、塾に行ったこともほとんどない。高3の夏休みに2週間の講習に行っただけ。今では職場まで歩いて10分、残業はほとんどせず、有給消化率は100%。子育てもしていないし、遊び回ってもいない。"How was your weekend?"と聞かれると返答に困る。ほとんど何もしていないのだから。。。(苦笑)

 この怠慢なライフスタイルが、実は創造性に深く関わっているらしい。脳科学者によれば、ボーっとしている時、脳はdefault mode networkという状態にあり、体験や記憶した内容をまとめ直して、新たな意味づけをしている。例えば家を掃除をして、要らない物を捨てて必要な物だけを残し、すぐに取り出せる状態にしておく作業に近い。

 そう言われてみると、例えばレポートをドラフトしたあと、ぼんやり休憩している間に、ふっといいアイディアが浮かんだりする。そしてPCに向かい、「あの部分はこの部分とつなげて、それでああして、こうして。。」と作業をしだす。

 ボーっとしていても脳は勝手に仕事をしている。東京都の学校は少なくとも1日分多く、子供にこうした時間を提供している。

2018年9月29日土曜日

高偏差値女子の生き方

 読売新聞の発言小町という掲示板に、かれこれ10年以上はまっている。

 編集部のチェックがかなり入るようで、ある程度の文章力と最低限の品性のある投稿しか載らない。総合的にどんな投稿も扱うヤフー知恵袋、極端で辛辣なコメントの中に生々しく具体的な真実も垣間見られる2チャンネルとは、その辺りが異なる。

 「私に教育を受ける機会が与えられていたら」というスレッドが興味深い。50歳を過ぎた投稿主(トピ主)は高校生のとき、超難関大学や医学部に余裕で合格できる偏差値があった。だが男尊女卑の親のせいで地元の国立大にしか進学できず、こんなのは教育と言うに及ばない。だからワタシは経済力のある男性と打算で結婚し、子供には中高一貫校→都内国立大という進路を歩ませた。恵まれた環境に育った子供たちが羨ましい。といった内容である。

 文章によるレスポンスのほか、読者は「面白い」「びっくり」「涙ぽろり」「エール」「なるほど」 という5種類の感想から1つを選んでポチを押すこともできる。「びっくり」は投稿への反対、「涙ぽろり」は深い同情、「エール」は賛成と解釈してよい。このトピ主には合計2,782件ものポチがあり、「びっくり」は56%、「涙ぽろり」「エール」の合計が37%だった。

 地元の国立大を教育とも思っていないことへの反論や驚き、違和感が高卒や短大卒の女性を中心に多く寄せられた。いい年して親や夫の庇護とサイフという発想から抜けられず、クリエイティブに自らの人生を切り拓くガッツがなかったアンタがいけないんでしょ、という意見も多い。一方でやはり親の考え、男性優位の社会構造や価値観の影響は大きいというコメントもある。さらにはトピ主の憧れたエリート教育を受けた女性いわく、「その先には理不尽でドロドロした世界があるんだし、知らぬが仏ですよ」。なまじ自分の思う通りの学歴を手に入れたら、かえって嫁に行きっぱぐねたかも知れないよ、と言う人もいる。

 結論としては、世の中は本質的に不公平だということだろう。生まれた場所、性別、親の価値観や経済力、本人の持って生まれた性格、頭のよさ、発想力、エネルギーなど。

 個人的な感想を言えば、打算によって結婚・子作りができる女性が少なからずいることに、いつも驚く。これって究極の売春婦ではないだろうか。自分には気持ち悪くて出来る芸当ではない。それと他力本願の人間は手に負えず、とても尊敬できるものではない。

2018年9月26日水曜日

もう学校には戻らない

 世の中には大学を卒業後、すぐに学校の先生になる人も多い。そういう人は当然ながら学校が好きなのだろう。同窓会活動が活発な学校もある。

 自分は小学校~高校とソツなくやってきたし、中学では学級委員もやった。すごく楽しかった時期も多いのだが、学校の空気感にはどうも違和感がある。

 小学5年の時に完全に勉強にはまり、中学受験をしたわけでもないが、家で自主的に毎日3~4時間は勉強していた。ゲーム感覚というか、ただ勉強が面白かった。中学~高校では英語は毎日勉強したが、それ以外の科目は中間・期末試験の各2週間前に集中して勉強した。それ以上やると、勉強ばかりで生活がつまらなくなるという感覚があった。

 では自分は何をしていたのだろうか? スポーツやブラスバンドなど時間を取る部活をしていたわけでもなく、授業時間内に終わる文化系の部活しかしていない。 同級生がバスケだのバレーをやっている間、私は速攻で家に帰りお菓子を食べていた。いわゆる帰宅部というヤツである。

 親が絶対的なチャンネル権を持っていたので、テレビを見ていたわけでもない。夜一人で留守番をすることも多かったので、その間は家庭用カラオケセットでカラオケをやったり、 野球中継を見たりしていた。茶碗洗い、掃除など割り当てられた家事はやっていた。

 あとはダラダラしていたのだ。それは今でも変わらない。

 どうも自分は集団行動が好きではない。最悪なのは体育の授業だ。先生の言う通りに身体を動かすのがイヤで、それを彷彿とさせるヨガのクラスだとか、スポーツジムの各種プログラムはほとんど参加したことがない。運動は一人でひたすらできる水泳やエアロバイクのみ。知人はいろんなプログラムのある高級老人ホームに将来入りたいと言うが、私は絶対にイヤだ。

 もし子供でもいればPTAや授業参観、運動会などでイヤでも学校に引き戻されるだろう。そう思うと、ああやっぱり自分は子供がいなくてよかったと、心からほっとする。

2018年9月22日土曜日

外国暮らしの楽しみ

 私は物心ついたときから外国、特に西洋的なものに関心があった。

 初めて訪れた外国はイギリスで、今でも最もしっくりくる素敵な国だ。仕事をするならアメリカが最高だと思う。日本で恵まれた家庭に育った男性なら日本なのだろうが、結局のところ狭い村社会の既得権益者でない限り、日本で働くのはハッピーではないというのが私の率直な感想である。中国は民主主義ではないが、国家としての長期戦略や政治を観察するのは面白い。

 日本は食べ物がおいしく、平均的なサービスの質が高く、治安がよい。その一方で不愉快な点は、マナーの悪い男性が散見されることだ。先日、銀座線で大きなリュックサックを背負った白人女性が乗っていた。通路をふさいで確かに邪魔ではあったが、男性がいきなり彼女のリュックをどつき、何も言わずに押しのけて出て行った。女性は驚いた顔をしていたが、よく見られる光景である。出て行く側が日本人女性であれば、「ちょっとすみません」と声をかける人がほぼ100%だろう。

 友達と地下鉄に乗り、前の座席が空いて彼が私に座るようジェスチャーをしたので座った。隣の中高年男性が「ガイジンさんは優しいね」と言う。そういえば母がニューヨークに行った時、地下鉄に乗った瞬間4~5人が一斉に立ち上がり席を譲ろうとしてくれたことに感動していた。

 これは一つの例であり、日本の家では男はふんぞり返って何もせず、来客にお茶を出すのはいつも奥さんだったりする。 それとは逆に、アメリカのホームパーティーに初めて呼ばれたとき、男性から"Can I get you something to drink?"と聞かれて驚いた。それ以来、何度もアメリカのパーティーには参加したが、いつもそんな感じである。日本でも外国文化に日常的に触れている男性には、男だという理由で尊大な態度を取る例はほとんど見ない。

 外国で暮らす楽しみはそういうことかな、と思う。

2018年9月20日木曜日

プロ野球観戦の楽しみ

 三代に亘り東京で生まれた人が江戸っ子の定義だといい、もし私に子供がいれば正式な江戸っ子だったのに惜しいことをした。まあ祖父は埼玉出身なので、自分だってだいたい江戸っ子だろう。と思うくらい、自分は東京出身だという認識があるが、プロ野球では阪神を応援している。

 子供の頃、親が外出して夜に留守番をしながらテレビで野球中継を見ていて、阪神というチームが魅力的だったことがきっかけだ。アンチジャアンツというわけでもないが、巨人を応援するのはあまりに普通すぎた。かと言ってヤクルト、日ハムはインパクトに欠ける。

 阪神には東西の伝統ある二大チームの片方というオーラがあり、プロ野球全体を盛り上げている。日本の政治は自民一強でいわば巨人しかいないみたいなものだから、いまひとつ政治への関心や盛り上がりに欠けるのかもしれない。

 そういったプロ野球の認識が今や色あせて思えるほど、近年のプロ野球は盛況である。ヤクルト・阪神といったカードはかつてはガラガラだったが、最近では満員御礼。普通の試合でも芸能人が始球式を行い、マスコットをかぶった人とチアガールが本拠地チームを応援する。電光掲示板にはピッチャーの球速が表示され、その横になにげに文字情報のみの広告(「147km  キリン 生茶」といった具合)が出るという面白い工夫もなされている。ところで、かつてはSBOの順番だったが、いつからBSOの順になったのだろうか。

 試合を見に行くとなれば、当然ながら自分の応援するチームが勝つことを前提にしているが、勝率は1位のチームでも59%、最下位でも46%で五分五分と言ってよい。勝てばうれしいし、負ければがっかりする。結果だけが重要であれば翌日の新聞を見ればよい。

 だが目の前で選手たちがプレーしている臨場感はテレビでは味わえないものだ。投球のすごいスピード(速っ!!)。よくあんなに速い球を投げられるものだと感心し、それにバットを当ててホームランを打つなど神業としか思えない。サードゴロをファーストでアウトにするのは当たり前と考えられているが、実際にはすごいことだとわかる。

 ビールや枝豆の売り子は昔は男ばかりで「ビールいかがですか~~っ!!」という怒鳴り声も野球観戦の風物詩だったが、最近ではタレントのような美形の若い女性しかいない。一方、三塁側で本拠地チームの声援に一人で精を出す変な酔っ払いもいる。

2018年9月16日日曜日

男が嫌いな男

 週刊文春は「女が嫌いな女」特集に続き、現在「男が嫌いな男」の読者アンケートを募集している。14年ぶりの企画だそうで、前回(2014年)のトップ3は渡辺恒雄、小泉純一郎、出川哲朗となっている。

 興味深いことに、5位の明石家さんまは男性からも傲慢さで嫌われている。笑顔で当意即妙なやり取りだが、よく聞いてみると時代錯誤、男尊女卑の発言内容が目立つ。

 とは言いながら、私は20代の頃「恋のから騒ぎ」という番組の出演者募集に冗談半分で応募したことがある。日本テレビの担当ディレクターから電話があり、「書類選考に通過したのでオーディションに来てもらえますか?」と言われてびっくりした。その日は予定があったので迷っていたら、すごい倍率だったという。じゃあもったいないなと思い、出かけて行ったものの、人前で話すのが苦手で落ちてしまい出演することはなかった。

 「男が嫌いな男」にお笑い芸人が数多くランキング入りしている理由として、アンケート回答者から「男の立場としては、ちょっと面白い奴というだけで女性にモテるのが納得いかない」というコメントがあった。これに対して、スポーツや頭の良さは実力が数値化され、明確な負けた感がある、と。

 小学校ではかけっこの速さ、中高生では偏差値、大学のランク、勤務先の知名度、勤務評定や昇進など、働くしか選択肢のない男性は人生の長きにわたり競争にさらされている。この明確なヒエラルキーを「面白さ」というファジーな基準で崩されたら、オレの努力はどうなる?といった心理なのだろうか。

 ほかの女性の価値観はわからないが、私にとって「面白い」というのはかなりポイントが高い。思いもよらない発想、言い得て妙な発言で笑わせてくれる男性と一緒にいるのはすごく楽しい。酔っ払ってふざけるという意味ではなく、それは完全NGなのだが。

 2018年のランキング上位には、誰がどんな理由で上がってくるのだろうか。

2018年9月14日金曜日

お金持ちの苦労

 私は庶民の家庭で育ったが、最近お金持ちの苦労?とはこういうものかと想像できることがあった。

 米国債券の投信を父から相続したものの、債券市場と為替相場、分配金、手数料などが複雑に絡み合い、理解しようとすればするほどわからなくなり、その間評価額は乱高下している。ど素人が理解できない金融商品を持っている不安が常にあった。

 米国金利が上昇局面にあり、債券市場はそれと反対の動きをするという証券会社の説明を受け、では今が売り時だなと思った。私は家を買ったことがなく、おそらく人生で最高額の取引だと思う。ロレックスの時計を買えるほどのリターンは出たので、これでいいだろうと全額売却した。

 これでほっとして、かなりぐっすり眠れるようになった。そして思ったのだが、この資産は相続して自分名義になったものの、お父さんから預かっているものという意識が常にあった。人から預かったもの、ましてや厳しい父から渡されたもので損失を出すなどありえない。これだけリターンを出せれば、父も納得してくれただろう。

 もしかしたら、代々続くお金持ちの心情とはこうしたものだろうか? そうなるとお金持ちの人生もストレスがありそうだ。だからこそ断捨離して、あえて物を持たず、身軽に暮らすライフスタイルが受けているのかもしれない。

 今回の件について考えるうち、最大の資産は自分自身だとも思った。この数年頭から離れなかった金融商品でリターンは出したが、私は本業で毎月この程度の金額を稼いでいる。自分に理解できない複雑な内容を理解しようと悩むよりも、自分がわかっている仕事に集中し、自分の健康を維持・増進させ、自分自身という資産価値を高めてうまく動かしたほうが効率的ではないのか?

 ただ直感的にユーロはこれ以上は上がらないと確信して全額売却し、結果としてそのレートは過去3年最高値を続けている。意外と自分には金転がしの才能もあるのかもしれない。。。?

2018年9月11日火曜日

マインドフルネス

 あまりにも明らかに東京は昨日から秋になった。あれほどしつこかった猛暑もこれで終わりだろう。朝早く目覚めると、少し前まではすでに明るかったが、今ではまだ夜明け前。季節は確実に移ろいでいる。

 どんな有名な人でも、あるいは身近な人でも、そして誰しも最終的には灰になる。すごく偉い先生、文筆家、芸能人でも他界して10年、20年も経てばほとんど話題に上らなくなる。例えば、藤山一郎、淡谷のり子、逸見正孝、原節子など。

 渡辺淳一の小説はだいたい全部読んだが、今となっては「大卒女は生意気でよくない。女性は短大卒くらいがちょうどよい」といった記述には時代の流れしか感じない。あれほど話題になった作家でも、忘れ去られるのは時間の問題だろう。

 そう考えていくと怖い気がするが、結局のところ、やりたいことを自由にやるしかない。周囲の目が気になる多くの日本人に対して、堀江貴文氏は「誰もあなたのことなんか見ていない」と言う。同氏は刑務所を出所後、前科者には家を貸せないと言われて以来ホテル暮らしで、パンツもホテルのクリーニングに出しているそうだ。「恥ずかしくないんですか?」と聞かれることもあるが、そんなことはいちいち気にしない。

 最近、マインドフルネスという言葉が流行っている。仏教の「今を生きる」哲学、座禅の瞑想に西洋的な手法も加えてマニュアル化したものだ。いろんな本が出ているし、マインドフルネスを教えている施設もあるが、こちらの大学講義が概要をわかりやすくまとめている。

 ある意味で芸術作品はマインドフルネスの結果といえる。グダグダと永遠に考えすぎたり、感じすぎたりするのではなく、ある一瞬をとらえて絵画や音楽にまとめる。どうにもならない感情に耽溺する代わりに、その感覚を歌詞や曲にした歌をカラオケで歌う。もっとうまく歌うには、どっぷり浸かるのではなく、曲の世界から一歩引いて客観的に眺めて分析する必要がある。「サビの部分はここだが、前段のこの部分もかなり重要で繊細さが勝負だろう。だから120%感情をぶつけるのではなく、60%くらいに抑えることで逆にメッセージが伝わる」といった具合だ。そうこうしているうち、カラオケを歌う動機づけとなった心情から、いつの間にかある程度は自由になっている。

 自意識や考えすぎから解放され、今を生きるとすれば、私は人生で何を求めているのだろうか。うすうす感じてはいたが、ようやく言葉として明確になった。私は頭がいい人、面白い人に囲まれていたい。つまらないもの、割に合わないもの、普通すぎるもの、危険なもの、うるさいものはNG。結果として家事に専念する主婦、うるさい子供を世話する母親にはならず、"Action speaks louder than words."という言葉通りになっている。

 別にケンカを売るつもりはなく、他人の人生を否定するわけでもない。ただ、これでよかったのだと確認したかった。そして必要以上に周囲を気にすることなく、自分の欲求に素直に楽しく暮らしていきたい。

女が嫌いな女

 発売中の週刊文春に「女が嫌いな女 2018」という特集がある。同誌メルマガ会員のアンケート結果だという。1位は工藤静香、トップ10で知っている人は6人しかいない。

 工藤静香はSMAPの解散につながる言動をしたことが原因だとか。解散騒動の時には私もネットサーフィンして情報を集めていたが、どんな経緯だったかいちいち覚えていない。むしろアイドルグループが40代まで続いたことがすごいと思うし、解散するほうが自然だろう。

 最近では娘をモデルとして売り出し、「幸せオーラ全開でムカつく」というコメントもある。まあ工藤静香であれ誰であれ、人生がうまく行っているように見える人を見ると、誰しもつい自分と比較してしまうものだ。私は個人的に、自分と工藤静香を比べるという発想はないが。。。

 そう考えてみると、自分の人生に関係のない有名人を忌み嫌うということはない。税金の無駄遣いや不正行為にムカつくくらいだろうか。

2018年9月8日土曜日

Dominance

For the past two years I’ve owned a second house which I’ve inherited from my parents. It’s on a beautiful hill and I enjoy the natural environment.

At the same time, it’s a bit cumbersome to go back and forth between the house and the other place I rent in downtown and maintain both properties which incur associated costs such as property tax, rent and fees for gardeners. People normally owns and lives in the same property convenient for commute, and I’ve been wondering what to do.

This weekend I’m sitting here in a massage chair on the ground floor of the mountain retreat and thought that maybe I need a sense of dominance and owning a detached house satisfies that need. However nice the property may be, an apartment is like a cell of a bee nest. Even if I live in this house only once in a while, I feel I am the queen of the land and house and it’s important to have such a feeling.

Interestingly, that reminded me of a scene in my favorite show Sex and the City. A successful lawyer Miranda confessed that she actually loved to be dominated during intimate physical interactions with her partner while she normally dominates other aspects of her life.

While I personally don’t share that particular feeling, I know what she means. In fact, I also do appreciate a sense of being dominated if that came from the reasonable conviction from a person who deeply cares about me.

2018年9月7日金曜日

港区3A+Rの魅力

 全国で住民の平均年収の最も高い自治体、港区の中でも3A(赤坂、青山、麻布)+R(六本木)は不動産価値の下がらない最強地区と言われている。社長や政治家、芸能人しか住んでいないイメージがあり、意外にも「住みたい街ランキング」には出てこない。

 だが新築~築古までマンションが数多く存在し、歩いてどこにでも行けるので交通費がかからず、食料品の買い物もネットショッピングでできる、といったことを考えると非常に生活しやすい。

 国土交通省のハザードマップで調べると、赤坂は地震、津波、火災、土砂災害など全ての項目にわたってトップランクの安全性を誇る。警察官がそこいらじゅうにいて、年中パトロールしているので治安も抜群によい。港区は条例で歩きタバコ禁止、住民の美化活動も活発なので、道路にはゴミはおろか枯葉もあまり落ちていない。

 当然ながら下町ではないので、ガチャガチャした商店街はなく、その点でも私は気に入っている。逆に言えば、下町っぽさが好きな人には向いていない。

 数少ない欠点としては、なんでも徒歩圏にあるため、かなりの出不精になってしまう。 そしていつの間にか視野が狭くなり、気分転換がうまくできず袋小路に陥る。通勤で満員電車に乗る必要はないので、たまに外出してラッシュにぶつかると、よく以前はこんなのに耐えていたなと感心する。