人生とは何だろうかと思いつつネット検索していて、「失ったものを取り戻すための行為」といった発言が印象に残った。
ヘレン・ケラーは重度障害を乗り越えて、障害者福祉に尽力した。私は彼女の伝記を子供の頃に読み、この驚くべき努力をそもそも可能にしたのは、ケラー家が裕福で特別な家庭教師をお願いできたことだと知った。だからこそ庶民は頑張って働いてお金を稼ぎ、よりよい経済状態を目指す。
容姿のコンプレックスを克服するためメークアップに磨きをかける女性もいる。石原慎太郎氏が小池百合子氏を「厚化粧」 と言って顰蹙を買ったが、実は顔にあざがあるのを隠すためだという小池氏のコメントが報道された。
戦災に遭った人々が平和活動を行う。厳しい家庭環境に育った人が幸せな家庭を目指す。アル中の家族に苦しめられた人が適正飲酒を守る。受動喫煙に憤りを感じた人が禁煙活動に取り組む。寂しいと感じる人がペットを飼う。
こうした行動には失地回復という共通のキーワードがある。
自分はどうなのかと考えてみると、のびのびする自由という気がする。私の親は支配的で細かく、親子関係を例えるとマイクロマネージする上司とそれに従う部下といった関係だった。家のメインテナンス、 掃除の仕方、家計管理など全てにわたってマニュアルがあり、そのマニュアルは論理的で反論の余地のないルールに基づいていた。
例えば、最後に風呂に入った人は風呂場のシートを拭いて蓋の上にかぶせ、その上に雑巾で拭いたスノコを載せ、椅子を置く。壁と窓も水滴がなくなるまで拭き、最後に換気扇をかける。この通りになっていないと父親に呼び出されて怒られる。トイレが完全に流れていなくても同様に呼び出されて指摘されるので、今でもトイレットペーパーの片鱗がゼロになるまで確認するクセがついている。イギリスではかなり難しい課題ではあったが。。。
春休みに旅行に行きたくてもお金がなければ、親から借りてもよいが市場金利に応じた利息を加えてバイトをして返す。食事代は学食のBランチ×通学日数を計算して月初に親に請求する。Aランチを食べたければ、別の日に麺類やCランチにしても構わない。食事以外の出費は事前申請、親の決済が下りてから費用をもらい、領収書をつけて報告する。1~2週間で精算しないとリマインダーがきて、きちんとしろと指導を受ける。
今では職場ではるかに多いルールに基づき、もっと複雑なやり取りをしている。だが子供の頃から細かい管理には慣れているので、ありがたいことに役立っているとは思う。
だがほとんどの人はそうだと思うが、自分もいちいち細かく指示されるのは好きではない。なので家ではやりたいようにやり、自分でルールを作りたければ作って自分だけが守る。実際、エクセルで家計簿をつけて出費管理をしているし、レコーディングダイエットのサイトでカロリー・健康管理もしている。部屋の掃除も完全に自分の好みでルールを作っているが、守るのは自分だけ。
支配構造からの脱却、それが私の人生のテーマかもしれない。