ソーシャルメディアの発達で国家首脳から市井の人々まで、自分の考えを発信できるようになった。これによって今までわからなかったことを知り、階層や立場の違う人々の状況もわかるようになった。
マスメディアの時代では、「ええっ?」とか「それはないでしょう。。?」という見方も、発信側の思い込みによって一方的に世の中に広がり、いつのまにか市民権を得ていた。
そうした例の一つが渡辺淳一氏の小説である。日本経済新聞に連載され、「愛ルケ」という短縮形までできた「愛の流刑地」。中年男性の一方的な妄想が同氏の作品の定番で、ほとんど同じ内容の「失楽園」とともに話題になっていた。
現在、アマゾンでこれらの小説を検索してみると、どれも5点満点で2点台しかなく、あきれた読者の声がレビューに多く掲載されている。こうした意見は、特に女性の間で発刊当時も巷では言われていたが、マスメディアで大きく取り上げられることはなかった。そう考えてみると、もし今の時代に発表されていたら、あれほどヒットしたかどうかわからない。
よりよいものを求めていく過程で、多様な見方と言論の自由は重要な役割を果たす。