強度の近視に老眼が重なるとどうなるか? じつは遠くも近くも見えず、何も見えない。コンタクトレンズはドライアイに配慮した最新式のタイプでも、すぐに眼が乾いてしまって厳しい。強度近視に左右の度の差、乱視も加わると、ハイクラスの遠近両方眼鏡も適応外だとわかった。
ではどうするかと言えば、遠くを見るか、近くを見るかによって眼鏡を使い分けるしかない。近業用の眼鏡は当然遠くが見えず、遠用は近くが見えない。パソコン作業で近業用を使い、トイレに立ったり、お茶を取りに行ったりするときは面倒でも遠用に替える。遠くから歩いてきた同僚が手を振ってくれたのに気づかないというのは申し訳ない。
前置きが長くなったが、PCを見つめる作業というのは眼が疲れる。メール、ネット検索、レポート執筆、SNSチェックに加えて、このほど初めてKindle PC版で本を読んでみた。ハイライトも色を分けてできるし、思いついたことをハイライトのノートに加えることもできる。
だが眼だけではなく、全体的に疲れて仕方がなく、頭に入ったようで入っていない。アナログの本のページをパラパラとめくり、厚さをチェックしながら線を引きつつ読み進めることによって印象に残るというか。。
年末年始に家を片付けて、物置の奥から出てきた箱に昔の葉書が一杯に入っていた。親戚の伯母さんが母宛に「〇月〇日の××行事には、主人は具合が悪いのでまだ行けるかわかりませんが、また連絡します」などといった用件がていねいな字でしたためてある。
どうしてこのような用件をわざわざ葉書で書いていたんだろうと思い、そうか、戦後間もない当時は電話がなかったのだと気づいた。
今の時代にそんな手書きの葉書が来たらどうだろうか。それほど自分のことを気にかけていてくれたのかと感動し、印象に残るかもしれない。
アナログだからこそ伝わるコミュニケーションは、デジタルの時代だからこそユニークな価値を持つ。