2017年2月24日金曜日

キャリアサポート行動計画

 たまった疲れが取れない。体中がガチガチに凝っている。整形外科の先生と話したところ、以下のような状況だという。

 血液は肝臓に濾過されて身体を流れるが、疲れていると肝臓が十分に濾過しきれない。例えば血液の60%しかきれいにならず、40%は汚いままで流れるのでよけいに体が疲れるという悪循環に陥る。どこかで完全にリセットして回復する必要がある。

 この状況は国債に頼る国家財政と似ている。とりあえず借金で回っているが、どこかで借金を完済しなければ健全財政にはならない。

 銀行金利のあまりの安さから、つい最近国債を初めて買ったばかりでタイムリーな例えであった。
 
 いずれにせよ、なぜこんなに疲れているのかと言えば、いくつもの種類の慣れない作業をやりすぎている。新しい仕事、新しい組織への対応、家の片付け、掃除、洗濯、買い物。。。

 リセットして完全回復するための行動計画として、まずは自分以外でもできる作業は全て外注することにした。掃除・洗濯は家事代行を依頼し、庭の草取りはシルバー人材センターにお願いする。

 自分はいわば大黒柱と主婦の一人二役をやっていたわけだが、専業主婦を養うとか、疲れ切ってリタイヤするよりは、全面的に家事を外注したほうが安くつく。

2017年2月16日木曜日

デジタルとアナログの狭間で

 強度の近視に老眼が重なるとどうなるか? じつは遠くも近くも見えず、何も見えない。コンタクトレンズはドライアイに配慮した最新式のタイプでも、すぐに眼が乾いてしまって厳しい。強度近視に左右の度の差、乱視も加わると、ハイクラスの遠近両方眼鏡も適応外だとわかった。

 ではどうするかと言えば、遠くを見るか、近くを見るかによって眼鏡を使い分けるしかない。近業用の眼鏡は当然遠くが見えず、遠用は近くが見えない。パソコン作業で近業用を使い、トイレに立ったり、お茶を取りに行ったりするときは面倒でも遠用に替える。遠くから歩いてきた同僚が手を振ってくれたのに気づかないというのは申し訳ない。

 前置きが長くなったが、PCを見つめる作業というのは眼が疲れる。メール、ネット検索、レポート執筆、SNSチェックに加えて、このほど初めてKindle PC版で本を読んでみた。ハイライトも色を分けてできるし、思いついたことをハイライトのノートに加えることもできる。

 だが眼だけではなく、全体的に疲れて仕方がなく、頭に入ったようで入っていない。アナログの本のページをパラパラとめくり、厚さをチェックしながら線を引きつつ読み進めることによって印象に残るというか。。

 年末年始に家を片付けて、物置の奥から出てきた箱に昔の葉書が一杯に入っていた。親戚の伯母さんが母宛に「〇月〇日の××行事には、主人は具合が悪いのでまだ行けるかわかりませんが、また連絡します」などといった用件がていねいな字でしたためてある。

 どうしてこのような用件をわざわざ葉書で書いていたんだろうと思い、そうか、戦後間もない当時は電話がなかったのだと気づいた。

 今の時代にそんな手書きの葉書が来たらどうだろうか。それほど自分のことを気にかけていてくれたのかと感動し、印象に残るかもしれない。

 アナログだからこそ伝わるコミュニケーションは、デジタルの時代だからこそユニークな価値を持つ。

2017年2月11日土曜日

Movie Review: Page Eight

For the first time in a long time, I could finish seeing a movie. If you like a slim, slightly old and soft-voiced chap in the habit of clever conversations that somewhat outsmart colleagues, you would probably enjoy it.

The main character Johnny is an MI5 officer closely connected with his boss in their Cambridge old boys’ network. One aspect of the movie is their turf battle with a female Minister and colleague spying each other and changing political dynamics in the reorganization of the intelligence community.

In the end Johnny whistle-blew a case on behalf of a young pretty Syrian woman next door and left the country and his job. Their intergenerational fleeting friendship is based on humanity, only slightly romantic and almost never physical, which reminded me of another movie Lost in Translation.

2017年2月10日金曜日

Business cards, LinkedIn, Salesforce, Facebook, Blog…

Getting to know and working with brilliant people is crucial for success. In order to stay in touch with them, what is the best way?

I receive a lot of business cards at receptions, trade shows and meetings. Many people move from one position to another every few years. I think it is too cumbersome to input all the info into Outlook every time they transfer unless you have an assistant to do that for you.

Staying in touch with colleagues via LinkedIn saves that time because they update their online CV by themselves. I receive notices about their new position, and when I wonder how they are, I can just search them and learn about their new work. LinkedIn is still a predominantly English-language platform, so it helps to distinguish people who are comfortable doing business in English from others, too.

LinkedIn has recently started a system very similar to Facebook in which one can publish their events or accomplishments with a picture, or express their view with a link to an article. In these posts, their contacts can “Like” and/or write comments.

My organization adopts a system called Salesforce, which is a transparent platform to recognize who did what. I have found it a wonderful system to help prevent credit stealing and quantify one’s performance easily. But Salesforce is a complicated system that requires substantial training and know-how to maximize its benefits.

For me, Facebook is primarily for personal use. Similarly, blog is entirely my hobby. Because I worked as a journalist for a long time, I simply cannot stop writing. Furthermore, since all business is conducted in English in my organization, I want to practice writing in Japanese as well.

2017年2月9日木曜日

多様な発信者の時代

 ソーシャルメディアの発達で国家首脳から市井の人々まで、自分の考えを発信できるようになった。これによって今までわからなかったことを知り、階層や立場の違う人々の状況もわかるようになった。

 マスメディアの時代では、「ええっ?」とか「それはないでしょう。。?」という見方も、発信側の思い込みによって一方的に世の中に広がり、いつのまにか市民権を得ていた。

 そうした例の一つが渡辺淳一氏の小説である。日本経済新聞に連載され、「愛ルケ」という短縮形までできた「愛の流刑地」。中年男性の一方的な妄想が同氏の作品の定番で、ほとんど同じ内容の「失楽園」とともに話題になっていた。

 現在、アマゾンでこれらの小説を検索してみると、どれも5点満点で2点台しかなく、あきれた読者の声がレビューに多く掲載されている。こうした意見は、特に女性の間で発刊当時も巷では言われていたが、マスメディアで大きく取り上げられることはなかった。そう考えてみると、もし今の時代に発表されていたら、あれほどヒットしたかどうかわからない。

 よりよいものを求めていく過程で、多様な見方と言論の自由は重要な役割を果たす。

2017年2月7日火曜日

空き家活用のポイント

 総務省の統計によれば、日本全国に800万軒以上の空き家があるらしい。親の施設入居、死亡などで実家に住む人がいなくなって放置され、補修も行わず草が生い茂って近所迷惑になる家も増えている。この対策として空き家関連の法律や政策が打ち出されている。

 私は東京郊外の実家を相続し、別宅として使っている。高度成長時代に多く造られた高台の新興住宅街にあり、自然環境も豊かで帰るとほっとする。

 だがここまでの道のりは平坦ではなかった。まず戦中戦後の物資が極端に不足した時代に育った両親は、とにかく物を捨てられずにありとあらゆるものを残していた。この2年ほど、ほとんどの休暇と長い週末を家の片付けに充て、どのくらいの分量を処分したのか想像もつかない。

 この年末年始は庭にあった大小8つの物置を全て片付け、ボロボロになっていた5つを撤去した。何年もドアすら開けていなかった物置の片隅から、父が若い頃につけていた日記が出てきたときは驚愕した。

 このほか古いレコードプレーヤー、シャープの初代「ダブルカセット」、60年前の雑誌「暮らしの手帳」1957年刊、「少年倶楽部」昭和8年刊の復刻版など。リカちゃんハウス、洗面化粧台、レストランなどは今ならオークションで数万円で売れるらしい。







 こうして宝とゴミが渾然一体となった家の整理、外壁の修理、風呂場とトイレのリフォーム、床下の防蟻工事、カーテンの交換、庭の手入れ(防草シート、砂利敷き)など、やることは果てしがない。父親は何でも自分でやっていたので、使えなくなったペンキ、薄め液、園芸用品、車のバッテリーやオイルなども大量にあり不用品の処分費だけでも数十万円、こうした金額を合計すると数百万円にのぼる。

 想像以上の負担に圧倒され、どうしたものかと空き家をキーワードに検索すると、たいてい「早いうちに処分を」とNPOなどの専門家は勧めている。だがヨーロッパで有名な作曲家や政治家の生家を訪ねてみて、やはり身近な人の残したものを体験できる施設はいいものだと思った。お金と時間が許すなら、別荘+記念館として趣味の世界で運営していくのも一つの手ではある。

 自分の体験から、空き家活用のポイントをまとめてみると。。

・物件までの距離 新幹線の距離では上記の作業は厳しいと思う。せいぜい片道2時間が限度。

・利用目的 「賃貸に出せば」とよく言われるが、そう簡単ではない。民法717条は不動産所有者の責任を厳しく定めており、地震で借主が死傷すると損害賠償の責任を問われ、実際に阪神大震災でオーナーに1億円以上の支払いを命じた判決も出ている。このほか、借り手に問題があっても出て行ってもらうことができず、弁護士を立てて争っている知人もいる。

・ 利用頻度 日当たりと風通しのよい家であれば、月2回行っていればカビ臭くならず、家の傷みもさほど進まない。月1回だと特に夏はすぐに草が生い茂ってしまうので厳しい。

・周囲の環境  行ってリラックスできるような環境かどうか。

・予算 上記の出費に固定資産税、光熱費なども加えて計算すると、1泊1万5000円かかる計算になった。これだけかかるなら旅行に行ったほうがいいと思う方も多いかもしれない。

 自分は頻繁に出張があるので、正直旅行はしたくない。むしろ比較的近距離で鍵一本でいつでも行くことができ、洋服、自分に合ったシャンプーや基礎化粧品など必要なものを置きっぱなしにできる別荘のほうがよい。

 日常から物理的に距離を置き、鳥のさえずる中でボーっとしたり、周囲を気にせずに音楽をかけられる。古い家で機密性が高くないゆえなのか、あるいは木が多く地面に近い一戸建てだからなのか、冬場も加湿器なしで適正湿度を保ちつつ、南西角部屋のソファーベッドの上で猫のように日向ぼっこをできるのもよい。

 あとはキッチンをリフォームして、和室の障子を替えて、外構も直して。。。とにかく出費がかさむのは覚悟が必要である。

Pros and cons of Facebook

I stay in touch with some two hundred people via Facebook. They include classmates, professors, colleagues and friends. Interestingly, a few close friends of mine do not do it, so we meet in person, skype or email.

Personally I think face-to-face meeting in person is the best way of communication, but Facebook serves to keep in touch with people I no longer have chances to meet frequently, such as those who live overseas or moved onto other area of work. It is also true that meeting in person takes time and energy, and Facebook allows quite ample leeway whether or when one sees their FB friends’ post.

Facebook is something between mass media and individual communication. It is one’s own online magazine to publicize their life and views. In contrast with a private conversation, one post typically comprises only a few sentences in addition to photo(s) or articles they’re talking about.

On the positive side, that is concise; on the other hand, that could be abrupt. I sometimes wish I were a bit more sophisticated and succinct at the same time, although that is a bit challenging.

In fact, one of my FB friends was elaborating her view quite extensively to the extent I admired her effort. Although being concise appears to be the norm of Facebook, that does not mean everybody has to obey this apparent unconscious mindset.

To me, Facebook is also a very American product – everybody tends to propagate their perfect life, similar to a TV commercial. When I encounter a perfect example of imperfection in my American workplace, I simply have to admire the typical American psyche to focus entirely on positive sides. When I am tired of life, such positive attitude is too bright to see.

Having said that, I may be doing the same when I rave about wonderful events in Facebook. On the other hand, for example, If I were seeing a friend who had just lost his/her job, I would never emphasize what a perfect job I have. (By the way, it is not perfect although I love it.)

Just like that, using Facebook skillfully is challenging to me, but it does facilitate staying in touch with people from various backgrounds, which is essentially enjoyable.

2017年2月4日土曜日

完璧な人生の演出

 フェイスブックはアメリカ的だと思う。素晴らしい完璧な人生、家族、仕事を多くの友達にアピールする。一点の曇りもないテレビコマーシャルのような明るさ。Awesome, terrific, fantastic, love you!!といった文言にはある種の緊張感が伴う。就職面接のように、自分の持つ全てを堂々と強調する。

 アメリカ人のクリスマスカードは一年の出来事のハイライトだ。美しく優秀に成長したわが子、ユーモアにあふれ協力的なパートナー、やりがいのある仕事、一生忘れらない休暇、美しい我が家。。。これぞ完璧な人生、しかも毎年。フェイスブックはその日刊版といえる。

 謙譲の文化のもと、「勝って兜の緒を締めよ」と父親に口が酸っぱくなるほど言われて育った自分には、まぶしすぎる。

 ドイツ人、イギリス人の友人に聞いてみると、これほど完璧に人生の演出をする習慣はないようだ。アメリカ人の友人でも個人的に話してみれば、表向きの完璧な人生にはない側面を知ることもある。光と影というか、影の部分は少なくともフェイスブックではほとんど語られない。

 サービスや品質の完璧さに関しては、明らかに日本が世界を圧倒している。日本人が一歩海外に出れば、誰しもイヤというほど痛感する。だが、日本人にはこの完璧な世界が当たり前すぎて話題にもならない。

2017年2月3日金曜日

少しお休みしたらいかがですか

 今週あるレセプションで突然頭がクラクラして倒れそうになり、どうにかタクシーをつかまえて帰宅した。

 午後6時半に始まるはずが延々と数人の挨拶が続き、7時になっても立食パーティーの大皿にはラップがされたまま。「ちょっと長すぎましたね。。。」と隣に立っていた主催者も秘かに苦笑いしていた。ようやく食事にありつき、一言二言、知人に挨拶したあと、急に血の気が引いて立っていられなくなった。

 親戚のおじさんはレセプションで突然倒れて急死したので、自分もやばいと思った。近所の内科医に診てもらったところ、深刻な病気ではないが疲労による自律神経の乱れだという。「少しお休みしたらいかがですか? お疲れだという意識はありますか?」と。。。

 特に残業を多くやっているわけではないが、担当分野が広いため十分にできていない思いが常にある。エクササイズもしたほうがいいし、もっと気の利いた英語も話したい。中国語もブラッシュアップして、家もきれいにして。。。

 だが考えてみれば、今のところいい評価をもらっているし、職場や近所から文句が来ているわけでもない。大きな組織なので自分ができることには途方もない限界がある。よほどの金持ちでない限り、多くの人は働かなければならないので働いているが、動機ややる気は様々。追求してもわからないことは放置するしかない。

 この週末は脱力状態でダラダラするのみ。あとはショッピングモールで適当に買い物やアロママッサージの店にでも行ってみるとか。。

2017年2月1日水曜日

ホテルに置いてあるグッズ

 シャンプー、コンディショナー、くし、ボディーローション、綿棒、ティーバッグ、コーヒー。。。ホテルによって置いてあるグッズは様々。宿泊費に含まれているのだから、チェックアウトする前に欲しいものは持ち帰る。

 アメリカのホテルには大抵コーヒー、紅茶ともにカフェイン抜きのものが揃っている。

 ロクシタンなどオーガニックっぽいグッズで揃えた部屋であれば、多少スーツケースがぎちぎちで重くなっても持ち帰れるものはすべて持ち帰る。小瓶のシャンプーをジムに持参し、空いたら今使っている資生堂のアデノバイタルを入れて使う。ジムに置いてある温泉施設の業務用シャンプーはたまにならよいが、毎日使うとあまりよくない感じがする。

 くしやブラシは自分がいつも使っているものしか使わないので、持ち帰らない。

 いつも思うのだが、石鹸もシャンプーも必ず余る。少しだけ使った石鹸は全部ホテルが捨てることになるのだろうか。資源を有効活用し、環境にやさしい処理方法はあるのだろうか。