世の中にはメディアに華々しく登場する成功した女性が目につく。そうしたキラキラしたまぶしい方々には及ばずとも、私も相当な幸運に恵まれ、また長年の慎重な努力がついに報われて、自分の勤める米系組織の日本人スタッフとしては最高の地位を得た。
自分でもよくやったなと思うし、社会的地位の高い方から丁重に扱われるとうれしい。だが一方で失言やおかしな行動は許されず、スカスカだと思われないように幅広く、また自分の分野については専門的な勉強が常に求められる。
最近は燃え尽き症候群というか、階段の踊り場で息を切らしている感じだ。
専属のアシスタントはいないので、気が遠くなるような雑用もやる。そんな時、こういう単純作業は頭を使わず、それでいてやっただけ達成感があっていいなと思ったりする。一般事務とかパート主婦だったら、 ラクだったかもしれない。
上司は多忙を極め、一分一秒も無駄にしたくないオーラを醸し出す。マイクロマネージされていない一方、目標を達成するために創造的に仕事のやり方を考え、結果を出すことが求められる。
若い頃はとにかく社会的に成功したかったし、新聞記者として女性の地位向上をテーマにした取材を担当したこともあった。このため、女性が出世することは正しく、目指すべき目標だという価値観があった。
だがその結果として生じる様々な側面について、あまりよく知らなかったなと今になって感じる。マスコミや政府は「女性が輝く社会」を是とし、成功した人間は男女問わず弱みを見せないものだ。
はっきり言って最強なのは、そうした強い男性に支えられている立場という気もする。だが完璧な人間はいないので、性別に関係なく、個人が別の個人を一方的に近い形で頼る関係は健康的でないだろうという想像はつく。
超現実的に言えばお金で大半の問題は解決できるので、経済力を持つことは意味がある。実家が裕福であれば必死で働く必要はないのだろうが、庶民が快適な生活を手に入れるにはやはり働くしか道はない。