2018年3月15日木曜日

「雑巾」という概念

 「いや、ワタシなんてまだ門前小僧で雑巾がけしてます」--入社10年以上になる知人が言う。もちろん額面通りに受け止めはしないが、この組織では20年、30年選手が当たり前で、これまでの歴史や習慣に関する知識や理解、英語で言うinstitutional memoryが重要視されることを物語る。

 雑巾という言葉は奥深く、いろいろな場面で使われる。

 世界に冠たる省エネ大国ニッポン、これ以上の温室効果ガス削減は「乾いた雑巾を絞るようだ」と産業界は言う。

 ボロ雑巾という言葉もある。ググッてみると、「ボロ雑巾のようになる」の意味は「疲労極致達し、力を発揮できなくなること」だという。言い得て妙だなと感じる。

 地球の反対側への長旅、時差、外国語によるコミュニケーション、文化の違う上司や同僚との会話、治安状況の異なる緊張感、野菜不足の食事を伴う出張。この疲労感はボロボロに擦り切れ、汚れた雑巾を彷彿とさせる。雑巾も新しく肉厚なうちは問題なく、洗って乾かしさえすればよい。あるいは元から頑強な雑巾も存在する。

 だが洗濯の繰り返しも永遠に続けられるものではなく、いつまで可能なのだろうか。

 擦り切れてきたボロ雑巾だからこそ、細かいホコリを吸着できるなど別の利点も出てくる。どうやって自分という雑巾を生かしていくか。体力勝負の雑巾がけではない仕事のやり方をつらつらと考えてみる。