2016年2月8日月曜日

人生への根本的な欲求

 人生に何を求めるかは人それぞれである。野球選手はヒットやホームランを打ち、あるいはストライクを取ってチームを勝利に導くことに命を賭けている。薬物中毒になってしまった元スター選手のニュースを見るに、膨大なエネルギーを持て余してしまったのだろうかと想像する。そして元チームメートの冷ややかなコメント、そのコメントの背景を解説した記事を読むと、勝負の世界にうごめく思惑を垣間見れる。

 特に大組織の勤め人になってしまうと、そうした情熱を置き去りにせざるを得ないことも多い。だがこれまでの人生を振り返ってみると、何かに一心不乱に取り組んでいた時が最も充実感があった。幸福感とも違うのだが、ほろ苦くコクのあるコーヒーのような美味しさというか。

 幼児の頃はクレヨンや鉛筆でのお絵描き、高校では美術のクラスで油絵に夢中になった。ユーミンの「悲しいほどお天気」の世界さながら、クラスメート数人で美術室にこもり、数時間一言も話さないままキャンバスに向かう。

 美術に次に情熱を注いでいたのが英文法だ。自分は英語を理屈っぽく解析していく作業に、12歳から現在に至るまで異様な関心がある。ほぼ同じことを言うのに違う言い回しを使う、繰り返し同じ単語を使うのを避ける、全体として少ない語数、平易な単語で言い得て妙の表現を目指す。。。

 幸運なことに、そういったことは日々の仕事でやっている。それプラス、具体的なレベルで世の中に貢献したいという野望がメラメラと炎を燃やしている。長年くすぶり続けてきたが、今年こそ完全燃焼を目指して頑張りたい。