2021年2月9日火曜日

コロナ自粛 約1年の感想

 昨年3月にテレワークを開始、自粛生活になって1年近くになる。

 あの頃は「夏には収束するのでは」とも言われ、この時期を乗り切ろうとオンライン飲み会、各地を結んだ音楽家によるオンラインコンサート、書評リレー、小さい頃の写真のシェアなどが流行った。

 だが第二波、第三波、変異株の発生など予期せぬ展開となり、自粛疲れも限界に近づいている。

 緊急事態宣言でガラガラになった列車で旅やグルメを楽しみ、SNSで写真をアップしている知人もいる。人間いつ死ぬかわからないし、気持ちはわかる。

 だが地方ではコロナ差別が半端ないらしい。うわさで聞いた話では、長野県から東京に遊びに行き、地元に戻って感染がわかった人の家のドアには、「コロナ感染者は出ていけ!」といった内容の貼り紙を近所の人に貼られたという。

 どこまで本当なのかわからないが、水俣病を思い出した。まだ水俣病の原因がわかっていなかった頃、水俣市では突如として全身麻痺になった人が似たような差別を受け、村八分にされた。

 こういった社会的背景があるため、日本ではコロナ感染を「自己責任」と思う人の割合が他国と比べて突出して高い。

 昨年秋に感染状況が落ち着いたころ、私はGo Toトラベルで沖縄や都心ホテルの滞在を楽しむことができた。医療従事者の方は職場の方針でずっと旅行を禁止されており、はるかに自分は恵まれている。

 それでも近所の散歩もだんだん飽きてくるし、もっと別の気分転換をしたい。

 せめて妄想で行きたいところへ行き、やりたいことをやろうと小説を書き始めた。ジャーナリストの知人から、"Writing a novel is the most liberating and enjoyable experience"と聞いていたからだ。

 そこで小説の中で、かつて住んでいたロンドンのアパートに住み、なつかしい街で買い物や散歩を楽しみ、あの思い出しても腹が立つ許せない悪党はコロナに感染して死んだことにした。世の中のサスペンス小説の目的は、著者が妄想の中で憎たらしい人物を抹殺することなのかもしれない。

 ストーリーのネタのためにいろいろと調べていると、驚くような事実にも出くわす。

 さらにSFの書き方の参考にするために、Micheal Crichtonの小説"Prey"を読んでいくと、ええっ、これはコロナじゃないか?と思えてくる。ちなみにCrichtonは5回もの結婚歴があり、悪性リンパ腫のため66歳で他界した。

 ただ、そろそろ妄想やオンラインの世界を抜け出し、カラオケ大会、食事会、海外旅行などを楽しみたいのだが。。