今や平成も終わろうとしているが、流行歌について言えば私は今でも昭和を生きている。といっても藤山一郎とか淡谷のり子まで遡るわけではなく(もちろん知っているが)、いわゆる高度成長~バブル時代の昭和40年代以降である。
あの頃が最も実力のある歌手が揃っていたと思うのは、どうやら私だけではないらしい。今の大学生もYouTubeに「岩崎宏美さんの歌を聴いて、これが本物の歌手だと思いました。
私は大学生なので、この時代の人が羨ましいです」と感想を寄せている。
岩崎宏美といえば、大学のクラスメートが「大好き」だとしみじみ言っていた。1980年代で早見優、堀ちえみなど同い年のアイドルの全盛期だったが、そうしたチャラチャラした一群とはまったくカテゴリーの違う実力派歌手なのは間違いない。
Wikiによれば岩崎氏は小学校の頃から歌のレッスンを受けていたという。やはりきちんとトレーニングを受けた人は違う。その一方で童謡歌手のような退屈さはなく、八代亜紀などキャバレーの流し出身とは異なる上品さも備えている。
彼女のような成功したキャリアウーマンは、やはり三菱商事の駐妻キャラではなかったのかと思うものの、1982年(昭和57年)の大ヒット曲「聖母たちのララバイ」は当時の企業戦士に向けたものだ。
「この都会は戦場だから 男はみんな 傷を負った戦士」
当時は女性の多くは結婚退職で専業主婦になり、この歌のような覚悟だったのだろうか。今では性別を問わず、みんな傷を負った戦士かもしれない。
1973年(昭和48年)に彗星のように現れ、突然大ヒットを飛ばした小坂明子の「あなた」は上流階級っぽい素敵な世界を歌い上げている。
「もしも私が家を建てたなら 小さな家を建てたでしょう」 「大きな窓と 小さなドアと 部屋には古い暖炉があるのよ」
この歌詞からは、軽井沢あたりの洋館を想像させる。小さな家と言っても、周囲の豪邸と比べて、といった話だろう。
「そして私はレースを編むのよ」 「私の横には 私の横には あなたがいてほしい」
実現しない夢だからヒット曲になった。「あなたがいるのよ」だったら、住宅メーカーのCMにしかならない。
ごくわずかなヒット曲しかなかったが印象に残っているグループに「狩人」もいる。今でも立川ー新宿間の移動にラクをしたくて、あずさ号に乗るといつも「あずさ2号」を思い出してしまう。
