ソフトバンクの孫さんいわく、人間がおよそ考える程度よりも、はるかにコンピューターのほうが賢くなる時代がやってくるのは疑う余地もないという。
では超賢い人工知能(AI)にどんな未来を期待するか。思いつくままに想像してみると。。。
・人類始まって以来の戦争に関する全情報を分析し、戦争が起こる要因と仕組みが徹底的に解明される。戦争が起きそうになったら、AIが自動的に原因を取り除き、永遠の平和が保たれる。
・同様に犯罪の起きるメカニズムが解明され、完全に安全な社会が実現する。
・その結果、無駄な破壊や絶望感がなくなり、全てのエネルギーを生産的な活動に向けられるようになる。
・病気や不調の原因と治療法が即座にわかり、最小の時間と費用で健康を取り戻せる。
・各人の持つ才能を最小のコストで最高に開花させる方法が特定され、貧富の格差が劇的に是正される。
・各人にとって何が幸せなのか、そのために何が必要なのかがわかり、阻害要因が事前に取り除かれ、誰もがいつでも心豊かに暮らせる。
2018年1月31日水曜日
2018年1月28日日曜日
昭和の実力派歌手の世界
今や平成も終わろうとしているが、流行歌について言えば私は今でも昭和を生きている。といっても藤山一郎とか淡谷のり子まで遡るわけではなく(もちろん知っているが)、いわゆる高度成長~バブル時代の昭和40年代以降である。
あの頃が最も実力のある歌手が揃っていたと思うのは、どうやら私だけではないらしい。今の大学生もYouTubeに「岩崎宏美さんの歌を聴いて、これが本物の歌手だと思いました。 私は大学生なので、この時代の人が羨ましいです」と感想を寄せている。
岩崎宏美といえば、大学のクラスメートが「大好き」だとしみじみ言っていた。1980年代で早見優、堀ちえみなど同い年のアイドルの全盛期だったが、そうしたチャラチャラした一群とはまったくカテゴリーの違う実力派歌手なのは間違いない。
Wikiによれば岩崎氏は小学校の頃から歌のレッスンを受けていたという。やはりきちんとトレーニングを受けた人は違う。その一方で童謡歌手のような退屈さはなく、八代亜紀などキャバレーの流し出身とは異なる上品さも備えている。
彼女のような成功したキャリアウーマンは、やはり三菱商事の駐妻キャラではなかったのかと思うものの、1982年(昭和57年)の大ヒット曲「聖母たちのララバイ」は当時の企業戦士に向けたものだ。
「この都会は戦場だから 男はみんな 傷を負った戦士」
当時は女性の多くは結婚退職で専業主婦になり、この歌のような覚悟だったのだろうか。今では性別を問わず、みんな傷を負った戦士かもしれない。
1973年(昭和48年)に彗星のように現れ、突然大ヒットを飛ばした小坂明子の「あなた」は上流階級っぽい素敵な世界を歌い上げている。
「もしも私が家を建てたなら 小さな家を建てたでしょう」 「大きな窓と 小さなドアと 部屋には古い暖炉があるのよ」
この歌詞からは、軽井沢あたりの洋館を想像させる。小さな家と言っても、周囲の豪邸と比べて、といった話だろう。
「そして私はレースを編むのよ」 「私の横には 私の横には あなたがいてほしい」
実現しない夢だからヒット曲になった。「あなたがいるのよ」だったら、住宅メーカーのCMにしかならない。
ごくわずかなヒット曲しかなかったが印象に残っているグループに「狩人」もいる。今でも立川ー新宿間の移動にラクをしたくて、あずさ号に乗るといつも「あずさ2号」を思い出してしまう。
あの頃が最も実力のある歌手が揃っていたと思うのは、どうやら私だけではないらしい。今の大学生もYouTubeに「岩崎宏美さんの歌を聴いて、これが本物の歌手だと思いました。 私は大学生なので、この時代の人が羨ましいです」と感想を寄せている。
岩崎宏美といえば、大学のクラスメートが「大好き」だとしみじみ言っていた。1980年代で早見優、堀ちえみなど同い年のアイドルの全盛期だったが、そうしたチャラチャラした一群とはまったくカテゴリーの違う実力派歌手なのは間違いない。
Wikiによれば岩崎氏は小学校の頃から歌のレッスンを受けていたという。やはりきちんとトレーニングを受けた人は違う。その一方で童謡歌手のような退屈さはなく、八代亜紀などキャバレーの流し出身とは異なる上品さも備えている。
彼女のような成功したキャリアウーマンは、やはり三菱商事の駐妻キャラではなかったのかと思うものの、1982年(昭和57年)の大ヒット曲「聖母たちのララバイ」は当時の企業戦士に向けたものだ。
「この都会は戦場だから 男はみんな 傷を負った戦士」
当時は女性の多くは結婚退職で専業主婦になり、この歌のような覚悟だったのだろうか。今では性別を問わず、みんな傷を負った戦士かもしれない。
1973年(昭和48年)に彗星のように現れ、突然大ヒットを飛ばした小坂明子の「あなた」は上流階級っぽい素敵な世界を歌い上げている。
「もしも私が家を建てたなら 小さな家を建てたでしょう」 「大きな窓と 小さなドアと 部屋には古い暖炉があるのよ」
この歌詞からは、軽井沢あたりの洋館を想像させる。小さな家と言っても、周囲の豪邸と比べて、といった話だろう。
「そして私はレースを編むのよ」 「私の横には 私の横には あなたがいてほしい」
実現しない夢だからヒット曲になった。「あなたがいるのよ」だったら、住宅メーカーのCMにしかならない。
ごくわずかなヒット曲しかなかったが印象に残っているグループに「狩人」もいる。今でも立川ー新宿間の移動にラクをしたくて、あずさ号に乗るといつも「あずさ2号」を思い出してしまう。
2018年1月27日土曜日
老後資金をまじめに計算する
年齢に関係なく、誰しも「疲れたから、もう働きたくない」と時折思いはするだろう。
問題はそれができるか。もしくは実行に移して「こんなはずじゃなかった」という事態を避けられるか、どうか。
そのカギを握る、考慮しなければならない項目の筆頭は、お金である。仕事を辞めても生活していけるのか。今の生活レベルを維持できるか、もしくはカツカツになるのか。隠れたコストはないか。
先日ある科学者と会ったとき、気候変動の将来予測は現状のデータを集めて分析し、それをもとに、いかに解像度の高い画像を処理できる性能の高いスーパーコンピューターを持っているかにかかっているか、と聞いた。
これを自分自身の将来予測に置き換えれば、いかに現状の支出状況を把握し、今後起きる要素を正確に盛り込んだ将来像を計算できるかにかかっている。
日経新聞やファイナンシャルプランンダーのモデルケースは夫婦二人、子供の教育費や住宅ローンなど、自分とは関係ないシナリオなので参考にならない。
私はこの数年、エクセルで家計簿をつけて自分の全支出を自動販売機やコンビニで買ったお茶のレベルまで把握している。ただし、銀行のように一日の終わりに一円単位で合っているかを確かめはしない。そこまでやると時間と手間がかかりすぎ、得られる成果のコスパが悪い。ただ、どこへいくら支払ったかを食費、医療費、キャリアアップなど項目別に入れていき、12月末に合計支出と項目ごとの金額と全体に占める割合をはじき出して、前年と比べる。
最近顕著なのは食費の増加である。私はめったに外食をせず、特に贅沢をしているつもりはない。ほうれん草、みかん、トマトなど日常食品の値段の高騰が著しい。
身体が資本なので鍼灸やマッサージにも相当な金額を費やしている。この支出をどうにかできないかと思い、先日電気店でパナソニックの50万円近くする最高位機種のマッサージチェアを試したが、やはり腕の高いプロの施術には到底及ばない。
週末はほとんど外出しないので、家の中を楽しくするもの、例えばボディーシャンプーや入浴剤は値段を気にせず自分の好きなものを買っている。
仕事を辞めたら今ほど肩こりはひどくなくなると期待されるが、それ以外の項目はいったん上げてしまった生活レベルを下げるのは中々難しいと予想される。ある程度のインフレを吸収できるよう、少しは余裕を持たせたシナリオにしたい。
気をつけなければならないのは、隠れコストである。たとえ無職でも60歳まで国民年金の支払いは続き、2年に1度自動引き落としで最小の支払額にしたとしても、年間18万9160円かかる。ちなみに2017年以降、国民年金の支払額は変わらないことになったので、少なくとも理論上、上昇分は考慮しなくてよい。
無職でもかかる第二の支出に国民健康保険がある。これは自治体によって金額が異なるが、自分の所属する自治体は所得ゼロでも年間1万3800円かかる。
そしてついに65歳を迎え、年金をもらえる身分になっても、年金受取額は年間120万円を差し引いた額が雑所得として課税対象となる。120万円を引いた所得に対して、基礎控除、医療控除など除いていき、その金額に対して国税5%、地方税10%、さらに2037年まで復興特別所得税2.1%の合計17.1%の税金がかかる。そして所得額に対して国民健康保険税がかかるのも忘れてはならない。これらを計算していくと、自分の場合、公的年金と個人年金の受取額の約9割しか残らないことが判明した。
まるでホテルのサービス料、ナントカ税、もしくは飲み屋の付け出しが自動的に入っているみたいな感覚である。
私は個人的にがんを早期発見して手術や抗がん剤で苦しんだり、最期に近づき胃腸の働きを失った後もチューブで無理矢理に栄養を入れたりしたいとは思わないので、がん保険や民間の医療保険には入っていない。
基本的に集団行動があまり好きではないので、高級老人ホームにも興味がない。
あとは地震が来て自宅が崩壊して自分が生き残った場合、家を建て替えるお金があればそれに越したことはないし、もちろんお金は多くあっても困るものではない。
問題はそれができるか。もしくは実行に移して「こんなはずじゃなかった」という事態を避けられるか、どうか。
そのカギを握る、考慮しなければならない項目の筆頭は、お金である。仕事を辞めても生活していけるのか。今の生活レベルを維持できるか、もしくはカツカツになるのか。隠れたコストはないか。
先日ある科学者と会ったとき、気候変動の将来予測は現状のデータを集めて分析し、それをもとに、いかに解像度の高い画像を処理できる性能の高いスーパーコンピューターを持っているかにかかっているか、と聞いた。
これを自分自身の将来予測に置き換えれば、いかに現状の支出状況を把握し、今後起きる要素を正確に盛り込んだ将来像を計算できるかにかかっている。
日経新聞やファイナンシャルプランンダーのモデルケースは夫婦二人、子供の教育費や住宅ローンなど、自分とは関係ないシナリオなので参考にならない。
私はこの数年、エクセルで家計簿をつけて自分の全支出を自動販売機やコンビニで買ったお茶のレベルまで把握している。ただし、銀行のように一日の終わりに一円単位で合っているかを確かめはしない。そこまでやると時間と手間がかかりすぎ、得られる成果のコスパが悪い。ただ、どこへいくら支払ったかを食費、医療費、キャリアアップなど項目別に入れていき、12月末に合計支出と項目ごとの金額と全体に占める割合をはじき出して、前年と比べる。
最近顕著なのは食費の増加である。私はめったに外食をせず、特に贅沢をしているつもりはない。ほうれん草、みかん、トマトなど日常食品の値段の高騰が著しい。
身体が資本なので鍼灸やマッサージにも相当な金額を費やしている。この支出をどうにかできないかと思い、先日電気店でパナソニックの50万円近くする最高位機種のマッサージチェアを試したが、やはり腕の高いプロの施術には到底及ばない。
週末はほとんど外出しないので、家の中を楽しくするもの、例えばボディーシャンプーや入浴剤は値段を気にせず自分の好きなものを買っている。
仕事を辞めたら今ほど肩こりはひどくなくなると期待されるが、それ以外の項目はいったん上げてしまった生活レベルを下げるのは中々難しいと予想される。ある程度のインフレを吸収できるよう、少しは余裕を持たせたシナリオにしたい。
気をつけなければならないのは、隠れコストである。たとえ無職でも60歳まで国民年金の支払いは続き、2年に1度自動引き落としで最小の支払額にしたとしても、年間18万9160円かかる。ちなみに2017年以降、国民年金の支払額は変わらないことになったので、少なくとも理論上、上昇分は考慮しなくてよい。
無職でもかかる第二の支出に国民健康保険がある。これは自治体によって金額が異なるが、自分の所属する自治体は所得ゼロでも年間1万3800円かかる。
そしてついに65歳を迎え、年金をもらえる身分になっても、年金受取額は年間120万円を差し引いた額が雑所得として課税対象となる。120万円を引いた所得に対して、基礎控除、医療控除など除いていき、その金額に対して国税5%、地方税10%、さらに2037年まで復興特別所得税2.1%の合計17.1%の税金がかかる。そして所得額に対して国民健康保険税がかかるのも忘れてはならない。これらを計算していくと、自分の場合、公的年金と個人年金の受取額の約9割しか残らないことが判明した。
まるでホテルのサービス料、ナントカ税、もしくは飲み屋の付け出しが自動的に入っているみたいな感覚である。
私は個人的にがんを早期発見して手術や抗がん剤で苦しんだり、最期に近づき胃腸の働きを失った後もチューブで無理矢理に栄養を入れたりしたいとは思わないので、がん保険や民間の医療保険には入っていない。
基本的に集団行動があまり好きではないので、高級老人ホームにも興味がない。
あとは地震が来て自宅が崩壊して自分が生き残った場合、家を建て替えるお金があればそれに越したことはないし、もちろんお金は多くあっても困るものではない。
2018年1月26日金曜日
気候変動と自分の健康
私は気候変動に関する仕事に長い間直接関わっていて、今でもある程度の接点はある。なのでクールビズはもちろんウオームビズも知っているし、できるなら協力したい。
もっと幅広い環境問題でいえば、ゴミの分別もちゃんとやっているし、寿司を食べる時にネタの資源問題も考える。漁業資源を管理する組織に勤めているので、関連の勉強は必須だ。
では48年ぶりの寒さが続く東京でどうするか。
マンションのオーナーの意向で50Aに設定しているが、それでも突然ブレーカーが落ちること1日に2~3回。2000Wのオイルヒーター、270Wの加湿器、800Wの補助暖房の電気ストーブなどを足し合わせていくと超えてしまう。
ブレーカーが落ちて停電のように真っ暗になった時の、親に怒られた子供のような気持ちはなんとも言えない。自分一人でこんなに温室効果ガスを排出しているのかと。。。
ウオームビズは室温を20度以下に保ち、寒ければ厚着をするというものだ。その一方でインフルエンザが大流行しているというニュースで解説している医師は、「湿度を50~60%、室温を22度にしましょう」と推奨している。
正直、オイルヒーターで風や音もなく22度に保った室内はかなり快適だ。
昨日会った医療専門家も、寒いと毛穴がふさがり水分を放出しないので身体がむくみやすくなるという。寒さで縮こまっていると肩こりも悪化するような気がする。
今月の電気代は2万円を超えるかもしれない。東電の人にもびっくりされたのだが、背に腹は変えられない。
個人的に環境問題の諸悪の根源は人口が多すぎることだと思っているので、子供がいない自分はその点で十分貢献している。
もっと幅広い環境問題でいえば、ゴミの分別もちゃんとやっているし、寿司を食べる時にネタの資源問題も考える。漁業資源を管理する組織に勤めているので、関連の勉強は必須だ。
では48年ぶりの寒さが続く東京でどうするか。
マンションのオーナーの意向で50Aに設定しているが、それでも突然ブレーカーが落ちること1日に2~3回。2000Wのオイルヒーター、270Wの加湿器、800Wの補助暖房の電気ストーブなどを足し合わせていくと超えてしまう。
ブレーカーが落ちて停電のように真っ暗になった時の、親に怒られた子供のような気持ちはなんとも言えない。自分一人でこんなに温室効果ガスを排出しているのかと。。。
ウオームビズは室温を20度以下に保ち、寒ければ厚着をするというものだ。その一方でインフルエンザが大流行しているというニュースで解説している医師は、「湿度を50~60%、室温を22度にしましょう」と推奨している。
正直、オイルヒーターで風や音もなく22度に保った室内はかなり快適だ。
昨日会った医療専門家も、寒いと毛穴がふさがり水分を放出しないので身体がむくみやすくなるという。寒さで縮こまっていると肩こりも悪化するような気がする。
今月の電気代は2万円を超えるかもしれない。東電の人にもびっくりされたのだが、背に腹は変えられない。
個人的に環境問題の諸悪の根源は人口が多すぎることだと思っているので、子供がいない自分はその点で十分貢献している。
レビュー: 銀河鉄道999
ゴダイゴのタケカワユキヒデ氏がキュートな笑顔とつやのある長髪を揺らせながら歌うテーマソングが気に入っていた。親戚の叔父さんの家に遊びに行ったとき、いとこの部屋に大きなポスターが貼ってあったのも鮮明に覚えている。
だが、つい最近までこの1979年の映画を見る機会がなかった。
ネットサーフィンをしてたどりついたスペイン語の字幕のついたビデオで、封切後40年近くにしてついに見入ってしまった。
細かいストーリー展開はWikiに譲るとして、この作品が訴えたかったと思われるテーマはいくつかある。
銀河鉄道999はお金持ちしか切符を買うことのできない宇宙旅行の鉄道で、土星や冥王星など太陽系の星で停車しつつ進んでいく。最初の停車駅の土星では、居住者は何をしてもいい自由があるゆえ、どこで誰に襲われるかわからない。外出するのも命がけ。なんとなく、銃を持つ自由が許されている社会、資本主義でお金を好きなだけ好きな方法で稼ぐ自由が許されている社会などを想像させる。
そして限りある命と引き換えに永遠の命を約束する機械の身体を手に入れたものの、やはり元の人間の身体がよかったと後悔する人々が出てくる。
デジタルの世界のメリットを享受しつつも、今更ながら黒電話、葉書や封書が懐かしいといった感覚とも共通するものがある。
「かわいい子には旅をさせよ」という。主人公の星野哲郎は運よく切符を手にして、確かに冒険をして見聞を広げ視野の広い大人へと成長していく。
日本の若者の内向き志向だとか言われるが、例えば米国私立大学は1年間の授業料だけで今や日本円で年間600万円もする現状と、相当なお金持ちでないと切符の買えない銀河鉄道999が重なって見える。
だが、つい最近までこの1979年の映画を見る機会がなかった。
ネットサーフィンをしてたどりついたスペイン語の字幕のついたビデオで、封切後40年近くにしてついに見入ってしまった。
細かいストーリー展開はWikiに譲るとして、この作品が訴えたかったと思われるテーマはいくつかある。
銀河鉄道999はお金持ちしか切符を買うことのできない宇宙旅行の鉄道で、土星や冥王星など太陽系の星で停車しつつ進んでいく。最初の停車駅の土星では、居住者は何をしてもいい自由があるゆえ、どこで誰に襲われるかわからない。外出するのも命がけ。なんとなく、銃を持つ自由が許されている社会、資本主義でお金を好きなだけ好きな方法で稼ぐ自由が許されている社会などを想像させる。
そして限りある命と引き換えに永遠の命を約束する機械の身体を手に入れたものの、やはり元の人間の身体がよかったと後悔する人々が出てくる。
デジタルの世界のメリットを享受しつつも、今更ながら黒電話、葉書や封書が懐かしいといった感覚とも共通するものがある。
「かわいい子には旅をさせよ」という。主人公の星野哲郎は運よく切符を手にして、確かに冒険をして見聞を広げ視野の広い大人へと成長していく。
日本の若者の内向き志向だとか言われるが、例えば米国私立大学は1年間の授業料だけで今や日本円で年間600万円もする現状と、相当なお金持ちでないと切符の買えない銀河鉄道999が重なって見える。
50代をどう生きるか?
最近は元気ハツラツな中高年も多いが、個人的な感想を言えば50代になるとガクッと疲れてくる。私は40代で二つ目の修士号を取りにロンドンに留学したが、今振り返ればよくあんな元気があったなと感心する。
老いや病気について一般向けの著書を数多く出版している医師の中村仁一氏いわく、人間もほかの生物と一緒で繁殖を終えたら死に向かう。女性は排卵しなくなった後、男性もだいたい同じ年齢でその時期を迎える。
それが自然なプロセスなのだが、最近の老人は老いを認めたくないばかりに、老いを病気とすり替え、病気なのだから、よりよい病院、よりよい医師にかかれば治ると信じている。
テレビをつければグルコサミン、ヒアルロン酸などサプリのオンパレード。どんな薬でもプラセボ効果はあるが、あるサプリを飲んだからひざが痛いのが治るわけがないのだという。
人間ドックや健康診断でどこも悪くない人を一斉にチェックするのも、日本だけのシステムなのだとか。1990年代に著書「患者よ、がんと闘うな」 で有名になり、最近でもがんや検診医療について多く上梓している元・慶應義塾大学医学部専任講師の近藤誠医師は言う。「がんで亡くなったとされる人の多くは、がんが直接の原因ではなく、手術と抗がん剤で死亡している。そもそも健康な人でもがん細胞は毎日何千と作られ、検診の精度が上がれば小さながんでも見つかってしまい、手術をしたがために暴れだす」
「外科医同士では言ってるんですよ。『手術したら、がん細胞が暴れだしちゃってさあ』とか。でも患者には言わない。言ったら誰も手術しなくなるから。それで手術が終わったら別の病院へ送って厄介払い」。日本の医療費の3分の1を抗がん剤が占め、病院にとってはドル箱。だが実際には白血病など塊を作らないがん以外には、抗がん剤は効かない。
川島なお美、渡辺淳一、中村勘三郎など、がんが人間ドックで早期で見つかり、手術をしたら、あれよあれよと言う間に病状が悪化して死亡した例は、ほとんどが手術・治療をしていなければ今でも元気だっただろう、と近藤医師は言う。「そもそも、現在の医療システムには治療死というカテゴリーがない。治療で死んだとしても、多臓器不全とかそういう死因をつけられる」
話は長くなったが、繁殖期を終えた中高年の生き方として重要なのは、失ったものを嘆くのではなく、まだある機能に着目してそれを生かすことだと、中村医師は言う。「オレはここまで以前は15分で歩いて来れたのに、今では杖をついて30分かかる。若い者に追い越されて悔しい」と言う患者がいる。だが誰の手助けも借りずに、一人で自由に移動できるのは素晴らしいことだし、それを生かした生き方を追求したほうがはるかに豊かに生きられる。
そう考えてみると、自分は確かにくたびれてはきたが、十分自立して生活している。扶養家族もいないし自分の収入は100%自分で使途を決められる。
あるブロガーが分析した内容が興味深い。「52歳で引退した場合と60歳で引退した場合を比べると、約5000万円の貯金の差がある。つまり、50代の自由時間というのは、一戸建ての家や超豪華客船・世界一周旅行のように、人生を豊かにする贅沢商品の一つ」。そして60歳で一戸建ての家や豪華旅行は買えるが、今さら50代の自由な時間が欲しくても買えない、と。
がん保険や人間ドックに使う費用をまるごと貯金に回し、まだ余っている体力・気力を、組織の権力争いより楽しく意味のある活動に使うのも、50代の有意義な生き方かもしれない。
老いや病気について一般向けの著書を数多く出版している医師の中村仁一氏いわく、人間もほかの生物と一緒で繁殖を終えたら死に向かう。女性は排卵しなくなった後、男性もだいたい同じ年齢でその時期を迎える。
それが自然なプロセスなのだが、最近の老人は老いを認めたくないばかりに、老いを病気とすり替え、病気なのだから、よりよい病院、よりよい医師にかかれば治ると信じている。
テレビをつければグルコサミン、ヒアルロン酸などサプリのオンパレード。どんな薬でもプラセボ効果はあるが、あるサプリを飲んだからひざが痛いのが治るわけがないのだという。
人間ドックや健康診断でどこも悪くない人を一斉にチェックするのも、日本だけのシステムなのだとか。1990年代に著書「患者よ、がんと闘うな」 で有名になり、最近でもがんや検診医療について多く上梓している元・慶應義塾大学医学部専任講師の近藤誠医師は言う。「がんで亡くなったとされる人の多くは、がんが直接の原因ではなく、手術と抗がん剤で死亡している。そもそも健康な人でもがん細胞は毎日何千と作られ、検診の精度が上がれば小さながんでも見つかってしまい、手術をしたがために暴れだす」
「外科医同士では言ってるんですよ。『手術したら、がん細胞が暴れだしちゃってさあ』とか。でも患者には言わない。言ったら誰も手術しなくなるから。それで手術が終わったら別の病院へ送って厄介払い」。日本の医療費の3分の1を抗がん剤が占め、病院にとってはドル箱。だが実際には白血病など塊を作らないがん以外には、抗がん剤は効かない。
川島なお美、渡辺淳一、中村勘三郎など、がんが人間ドックで早期で見つかり、手術をしたら、あれよあれよと言う間に病状が悪化して死亡した例は、ほとんどが手術・治療をしていなければ今でも元気だっただろう、と近藤医師は言う。「そもそも、現在の医療システムには治療死というカテゴリーがない。治療で死んだとしても、多臓器不全とかそういう死因をつけられる」
話は長くなったが、繁殖期を終えた中高年の生き方として重要なのは、失ったものを嘆くのではなく、まだある機能に着目してそれを生かすことだと、中村医師は言う。「オレはここまで以前は15分で歩いて来れたのに、今では杖をついて30分かかる。若い者に追い越されて悔しい」と言う患者がいる。だが誰の手助けも借りずに、一人で自由に移動できるのは素晴らしいことだし、それを生かした生き方を追求したほうがはるかに豊かに生きられる。
そう考えてみると、自分は確かにくたびれてはきたが、十分自立して生活している。扶養家族もいないし自分の収入は100%自分で使途を決められる。
あるブロガーが分析した内容が興味深い。「52歳で引退した場合と60歳で引退した場合を比べると、約5000万円の貯金の差がある。つまり、50代の自由時間というのは、一戸建ての家や超豪華客船・世界一周旅行のように、人生を豊かにする贅沢商品の一つ」。そして60歳で一戸建ての家や豪華旅行は買えるが、今さら50代の自由な時間が欲しくても買えない、と。
がん保険や人間ドックに使う費用をまるごと貯金に回し、まだ余っている体力・気力を、組織の権力争いより楽しく意味のある活動に使うのも、50代の有意義な生き方かもしれない。
2018年1月23日火曜日
書評 Deng Xiaopin and the Transformation of China
年末年始に読み始めた本書をようやく先日読了した。
昨年夏にアマゾンのレビューで高評価を得ているのに興味を持って入手したが、大判で5センチあまりの厚さに圧倒され、ほんの少し読んでそのままだった。年末のある出来事をきっかけに、鄧小平のような人物ならこういう場合どうしたのだろうかと、思い出した。
東アジア研究の大家である著者が10年の歳月をかけて数多くのインサイダーへのインタビューや膨大な資料をもとに、鄧小平の仕事のやり方、考え方を臨場感あふれる書きっぷりで詳細にまとめあげ、読者はまるで鄧小平と一緒に働いているかのような感覚を味わえる。
結果として、知りたかった答えは本書から得られた。そして鄧小平が部下に相談されて示した回答、彼のやり方をこの数週間サルまねしたところ、全てがうまく行くようになった。
それにしても毛沢東は究極のモラハラ上司といえる。それと比べたら、自分の職場の人々はみな天使のように思えてくる。
わからない単語は全て調べ、本書の内容は100%理解した。数分後ごとに驚愕、もしくは腹の皮がよじれるほど笑うことの連続だった。 そうした箇所で立ち止まり、深々と考えてしまい、自分の仕事や人生と比べてみた。
中国共産党は大きな組織の会社と似ている。トップは選挙で選ばれるわけではなく、権力闘争で勝ち残った人物が君臨する。人間は一人ひとり価値観、判断基準、行動様式が異なるので、全員のコンセンサスを得るのは不可能である。そうした中、組織として物事を決定し、ある方向に導くには洗練された統率力が必要となる。そうした統率力は肩書きがあるから自動的に生じるものではない。
鄧小平が本当に自分の仕事を始めたと言えるのは72歳、そして引退後の87歳で行った最後の「大仕事」が1990年代以降の驚くべき毎年GDP10%台の成長をもたらし、上海・浦東地区の開発を実現させた。
1980年代後半のインフレが天安門事件のきっかけの一つとなったが、それでもロシアや東欧のようなハイパーインフレには至らず、マクロ経済をコントロールできたのは陳雲や朱鎔基の功績が大きい。
外から見れば鄧小平はワーカホリックの権化のようだが、実はフランスで勤労学生として働いていた10代の頃から、身長152センチという小柄な自分の体力を認識して注意深く仕事を選び、残業や長時間労働をほとんどしていない。
先日、コマツ元社長の安崎暁氏が自ら開いた「生前葬」で、出席者に本書を推薦していたという。私は中古本で入手したのだが、表紙をめくった後の白いページに以前の持ち主が「ビル・ゲイツから勧められた」と書いていた。
昨年夏にアマゾンのレビューで高評価を得ているのに興味を持って入手したが、大判で5センチあまりの厚さに圧倒され、ほんの少し読んでそのままだった。年末のある出来事をきっかけに、鄧小平のような人物ならこういう場合どうしたのだろうかと、思い出した。
東アジア研究の大家である著者が10年の歳月をかけて数多くのインサイダーへのインタビューや膨大な資料をもとに、鄧小平の仕事のやり方、考え方を臨場感あふれる書きっぷりで詳細にまとめあげ、読者はまるで鄧小平と一緒に働いているかのような感覚を味わえる。
結果として、知りたかった答えは本書から得られた。そして鄧小平が部下に相談されて示した回答、彼のやり方をこの数週間サルまねしたところ、全てがうまく行くようになった。
それにしても毛沢東は究極のモラハラ上司といえる。それと比べたら、自分の職場の人々はみな天使のように思えてくる。
わからない単語は全て調べ、本書の内容は100%理解した。数分後ごとに驚愕、もしくは腹の皮がよじれるほど笑うことの連続だった。 そうした箇所で立ち止まり、深々と考えてしまい、自分の仕事や人生と比べてみた。
中国共産党は大きな組織の会社と似ている。トップは選挙で選ばれるわけではなく、権力闘争で勝ち残った人物が君臨する。人間は一人ひとり価値観、判断基準、行動様式が異なるので、全員のコンセンサスを得るのは不可能である。そうした中、組織として物事を決定し、ある方向に導くには洗練された統率力が必要となる。そうした統率力は肩書きがあるから自動的に生じるものではない。
鄧小平が本当に自分の仕事を始めたと言えるのは72歳、そして引退後の87歳で行った最後の「大仕事」が1990年代以降の驚くべき毎年GDP10%台の成長をもたらし、上海・浦東地区の開発を実現させた。
1980年代後半のインフレが天安門事件のきっかけの一つとなったが、それでもロシアや東欧のようなハイパーインフレには至らず、マクロ経済をコントロールできたのは陳雲や朱鎔基の功績が大きい。
外から見れば鄧小平はワーカホリックの権化のようだが、実はフランスで勤労学生として働いていた10代の頃から、身長152センチという小柄な自分の体力を認識して注意深く仕事を選び、残業や長時間労働をほとんどしていない。
先日、コマツ元社長の安崎暁氏が自ら開いた「生前葬」で、出席者に本書を推薦していたという。私は中古本で入手したのだが、表紙をめくった後の白いページに以前の持ち主が「ビル・ゲイツから勧められた」と書いていた。
2018年1月12日金曜日
Review: Deng Xiaoping and the Transformation of China
Last summer I purchased this book because of great reviews on Amazon, only to find the intimidating thickness that kept me away.
A recent development in my life reminded me of Deng Xiaoping, preeminent leader who laid the groundwork of what China is today. I was totally immersed in the incredible epic during the two-week winter holiday. Now I'm finished until page 558 out of the total 745 -- still one quarter to go, but decided to have a "midterm review" before I go into the last chapters on the biggest showdown -- the Tiananmen Square massacre and Deng Xiaoping's step-down.
The author Ezra Vogel is a pundit on East Asia and professor emeritus at Harvard University, who is known in Japan for publishing the bestseller Japan as Number 1 in 1979. He was already 81 when he published the book after taking ten years of an unimaginably huge task of interviewing numerous insiders such as Deng's family, politicians and bureaucrats and examining a massive amount of materials in Chinese.
As a result, he recounts very detailed processes in which Deng performed his duties -- before publishing an important statement, for example, who wrote the first draft, and how many edits Deng made, which led to nine drafts before the final version. The meticulous clearance processes he tried to make with Mao Zedong; and how Mao grilled Deng, but kept him alive and on the back burner because Mao recognized Deng's rare talent and thought he could use Deng when necessary.
The author writes so well that I felt like I was working with Deng -- during the two-week Christmas and New Year holiday, which made me quite exhausted. This book is both extensive and intensive in the content. And in fact, I didn't know Deng Xiaoping was so hilarious. Every few minutes I did a belly laugh, became philosophical or was astonished. While the book is so well-written, I would not say it is a "page turner" because I had to stop every now and then to digest each part and compare it with my work or the current international politics.
It is also quite interesting that this book, even the Chinese translation, is available in China. Given the extraordinary access to the insiders quoted to tell what happened in secret meetings, I kind of imagine or am paranoid that there might have been a tradeoff between the author and the Chinese Communist Party about his receiving information and cooperating with their propaganda. Indeed, some parts, in particular about Hong Kong, sounded blatantly pro-China which brought me yet another belly laugh.
This long weekend I would put this book aside for a while to have a real holiday, finally, to store energy for the last chapters.
A recent development in my life reminded me of Deng Xiaoping, preeminent leader who laid the groundwork of what China is today. I was totally immersed in the incredible epic during the two-week winter holiday. Now I'm finished until page 558 out of the total 745 -- still one quarter to go, but decided to have a "midterm review" before I go into the last chapters on the biggest showdown -- the Tiananmen Square massacre and Deng Xiaoping's step-down.
The author Ezra Vogel is a pundit on East Asia and professor emeritus at Harvard University, who is known in Japan for publishing the bestseller Japan as Number 1 in 1979. He was already 81 when he published the book after taking ten years of an unimaginably huge task of interviewing numerous insiders such as Deng's family, politicians and bureaucrats and examining a massive amount of materials in Chinese.
As a result, he recounts very detailed processes in which Deng performed his duties -- before publishing an important statement, for example, who wrote the first draft, and how many edits Deng made, which led to nine drafts before the final version. The meticulous clearance processes he tried to make with Mao Zedong; and how Mao grilled Deng, but kept him alive and on the back burner because Mao recognized Deng's rare talent and thought he could use Deng when necessary.
The author writes so well that I felt like I was working with Deng -- during the two-week Christmas and New Year holiday, which made me quite exhausted. This book is both extensive and intensive in the content. And in fact, I didn't know Deng Xiaoping was so hilarious. Every few minutes I did a belly laugh, became philosophical or was astonished. While the book is so well-written, I would not say it is a "page turner" because I had to stop every now and then to digest each part and compare it with my work or the current international politics.
It is also quite interesting that this book, even the Chinese translation, is available in China. Given the extraordinary access to the insiders quoted to tell what happened in secret meetings, I kind of imagine or am paranoid that there might have been a tradeoff between the author and the Chinese Communist Party about his receiving information and cooperating with their propaganda. Indeed, some parts, in particular about Hong Kong, sounded blatantly pro-China which brought me yet another belly laugh.
This long weekend I would put this book aside for a while to have a real holiday, finally, to store energy for the last chapters.
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