2016年6月22日水曜日

"Brexit"の行方

 ついに運命の6月23日がやってきた。イギリスのEU離脱 ("Brexit") を問う国民投票が行われる。

 当然ながらグローバル化を進めたい企業はEU残留を望んでいる。多国籍企業に勤める社員、イギリス以外のEU加盟国からEU格安授業料でイギリスに留学している学生、ロンドンでの生活をエンジョイしているドイツ、フランス、イタリア、オランダなどの若者、さらにはイギリスの陰鬱なお天気にうんざりして南欧に引っ越した人々などは、なんとしてでもEU残留を願っている。

 メディアは多国籍企業の広告収入のためか、EU離脱なんてとんでもない、悪い子の考えることだといった論調が多い。前ロンドン市長のボリス・ジョンソン氏の寝起きのような独特の髪形や風貌を一見すると、そうなのかなと一瞬思ったりもする。

 だが離脱派・残留派の真剣な討論番組EUの官僚的な仕組みを詳述したBBCドキュメンタリーなどを見ると、「うへ~、EUのアジア版みたいのが出来たらたまんないな」というのが正直な感想である。

 例えば、EUがキュウリを長さによってランク付けして市場価格に反映させているとは知らなかった。さらにEU議会は野党というものが存在せず、民意がどう反映されているのか不明瞭のようだ。またEU議会はブリュッセルとストラスブールに分かれており、条約の規定でストラスブールで投票を行うために、議員とスタッフ、3,000人もの職員が山のような書類とともに移動する必要があり、こうした移動費だけで年間1億ポンド(153億円)かかるという。

 自分も官僚組織に勤めているのでわかるが、中間に入る層や構成員が多くなればなるほど、そのフィルターを通るうちに本来の仕事の趣旨が失われて曖昧模糊とした状況に陥り、意思決定に途方もなく時間がかかり、一体何をしているのかわからなくなる傾向にある。

 EUは各国政府の上にさらに国家のような構造があり、その運営のために膨大な手間と費用がかかる。 EU離脱派の主張する、EUへの上納金をもっと自国のために使うべきだという主張は説得力がある。

 「かつてのイギリスのほうがよかった」という主張も、確かにそうかも知れない。私が初めてイギリスに行ったのは1987年。当時のブライトンはシック、クラッシーという形容詞がぴったりの本当に素敵な街だった。あの素敵さが忘れられず、数年ごとに訪れてきたのだが、だんだんと本来の良さが失われ、全体的に安っぽい感じになってしまった。「ブライトンは昔のほうがよかったでしょう?」とイギリス人の友人数名に聞いてみると、異口同音に同意する。

 一方でロンドンはというと、EU各国から本場のシェフがやってきて本格的なイタリア料理の店、サンドイッチ店など美味しい店がすごく増えた。

 移民政策についてはEU以外の国からのビザ条件が厳しくなる一方である。EUとEU以外の国とのそうした格差をなくせば、イギリスは国籍に関係なくもっと優秀な人材を世界から確保することができるだろう。

 立場や見方によって是非は大きく異なるが、もし自分がイギリス人だったら、あの素敵なブライトンをもう一度見たいと思うかもしれない。