2021年1月23日土曜日

ジョン・エドワーズ元大統領候補の魅力

  米国ではバイデン政権が発足し、黒人女性初のハリス副大統領など新たな内閣布陣に注目が集まっている。

 この新たな空気とは関係なく、かねてから私が追いかけているのがジョン・エドワーズ元上院議員だ。2004年、2008年に大統領選に出馬し、2004年には民主党の大統領候補指名を受けたジョン・ケリー氏のもと副大統領候補となって選挙戦を戦った。

 2008年の選挙活動中、広報担当のビデオジャーナリストと不倫の関係になり婚外子を作った。33年連れ添った妻のエリザベスは末期がんの闘病中だった。2年後に彼女は夫と別居し、そのまま他界した。エドワーズ氏は不倫関係や子供の父親であることを否定していたが、タブロイド紙National Enquirerが事実であることを報道してピューリッツアー賞を受賞した

 もう10年以上前の話で、世間では話題にもならない。

 なぜ私が注目しているかと言えば、エドワーズ氏がめちゃくちゃハンサムだからだ。工員の両親の元に育ち、一族の中で最初に大学に行った。さらに法科大学院に進み、医療過誤や薬害を受けた患者のために戦う弁護士として成功。政界に進んで大統領候補にまでなった。まさにアメリカンドリームの立役者である。万人受けするルックスと庶民的な背景が福山雅治を彷彿とさせる。

 大統領候補としてマスコミに登場して以来、私はエドワーズ氏のファンだった。スキャンダルのほとぼりが冷めた時期に、私はケリー・エドワーズ選挙運動の広報担当だった人物と話す機会があった。エドワーズ氏はどうしているのか聞いたところ、「不倫相手とは別れ、かつてのように医療過誤の犠牲者を救う弁護士として働いている」という。思わず「私をエドワーズ氏に紹介してくれませんか」と言いそうになった。

 結局は思いとどまったのだが、ますますエドワーズ氏のライフワークに興味がわき、彼の著書を読んでいる。2004年に出版された"Four Trials"というタイトルの本で、彼が担当した数多くの訴訟のうち最も印象に残っている4件と自らの生い立ちを語っている。

 薬の過剰投与で全身麻痺に陥った男性、産婦人科医の重大な判断ミスで出生時に生じたトラブルのため重度障害者になった女児などのケースを詳述。保守的な南部社会でいつの間にか常軌を逸するほど傲慢になった医師、地域の大病院を相手取って戦うことの難しさ。それでも証拠を丹念に集め、陪審員の心をわしづかみにするコミュニケーション術などが語られる。まさに弱きを助け強き挫く物語で、一章読み終わるごとに「カッコいい!!!」と叫んでしまう。

 このようなヒーローがなぜ長年連れ添った妻を裏切って不倫相手に走り、事実隠蔽のためウソをつくといった事態になったのだろうか。妻のエリザベスは法科大学院時代のクラスメートで、表情や話し方に人柄のよさがにじみ出ている。

 一方の不倫相手リアル・ハンターのインタビューを見ると、なんで。。と思うほど浅はかでヤンキーな感じの人物だ。

 正義の味方で大統領候補にもなった政治家がどうして、このような女性に走ったのか。

 答えは著書の中に見え隠れしている。

 産婦人科医のミスで重度障害児になったジェニファーを弁護する最終弁論で、エドワーズ氏は驚くような発言をしている。「ジェニファーは現在6歳のかわいい女の子です。世話をしてくれる両親もいます。(中略)。。しかし56歳になれば、かわいかった6歳の女児のことなど誰も覚えていやしません。56歳の脳性麻痺の女性は、もはやかわいくないんです」

 ひどい発言だったと著者も認めている。その目的は、原告の将来にわたる損害をありありと伝えるためで、あえてこのような言い方をしたのだ。しかしながら、この発言には乳がんを患い61歳で他界した彼の妻が重なってしまう。

 法科大学院で妻と知り合ったきっかけはこうだ。民事訴訟手続きの授業で、教授が難しい質問をした。苗字のアルファベット順に学生が指名され、最初の数人が撃沈した。Edwardsまで来ませんようにとあせっていたところ、Ananiaという女子学生が見事な正解をした。さらに教授は黒板に手続きを図解して描いたが、エドワーズ氏にはさっぱり理解できず、わからないのは自分だけだろうと落ち込んだ。するとAnatia氏が立ち上がり「先生、それでは誰にもわからないでしょう」と指摘した。

 ことほど左様に彼女はクラスのリーダー的存在だった。海軍パイロットの父親を持ち、日本など海外暮らしが長く国際情勢にも通じていた。ノースカロライナの工業団地しか知らない自分にとって、彼女は別世界の人だった。

 エドワーズ氏は彼女のことが気になって仕方なく、一学期の間ずっと躊躇したが勇気をふりしぼってデートに誘った。あまり上手とは言えないダンスをしたが、彼女はまた会ってくれた。そして2人は卒業後すぐに結婚した。

 エドワーズ氏が妻に贈った結婚指輪は11ドル、彼女が夫に贈った結婚指輪は22ドルだった。ハネムーンで訪れたホリデーインの宿泊費は22ドルだったが、まだクレジットカードがなく手持ちの現金をかき集めても20ドルしかなかった。古い蛍光灯が点滅するロビーで妻の両親を待ち、ようやく到着した彼らに2ドルを借りた。この花婿をどう思ったのか、怖くて聞くことはできなかった。

 ビル・クリントンがヒラリーに魅かれたのも、彼女の強さや頭のよさ、人柄のよさだったという。著書の中で何度も「自分よりも、ヒラリーのほうが政治手腕や弁護士としての能力が高い」と語っている。私が思うに、彼女の実家が裕福だったことも関係しているだろう。

 そこで私は思ったのだが、この2人の政治家に共通する性質として、人生のパートナーとしては一緒にいて向上できる女性を選ぶ。だが、それがいつの間にか自分のプライドを傷つける結果となる。そこへ明らかに自分が優位に立てる女性が近づいてくると、思わず据え膳を食ってしまう。あとで冷静になってみると、自分がやったことの愚かさに気づき、最後のあがきで失態を否定してますます墓穴を掘る。

 こうした自滅的行為は、おそらく職業人としての哲学や手腕とは関係のないところで起きるのだろう。多くの人が持つ、人間としての限界といったところだろうか。

2021年1月21日木曜日

早期退職して半年の感想

 昨年から今年にかけて早期退職を行う上場企業数は115社にのぼり、リーマンショックの2009年に次ぐ高水準だという。

 私は53歳で退職して半年になる。勤務先のアジア事務所閉鎖によるもので、16年勤めた職場を離れるのはつらかった。

 だが半年経った今では、もはや勤め人には戻れないだろう。

 老後資金の目途が立っていることが安心材料であることは間違いない。お金はいくらあっても十分とは言えないので、あとは何百回も計算したシミュレーションにどれだけ納得できるかの問題である。

 ひとつ言えることだが、仕事を辞めると出費がかなり減る。スーツ、バッグ、コート、靴などは使う機会が減り、新調する必要はない。外食もほとんどしない。人間関係のストレスや神経を使うこともほぼないためマッサージに行く回数も減り、平日割引を使える。結果として生活費は半減した。

 子供のいない専業主婦の生活と似ているのかもしれない。家や庭の手入れ、料理、掃除、時事問題のフォロー、運動などで時間が過ぎ、ヒマで困ることはない。 

 社会とのつながりはSNS、YouTubeやブログ、家の管理の業者対応である程度は保てる。

 あとは社会的な成功への希望や野心がどれだけあるか。私は米系の職場で日本人として最高の地位まで昇進したので、よかったかどうかは別として、それ以上は行けなかった。そういった意味でやり尽くしたとは言える。 

 バイデン大統領が就任し、ケリー元国務長官が気候変動特使となって面白そうな状況なので、何らかの形で関わってみたい気もする。

 ただ朝8時半~夕方5時半、月~金を拘束され、本部の指示を常に確認し、上司の意向を伺い、自分の言動が組織の方針に合っているよう神経を使い、官僚的な手続きを理解して耐え、白人男性の世界で微妙もしくはあからさまな差別に憤慨し、必要があれば正規の手続きで苦情を訴えるため正確な英文で何千ワードにもわたる書類を提出し。。ということをまたやりたいか?と聞かれれば、う~~ん。。よくやったなとしか言えない(苦笑)。

 同僚とは仕事という共通点があったが、今ではない。このため共通の話題もあまりなく、たまに用事があって連絡する程度。元同僚で定年退職後も職場に毎日のように現れ、出入り禁止になった人もいる。気持ちはわからなくもないが、卒業した学校に通いつづけるようなもので、受け入れる側も迷惑だっただろう。

 結論として、きつい仕事を辞めれば健康になるのは間違いない。毎日ぐっすり寝て、自炊で栄養バランスのよい食事を取り、運動をして、気分転換に好きな時に外出する。読書も仕事に関係のないジャンルの本を幅広く読める余裕があるので、視野が広がる。

 あとは英語関係の資格を取り、中国語をブラッシュアップして、観察や分析をして発表するのも面白いかもしれない。

 この生活はかなり快適といえるだろう。

2021年1月20日水曜日

コロナ対策 自衛手段とは?

  昨日の東京都発表によれば、コロナの自宅療養者は8965人。毎日1000人以上の陽性者が出ており、自宅療養者が1万人を超えるのもすぐだろう。

 市区町村別の内訳を見ると、少し前までは新宿区の多さが騒がれていたが、いつの間にかトップは世田谷区の6739人となっている。全体的に見ると、23区は多摩地区の10倍ほどの感染者数がいる。

 自宅療養の陽性者で一人暮らしの会社員男性はYouTube動画の中で、どこで感染したのかわからないと語っている。長距離通勤で電車を利用しているが、ほとんど他人とは会わない。最後に熱を出したのは小学2年の時で、それ以来風邪を引いたこともない。それでもコロナ感染によって40度の高熱、咳や味覚障害などの症状が出た。

 こういう話を聞くと、いつ誰が感染してもおかしくないと思う。一方で政府の緊急事態宣言は意味がない。飲食店への夜8時以降の営業自粛だけで、小池都知事の「ウイルスにはカレンダーは関係ありません」という発言と明らかに矛盾している。5~6人でランチするのはOKで、夜9時に1人で外食するのはダメなのだ。

 こうなってくると、とにかく自衛手段を講じるしかない。

 個人的な状況を言えば、仕事を辞めて郊外の家に引きこもったのは、結果として最高の感染対策になった。

 世田谷区と比べると、私の地域は100分の1未満の感染者数しかいない。近所で歩いている人はほとんどおらず、スーパーやショッピングモールも空いている。食料品など日常の買い物もネットで注文でき、自宅に配達してくれる。

 仕事によるストレスは当然ながらゼロで、夜はぐっすり眠れる。最近では冬眠かと思うくらい1日平均10時間は寝ている。先ほど紹介したコロナ感染者が闘病生活を紹介した動画によれば、日当たりのよい部屋で緑茶を飲んでいるとかなり症状が改善したそうで、私が毎日やっていることだ。

 医師YouTuberによれば、免疫力を高めるNK細胞は森林浴をすると活性化する。庭の手入れや近所の散歩だけで、これもお手軽にできてしまう。

 他人とほとんど会わないので、ヘアカットは自分で前髪をたまに切る程度。寒いので長くなってきた髪は暖かく都合がよい。

 どうしても用事があって都心に出る際には、平日の昼間で電車がガラガラな時間帯を選ぶ。チェックイン・アウトをロボットが対応するホテルに泊まり、人との接触を最低限に抑える。

 最近では家族感染が多く、20歳未満の感染者の感染経路のトップは家族、特に父親だという。お父さんが仕事で外出して感染、家にウイルスを持ち込んでしまうらしい。なんとも心が痛むが、私の場合は帰宅すれば誰もいないので、そうしたリスクもない。

2021年1月14日木曜日

映画レビュー「甦る三大テノール」

 クラシック音楽鑑賞は私の趣味だが、交響曲や協奏曲が中心だ。オペラはたまに見るが、それほど関心や知識がない。だが三大テノールという言葉は聞いたことがある。

 この映画は三大テノールが結成された経緯や裏話を紹介するドキュメンタリーである。2020年作ということで、このコロナ禍でよく製作したなと興味を持った。先週金曜に封切られたばかりで、都内では文化村と立川の二カ所でしか上映していない。ネットで予約状況を見るとかなりガラガラだったので、密になることもなかろうと思い、ぶらりと行ってみた。   

 平日の正午。観客はまばらでほとんどが中年女性である。

 それもそのはず。映画に登場する歌はこんな内容だ。

 嵐の後のすがすがしいお天気。さわやかな空気はお祝いのようだ。太陽はなんと美しいことか。だがもっと美しい太陽があなたの顔に輝いている。

 オーソレミオがこんな歌詞だとは知らなかった。少なくとも普段の生活でこんな風に言われることはない。日本では皇室の内親王も「月」などと言われてしまう。

 さすがイタリア。同じヨーロッパでも、こういう歌がこのドキュメンタリーを作ったドイツ、あるいはイギリスから出てくる感じもしない。やはりギラギラと照りつける太陽とそれが生み出す地中海気候の産物なのだろう。

 オペラは思いっきり感情を吐き出す芸術である。だが一般的に大人、特に勤め人となると感情は禁物だ。オペラの歌詞に出てくるような言動を職場で取れば、セクハラやストーカーになってしまう。感情を抑制する達人が出世してお金持ちになり、その過程で犠牲にしてきた様々な感情の発露を見て楽しむために、オペラのパトロンになっているのかもしれない。

 映画そのものの感想だが、三大テノールはいかにもヨーロッパらしい。イタリア人とスペイン人2人で構成され、仕事の打ち合わせは英語で行われる。 事の始まりはサッカーのワールドカップの主催国となったイタリアが、雰囲気を盛り上げるためのサイドイベントとして行った一度限りのコンサートだった。主催者側は観客が十分に入るか不安だったため招待席を数多く確保し、販売チケットは1枚15ユーロだったという。

 これが大受けしたため、米国もWカップを主催した際に開催地のロサンジェルスでドジャーズ球場をリノベして同様のコンサートを行った。米国文化に敬意を表し、三大テノールの選曲には「マイウエイ」「ムーンリバー」といった歌も含まれた。しかも観客にはフランク・シナトラもいて満足そうな笑顔を見せ、マイウエイが終わった瞬間に立ち上がって拍手した。

 こうしたオペラの「大衆化」に批判的な人々もいたが、結果としてはオペラ業界の発展につながり、これまで日の当たらなかったオペラの分野にも資金が行くようになった。

 総じて言えば、オペラの専門知識がなくても楽しむことができ、クラシック音楽業界の舞台裏やお金儲けの仕組みもわかる内容になっている。 

2021年1月10日日曜日

緊急事態宣言下のTOEIC本試験

  昨年はコロナの影響で半年間TOEIC試験は中止になった。だが今回の緊急事態宣言は飲食店への時短営業などにとどまり、大学入試も行われるため、TOEIC試験も本日、予定通り実施された。

 とにかく集中力が勝負なので睡眠不足は大敵だが、昨晩Readingの勉強にはまって5時間しか眠れなかった。午後の部に申し込めばよかったと後悔したが、朝早く起きて冷蔵庫のように冷え冷えする中を駅まで歩いていると目が覚めてきた。

 会場の東京学芸大学は、36年前に共通一次を受けた懐かしい場所だ。すごく寒かったのをよく覚えているが、今日も窓開け換気のため寒かった。コートをひざ掛け代わり、マフラーを座布団代わりにして正座をして足を温めながら受験した。

 東門から入ろうとしたが閉まっていてあせった。どうやら正門しか開いていないようで案内の看板もほとんどなく、TOEIC会場は中程度の大きさの教室5つだけでひっそりとしていた。私と同じように迷っている受験者が結構いた。主催者側は正門しか入り口がないことを受験票の案内に明記すべきだった。 

 試験手順の説明やListeningの音声テストの時に、思いっきり咳をしている受験者がいて、試験官に再受験するか聞かれていた。それでも彼は居残り、Listening本番中にも咳き込んでいた。私の席は離れていたが、それでも気になったので、周囲の人は感染の可能性も含めてかなり迷惑だっただろう。

「時計は腕時計以外は認めない」という指示にもかかわらず、小さな目覚まし時計を置いている受験者もいた。

 試験開始前から突っ込みどころ満載だが、Listeningが始まると公式問題集にも登場しない新たなオーストラリア人男性の声が聞こえる。「えっ? こんな人いたかな?」というその声はかなり聞き取りにくい発音だった。

 さらには公式問題集からは姿を消していた、独特のイギリス英語を話す中年女性が復活していた。若いイギリス人女性が新たに登場していたのだが、「彼女の発音はわかりにくい」とTOEIC満点を92回取った予備校講師も言っていた。

 私のイギリス大学院留学やロンドンで生活した経験から言えば、2人とも大学教授や典型的な中流階級の話す、いわゆるPerceived Pronunciation (PR)ではない。中年女性は感情を込めて話すので文脈から意味を取りやすいが、若い女性は無感情に近く早口なのがわかりにくい理由の一つになっている。

 まとめてみると、今日のListeningのナレーターラインナップは以下の通り。

・イギリス人 中年女性(韓国で発売され、アマゾンで入手できる過去問に頻繁に登場する)

・イギリス人 若い女性(発音がわかりにくい)

(この2人が同時に登場することは珍しい。)

・アメリカ人 中年女性

・カナダ人 中年男性

・オーストラリア人 若い男性(声がくぐもっていて聞き取りづらいが、公式問題集で何度も聞き直して修行すれば、ある程度聞き取れるようになる。)

・オーストラリア人 年齢不詳男性(←今回初登場)

 公式問題集にはもう1人、やや聞き取りやすいオーストラリア人の若い男性がいるが、今日のテストには登場しなかった。 

 かなり意外だったのは、Part 2で短い質問や発言への反応を選ぶ問題で、物の値段を聞く質問に対して「〇〇円」という回答があったことだ。これまでの模試や問題集では単位はドルだけだった。これは日本人受験者への何らかの忖度なのだろうか?

 新たな聞き慣れないオーストラリア発音でListeningはつまづいたが、Readingは見直す時間を十分に取ることができ、正解と思う根拠も全て確認できた。そうは言っても、過去問では「あちゃ~~」としか言いようのないケアレスミスも犯してきたので、予断は許さない。

 とりあえず何かに挑戦して試験を受けに行くというのは、緊張するが気持ちがいい。なんというか若いままでいられる気分になる。

 TOEIC受験勉強の過程で貴重な発見もあった。私はオーストラリアに行ったことはないが、オーストラリア人の仕事仲間が2人いる。2人ともきれいなイギリス英語を話すので、私はオーストラリア英語とイギリス英語は同じ発音なのだと思い込んでいた。だがオーストラリアの公共放送ABCを聞いてみると、確かにTOEICのナレーターのような発音をしている。「サイルズ・レポート」と聞いて、サイルという名前の人が書いた報告書かと思っていたら、sales reportだった。

 つまり私の仕事仲間は、一般的にはオーストラリア発音にはなじみがないことを認識して、あえてイギリス英語で話して伝わりやすくする努力をしていたのだ。

 またTOEIC独特の頻出単語を覚えるなど、受験勉強をしていると話すと応援してくれる友人が数多くいてうれしくなった。

 帰り道に学芸大の最寄駅・国分寺駅近くのカレー店で、遅めの昼食を取った。かなり大きくてモチモチしたナンを食べながらほっと一息をつき、今後の対策について考えた。