2019年9月20日金曜日

世阿弥に学ぶ 中年以降の働き方

 世阿弥と聞いて、日本史の教科書に名前が出てきたな、くらいの印象しかなかった。

 先日、歌舞伎座で三本立ての作品を鑑賞したとき、勧進帳が能をもとに作られ、その抽象性が真実に迫る有効な手法のように感じられた。

 そこで能についてググッて行くと、世阿弥にたどりつく。室町時代に世阿弥が能の芸術性を高めたことによって、現代にまで能が受け継がれているという。

「風姿花伝」は世阿弥が1400年頃から20年をかけて綴った、素晴らしい能を演じるための考え方や手法を述べた書である。600年もの歳月を経て、今でも読み継がれている古典であり、現代に通じる仕事のやり方を説いている。

 いくつか、かなりリアルで参考になった点を挙げてみたい。

・能には「花」がなければならない。花とは新鮮さである。若いうちは、それだけで花がある。若さゆえの花に慢心せず、常に創意工夫を積み重ねることで、34~35歳で絶頂期を迎えることが可能になる。この時期に名声をあげていなければ、40歳以降も花を持ち続けることはできない。

・40代後半になると外見がいい人でも、素顔では見られたものではなくなる。この年になったら、自分の容姿に似合った役柄をラクに無理することなくやること。身を砕き、わざわざ欠点ばかり目立つ能を演じることはない。

・50歳以降では、自分にとって演じやすいものを少しずつ工夫し、色を添える演技をする。一流の演者はそれでも、若い頃にも増して花のある演技をできる。

・一切の物事は、陰と陽が調和する境の部分に成功のポイントがある。夜は気分が滅入って陰鬱になりがちなので、夜の公演では真っ先に明るい演技を行う。逆に昼の公演で陽気に演じると、面白くなるはずがない。

・観客の目を常に意識せよ。たくさんの花を持っていても、それを観客の目に素晴らしく見せる工夫がなければ、田舎や藪の中にある梅のように、いたずらに花を咲かせ、香りを漂わせているだけで終わってしまう。

・上手な人にも欠点はあるし、下手な人間にも必ず長所はある。下手な人間はたまたま持っている長所に自分で気づかない。どんな滑稽な役者であっても、もしその演技によいところを見つけたら、達人でもそれを真似るべきである。それが道を極めるための第一の方法であろう。

・自分の最も得意とする演目で喝采を浴びても、そればかりやっていると観客は飽きてしまう。常に観客に新鮮な印象を与えるため、見せ方を少しずつ変えて工夫することが重要。

・怒っていても、やわらかな心を持っていることが、新鮮な演技を見せるコツ。

・秘するが花。人の心に思いも寄らない感動を起こす手立てこそ、花と呼べるものだ。

・結局のところ、能の結果は「新鮮さを感じさせられたか」か「新鮮さを感じさせられなかったか」のどちらかである。