正式なコンサートに先立ち、ロビーでブラームス弦楽四重奏第二番を披露。今日の演目のハイライトはブラームス交響曲第二番なので、二で揃えたと、バイオリン奏者の大野氏が説明する。もう少し講釈をすると、この曲はF-A-Eの音列で始まり、ブラームスの親友であるバイオリン奏者ヨアヒムのモットー"Freu Aber Eubsan"(自由に、しかし孤独に)を表しているという。
自由を求めると、結果として孤独になる。大野氏は家族や友人、オーケストラの仲間に恵まれ、孤独を感じることはない。だが特に家族を持つと、どんどん自由が失われていく。自由で孤独な状態とどちらがいいのだろうか。真剣に悩んでしまう、と。
私はプライベートな時間はほぼ完全に自由である。実のところ、4月26日に有給を取って以来12日間まさに自由=孤独な状態であった。突然思い立って5億6000万円のマンションや軽井沢の別荘を見に行き、別宅でピザーラを注文し、具やパイ生地の種類、果てはチキンにトマトソースをつけるかマスタードソースをつけるか、全て自分の好みで決めた。というか、一人なので自分で決めるしかなかったのだが。
今日の予定は、本当は松涛美術館に行くつもりだった。だが直前に気が変わり、やっぱりN響とウィーンフィルを比較したくなった。当日券発売時刻までやや時間があったので東急百貨店を冷やかし、エトロの紳士物コーナーに置いてあったアニマル柄のかわいいバッグに心を奪われ真剣に悩んだ。
BOSSのトートバッグも中々いい。東急百貨店カードに加入すれば同時に2000円分の商品券をくれるので、それを早速使えるという。だがヒルズクラブのカードもあるし、六本木ヒルズの店で年間〇〇円以上買えばお誕生日のプレゼントをくれる、なんてのもあったな。実際、ヒルズの店で先日素敵なノートをもらったばかりだし。要するにポイントカードは浮気防止、よその店に行かないでねという意味合いなので、一箇所に固めないと十分なメリットは得られない。
そんなやりとりをグダグダやっているうちに、当日券発売の時刻が迫ってきた。これが家族や友達と一緒だったら、「もう行くよ! なにやってんだよ~~!」と言われるところだ。ギリギリまでバッグについて悩み、まあコンサートが終わってからも閉店まで時間はあると思い、切符売り場に到着したのは5分前になっていた。
ブラームスがソウルメイトの私は、いくつかの演目のうち当然ながらブラームスの悲劇的序曲と交響曲第二番が目的だった。悲劇的序曲は素晴らしかった。だがウィーンフィルのあの想像を絶する、期待値をはるかに上回る交響曲第二番の演奏を昨年11月に聴いた印象が生々しく残っている中、どうしても比較してしまう。結果としてアンケート用紙にはモンスター聴衆?のような文言を並べてしまった。
オーチャードホールのほか映画など文化村の施設のチケットを見せると、東急百貨店のレストラン街で飲み物サービスなどの特典がある。
先日、せっかく軽井沢まで行ったのに有名蕎麦店はおろかJR軽井沢駅の構内にある蕎麦屋まで、午後7時には閉店していた。わざわざ長野まで行ったのに蕎麦を食べ損ねたという思いがずっとあり、永坂更科という麻布十番に本店のある老舗蕎麦屋に入った。無料のオレンジジュースで完全禁酒1周年を祝い、自分の意志の強さに乾杯した。
ブラームスの時代はSNSはおろか電話も普及していなかったと思われる。だから自由=孤独という概念だったのだろう。だが今やブログやフェイスブックで誰もが日常を共有でき、自由でありながら本当は孤独というわけでもない。

