2018年8月25日土曜日

書評 堀江貴文著「ゼロ」

 まだ眠い土曜の朝に思わず一気に読んでしまった。これほど夢中になって読み進めた本は久しぶりだ。

 著者のホリエモンこと堀江貴文氏はメディアで大きく取り上げられ、おおよその経歴や経緯は知っていた。だが、この本で語られた赤裸々な体験、生育環境により、一般的なイメージとは異なる同氏の考えやその背景を理解することができた。

 証券取引法で有罪判決を受けた件については、堀江氏はやっていないと主張している。やったと言えば執行猶予になり実刑を免れることができたが、事実と違うことは言いたくないので2年6カ月刑務所で服役することになった、としている。

 中高一貫校から東大という経歴から、エリート家庭出身なのだと思っていたが、そうではないことが具体的に詳述され、私も納得した。地頭のよさ、常識にとらわれない発想、行動力、圧倒的な集中力と努力、8~10時間という十分な睡眠によって道を切り拓いてきたことが語られる。

 同氏の体験から、示唆に富み勇気づけられるコメントがあった。

・失敗して失うものなんて、たかが知れている。なによりも危険なのは、失うことを怖れるあまり、一歩も前に踏み出せなくなることだ。失敗なんか怖れる必要はない。

・ 男子校で自転車通学だった僕は、上京しても女の子と話すことができず挙動不審だった。行動力のない社会人も同じ。仕事と目を合わせることができず、大きなチャンスからは逃げ回り、人生に向き合うと頭が真っ白になる。これはひとえに経験の問題だ。経験とは、経過した時間ではなく、自らが足を踏み出した歩数によってカウントされていく。

・「できっことない」という心の蓋さえ外してしまえば、「やりたいこと」なんて湯水のように出てくる。

・仕事、勉強、あるいは恋愛であっても、人は「できない理由」から先に考えると、どんどんネガティブになっていく。突き抜けられる人と、そうでない人の違いは、次の一点に尽きる。物事を「できない理由」から考えるのか、それとも「できる理由」から考えるのか。何事も「できる!」という前提に立って、そこから「できる理由」を考えていくのだ。

・あなたの努力や人間性にかかわらず、あなたを嫌う人は一定数いる。あなたの理解者となってくれる人は10%程度かもしれない。でも、それでいい。もし100人中10人が理解してくれるなら、1000人に会えば100人が理解してくれる。万人から愛されようと自分の信念を曲げるのではなく、単純に分母を増やしていけばいい。

・結婚すると、なんでも奥さんが買ってきたもので済ませる男性は多い。自分の身につけるものを他人任せにしてしまうなど、完全な思考停止のサインだ。別に全身ユニクロやGAPの服でも構わない。大切なのは自分の手で選ぶ、という行為である。

・常に思考実験を繰り返し、それをガンガン実行に移していく。ひとつの熟考よりも三つの即決。「悩む」とは物事を複雑にしていく行為だ。ああでもない、こうでもないと、ひとり悶々する。わざわざ問題をややこしくし、袋小路に入り込む。ずるずると時間を引き延ばし、結論を先送りする。人は悩もうと思えばいくらでも悩むことができる。

・壁にぶつかり、つまづくたび、人の感情はネガティブな方向に流れていく。愚痴をこぼし、社会を恨み、うまく行っている他者を妬む。だがネガティブになったところで、ひとつでもいいことがあるだろうか? ネガティブなことを考える人はヒマなのだ。ヒマがあるから、どうでもいいことを考える。与えられた24時間を仕事と遊びで埋め尽くせばいい。常に頭を稼動させ、実際の行動に移していく。

・国内の温泉旅館に泊まれば、朝食はほぼ間違いなくご飯と納豆、焼き魚、味噌汁、それから海苔と生卵だ。これを「旅館の朝食といえばこれだよね」と受け入れるのか、それとも「なぜどこも同じなのか」と思うのか。自分の頭で考えることは、こんな些細なことから始まる。世の中で常識とされるものの大半が、合理性を欠いたものであることに気づく。

・自分には何もできない。どうせ自分はこんなもんだ。この年齢では遅い。そんな不自由さを感じているとしたら、それは時代や環境のせいではなく、ただ思考が停止しているだけだ。あなたは考えることをやめ、「できっこない」と心の蓋を閉じているから、自由を実感できない。

・そして人は考えることをやめたとき、手錠をかけられる。思考が硬直化したオヤジの完成だ。考える力を失ってしまったからこそ、カネや権力に執着する。オヤジに足りないのは若さではなく、考える力、また考えようとする意思そのものだ。

 ・人の気持ちなんて、究極的にはわからない。僕のことをどう思っているのか、信頼してくれているのか、バカにしているのか。本当のところは絶対にわからない。わからないからこそ、僕は信じる。