2018年8月30日木曜日

成功のカギは徹底した無駄の排除

 飲食店の売り上げを伸ばす最も手っ取り早い方法は、おいしそうに見える写真を撮ることだという。昨日参加したセミナーによれば、それだけで20~30%はアップするそうで、おいしく見える写真を撮るための具体的な方法が披露された。

 最も大切なコツはどんどん無駄なものをそぎ落とし、 重要なものだけにフォーカスすることだという。例えば、肉であればジューシー感が伝わる一切れに集中し、飲み物やサラダは入れない。

 これとは逆に、あれも、これも入れようとすると、無難でつまらない写真になってしまう。


 堀江貴文氏も同じことを言っていた。僕は面白いことしかやらない、と。世間的にみんなが目指すべきだと思われていること、例えば「家族って必要ですか?」 中国は指導者が国民を何千万人も大虐殺した歴史があるため人々は政府を信用せず、自分たちを守るコミュニティーとして家族を重視する。

 だが現代の日本では、そうした必要性はない。むしろ結婚して家族がいれば、それに対応した大きさの家が必要になり、満員電車に乗り、住宅ローンにしばられる。子供はうるさい。新幹線に乗り、乳幼児がワーワー泣いていると、みんな黙ってはいるが、僕は正直「ちっ、うるせえな。。。」と思ってしまう。それは自然な感情で否定されるべきではない。

 そう考えると独身のメリットは大きい。一人暮らしなら大きなスペースは必要ないので、通勤に便利な場所にマンションを借りられる。 これが3LDKとか4LDKとなると、とても自分には払える金額ではない。家に帰れば誰もいないので、疲れていれば速攻で寝られるし、エアコンの温度も自分の好みで瞬時に変えられる。

 家事は自分の好きなようにやればいいし、育児の手間や悩みもない。両親の会話を思い出すと、親類のAさんがどうした、Bがどうしたという話が多く、親戚づきあいが大変そうだったが、そうした苦労はゼロ。GW、お盆、年末年始も完全に自由だ。寂しいと思えば、よくしたもので放っておけないと思ってくださる方が現れ、肩が凝ればマッサージの施術師も来てくれる。

 なので正直、独身で困ることはない。すっぱい葡萄と言えばそれまでだが、厳密に生活の中味を吟味していくと、人にやさしいライフスタイルのように思える。

2018年8月25日土曜日

書評 堀江貴文著「ゼロ」

 まだ眠い土曜の朝に思わず一気に読んでしまった。これほど夢中になって読み進めた本は久しぶりだ。

 著者のホリエモンこと堀江貴文氏はメディアで大きく取り上げられ、おおよその経歴や経緯は知っていた。だが、この本で語られた赤裸々な体験、生育環境により、一般的なイメージとは異なる同氏の考えやその背景を理解することができた。

 証券取引法で有罪判決を受けた件については、堀江氏はやっていないと主張している。やったと言えば執行猶予になり実刑を免れることができたが、事実と違うことは言いたくないので2年6カ月刑務所で服役することになった、としている。

 中高一貫校から東大という経歴から、エリート家庭出身なのだと思っていたが、そうではないことが具体的に詳述され、私も納得した。地頭のよさ、常識にとらわれない発想、行動力、圧倒的な集中力と努力、8~10時間という十分な睡眠によって道を切り拓いてきたことが語られる。

 同氏の体験から、示唆に富み勇気づけられるコメントがあった。

・失敗して失うものなんて、たかが知れている。なによりも危険なのは、失うことを怖れるあまり、一歩も前に踏み出せなくなることだ。失敗なんか怖れる必要はない。

・ 男子校で自転車通学だった僕は、上京しても女の子と話すことができず挙動不審だった。行動力のない社会人も同じ。仕事と目を合わせることができず、大きなチャンスからは逃げ回り、人生に向き合うと頭が真っ白になる。これはひとえに経験の問題だ。経験とは、経過した時間ではなく、自らが足を踏み出した歩数によってカウントされていく。

・「できっことない」という心の蓋さえ外してしまえば、「やりたいこと」なんて湯水のように出てくる。

・仕事、勉強、あるいは恋愛であっても、人は「できない理由」から先に考えると、どんどんネガティブになっていく。突き抜けられる人と、そうでない人の違いは、次の一点に尽きる。物事を「できない理由」から考えるのか、それとも「できる理由」から考えるのか。何事も「できる!」という前提に立って、そこから「できる理由」を考えていくのだ。

・あなたの努力や人間性にかかわらず、あなたを嫌う人は一定数いる。あなたの理解者となってくれる人は10%程度かもしれない。でも、それでいい。もし100人中10人が理解してくれるなら、1000人に会えば100人が理解してくれる。万人から愛されようと自分の信念を曲げるのではなく、単純に分母を増やしていけばいい。

・結婚すると、なんでも奥さんが買ってきたもので済ませる男性は多い。自分の身につけるものを他人任せにしてしまうなど、完全な思考停止のサインだ。別に全身ユニクロやGAPの服でも構わない。大切なのは自分の手で選ぶ、という行為である。

・常に思考実験を繰り返し、それをガンガン実行に移していく。ひとつの熟考よりも三つの即決。「悩む」とは物事を複雑にしていく行為だ。ああでもない、こうでもないと、ひとり悶々する。わざわざ問題をややこしくし、袋小路に入り込む。ずるずると時間を引き延ばし、結論を先送りする。人は悩もうと思えばいくらでも悩むことができる。

・壁にぶつかり、つまづくたび、人の感情はネガティブな方向に流れていく。愚痴をこぼし、社会を恨み、うまく行っている他者を妬む。だがネガティブになったところで、ひとつでもいいことがあるだろうか? ネガティブなことを考える人はヒマなのだ。ヒマがあるから、どうでもいいことを考える。与えられた24時間を仕事と遊びで埋め尽くせばいい。常に頭を稼動させ、実際の行動に移していく。

・国内の温泉旅館に泊まれば、朝食はほぼ間違いなくご飯と納豆、焼き魚、味噌汁、それから海苔と生卵だ。これを「旅館の朝食といえばこれだよね」と受け入れるのか、それとも「なぜどこも同じなのか」と思うのか。自分の頭で考えることは、こんな些細なことから始まる。世の中で常識とされるものの大半が、合理性を欠いたものであることに気づく。

・自分には何もできない。どうせ自分はこんなもんだ。この年齢では遅い。そんな不自由さを感じているとしたら、それは時代や環境のせいではなく、ただ思考が停止しているだけだ。あなたは考えることをやめ、「できっこない」と心の蓋を閉じているから、自由を実感できない。

・そして人は考えることをやめたとき、手錠をかけられる。思考が硬直化したオヤジの完成だ。考える力を失ってしまったからこそ、カネや権力に執着する。オヤジに足りないのは若さではなく、考える力、また考えようとする意思そのものだ。

 ・人の気持ちなんて、究極的にはわからない。僕のことをどう思っているのか、信頼してくれているのか、バカにしているのか。本当のところは絶対にわからない。わからないからこそ、僕は信じる。

2018年8月16日木曜日

日米の働き方の違い 結果かプロセスか

 日本は仕事の結果ではなく、上司や同僚につきあって残業することが評価されるので、働き方改革がうまく行かない。米国では結果が重視され、どのように成果を上げるのかは個人に任されている。

 そのようによく言われるし、日米の職場を両方経験した立場から、だいたい合っているとも思う。トム・クルーズ主演の最新映画「ミッション:インポッシブル/フォールアウト」でも、主人公には核兵器による世界同時テロを防ぐ使命だけが与えられ、「どのようなプロセスを取るかは一切問わない」との指示を受ける。

 だが映画の観客が楽しむのは結果ではなく、プロセスそのものだ。もっと言えば、ハリウッド映画の性質上、主人公が失敗して同時テロが起きるという結果を誰も想定していない。すでに結果はわかっているのに、トム・クルーズが核兵器のスイッチを止めるために必死になってパリの街中を縦横無尽にバイクを走らせ、ロンドンの高層ビルの屋上を全力疾走し、秘境の峡谷で自らヘリコプターを操縦する、といった冒険に魅了される。

 日本の職場で働いていたとき、夜10時にもう一仕事するために先輩に誘われ夕食に行くことがよくあった。そうして、今やっている仕事がどうとか話し込んで身を粉にして働くことはミッション:インポッシブルと同じだ。若いからできたし、こういう働き方を日常化するのは危険ではあるが。。。

 そう考えてみると、自分が30年近く働いてきた中で最も印象に残っている仕事は何だろうか。実は結果だけではなく、むしろ仲間と話し合い、知恵を出し合ったプロセスのほうがはるかに印象に残っている。中には結果は惨憺たるもので、全体的な成果はゼロという仕事もあった。だが、その仕事を一緒にやった仲間と久しぶりに再会すると、なんとも言えない感慨がこみ上げてくる。

2018年8月6日月曜日

東京医大の女子差別に思う

  東京医大が女子受験生の入試点数を一律に減点し、本来なら好成績で合格したはずの受験生を不合格にしていたという。それと同時に、上位の高得点者の1年目の授業料500万円を免除している。

  よくわからない仕組みだが、性別に関係なく優秀な学生が欲しいとは思っていない、ということはわかる。

   国立の東京藝大でも女子合格者の割合が奇妙に毎年低く、女性の芸術家はやがて作品を作らなくなるから、といった噂もブログで語られている。

  大雑把に言えば、頭が良く才能ある女性は、日本の多くの場面で歓迎されない。日本人男性が奥さんや彼女を自慢する内容は大抵「かわいい」「優しい」である。これに対して、アメリカ人男性の場面、「頭がいい」「面白い」といったキーワードが並ぶ。

  とても残念なことに、社会的に成功した日本人女性で個人的にも心から幸せそうな方はほとんどいない。少なくとも、素敵。。。こんな風になりたいと思う女性は、有名人にも身近にも見当たらない。

  そんな中、久しぶりに知人のアメリカ人女性と連絡を取る機会があった。彼女は某大手企業の重役だったが、今ではさらに昇進して驚くような肩書を手に入れ、しかも素敵な休暇先での幸せそうな家族写真も送ってくれた。うわぁ。。日本で女性がここまで高い地位にいるのはオーナー会社か二世議員くらいしかない。そこまで至らずとも、経済的に自立している女性は独身か、もしくは家庭と子育てでクタクタ。最もラクそうに見えるのはホテルオークラでお茶している有閑マダムである。

  日本で女性の地位向上に取り組んでいる方々には本当に頭が下がるが、頭の良い女性が手っ取り早く幸せになるには、それが可能な場所に行くことかなと思う。