2025年6月25日水曜日

権力者に都合のいい管理方法の定石とは?

歴史を振り返ると「扱いにくい存在」や「都合よく統制したい集団」に対して、ある種の“定石”が繰り返し使われてきた。

それは、

①別の場所に移動させ、②集団で隔離し、③閉じ込めること。

この三点セットで、対象の言動や社会的影響力は大幅に制限される。

歴史の中で何度も繰り返されてきたこの構造は、強制的であれ、自発的であれ、「自由」を削ぎ、「監視と従順さ」を確保する最も効率的な方法だ。

そしてそれは、過去の話ではない。


■ 居留地:自由を失った“保護”空間

アメリカの先住民たちは、広大な土地に散らばって暮らしていた。
だが白人政府は彼らを「保護」という名目で、指定区域=居留地に強制移住させる。生活の基盤を奪い、自治の権利を剥ぎ取るためだ。

実際には、保護ではなく分断と隔離だった。文化や言語の断絶も狙いのひとつ。
居留地とは、見えない檻のついた自然刑務所である。


■ 収容所:戦争を理由に人間を囲い込む

戦時中、日系アメリカ人は敵性国民と見なされ、何の罪もないまま強制収容所に送られた。
「安全のため」という理屈がまかり通ったが、実態は国家による集団的差別だった。

彼らは仕事を失い、家を奪われ、自由を失った。
だが、紙の上では「自主的移動」であり、政府はあくまで「秩序維持」を主張した。


■ 保育園・学童保育:子どもを“預ける”という常識

保育園や学童保育もまた「管理された集団空間」だ。
もちろん、働く親にとっては必要不可欠な制度ではある。
だが同時に子どもを早期に「制度の枠内」に組み込み、共通の価値観を植え付ける装置でもある。

躾、礼儀、行列、着席、発表、協調──
すべては「扱いやすい国民」になる訓練だ。


■ 老人ホーム:社会から切り離された“終の住処”

高齢者を施設に預ける社会は、もはや当たり前になった。
だがそれは、家族の責任の外部化であると同時に、「管理空間」への放逐でもある。

職員不足、拘束、薬漬け、監視カメラ。
「ケア」の名のもと静かに自由を剥奪していく空間だ。


■ クルーズ船:富裕層を“隔離”するラグジュアリーな牢獄

一見、優雅なバカンスに見えるクルーズ船。
だが中に入れば、空間は完全に管理され、食事、行動、イベントはすべてプログラム化されている。

陸地から隔離されたその構造は、ある意味で自発的な収容所であり、
「自由な消費行動」すら演出された選択肢にすぎない。

さらにコロナ禍では文字通り“洋上の監獄”に変貌した。


■ 〇〇センター:企業による“経済的な居留地”

現代型の収容モデルとして注目すべきが、企業による配置転換だ。
アマゾンでは、社員に対して地方の「〇〇センター」への異動を打診し、「応じない場合は60日以内に退職(退職金なし)」という方式で人員削減を行っている。

物理的移動が困難な人間は、自動的に排除される。
企業は責任を負わず、本人の“選択”として処理される。

これは「辞令を使った居留地化」である。


結論:「囲い込まれる側」にならないために

いずれの構造も、表面上は「保護」「支援」「利便性」を装っている。
だが本質は「移動+集団隔離+閉じ込め」による行動の制限、つまり
支配のテンプレートだ。

私たちはいつでも、気づかぬうちにそのテンプレートに組み込まれかねない。
「自由」とは単なる選択肢の数というよりは“場所”と“移動”をいかにコントロールできるかにかかっている。