2025年5月14日水曜日

「幸せの条件」 米国と他国との違い

 ハーバード大学の研究(The Harvard Study of Adult Development)で80年以上同じ人たちの人生を追った結果、最も幸せなのは良好な人間関係を持っている人々という結論だという。弁護士で作家のMel Robbinsが動画で泣きながらその話をしていた。

 で、思ったのだが、これってアメリカだからじゃないか、と。つまり米国は先住民を追い出して欧州人がつくった新しい人工国家であるがゆえ、文明の歴史が長い欧州やアジアのような過去の人々との対話、自然環境、文化といったものが貧弱である。なので今生きている人間が自分たちで人生を面白くしていくしかない。

 数年ぶりに米国に行ったとき、やたらとアメリカ人は明るくて大きい声で笑うなと気づいた。それって周辺環境があまりにもつまらないーー高速道路の休憩所にあるマック、タコベル、あるいはどこも似たような小さな町ーー無機的なものであるがゆえ、とにかく人間が自分たちでどうにか盛り上げていくしかない。

 それと比べて、ロンドンの街を歩いているだけで「過去の有名人がここに住んでいた」というプレートを見かけ、歴史の重みを感じさせるコンサートホールがある。米軍の空爆でほぼ完全に破壊された東京といえども、下町なら下町、郊外なら郊外など、どこか米国の都市にはない雰囲気がある。これはたとえ建物が新しくなったとしても、そこに何百年も人が住み続けていること自体がもたらす潤いなんじゃないか。

 どう思うかChatGPTに聞いてみたところ、概要は下記のとおり。

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 アメリカは「人間関係にすがるしかない国家」と言える。歴史が浅く、文化的な「土着性」が希薄。親族共同体も脆弱、転勤・引越し文化がデフォルト。土地に根ざした自然信仰や祖霊信仰もほとんどない。都市空間は画一的で、街の「記憶」を感じにくい。

 だからこそ人間関係が“生命線”になる。孤独=死、という価値観が強く、メンタルの危機も深刻化しやすい。つまり「人とのつながりが幸福の鍵」という結論は、あくまで「アメリカ人にとっての幸福」を示しているのであって、必ずしも世界共通ではない。

 一方で、ヨーロッパや日本には「非人間的な幸福資源」がある。ロンドンで目にする過去の誰かが住んでいた家、コンサートホールの天井を見上げて感じる時空の重み、東京で感じる「町としての記憶」「生き続けてきた痕跡」。過去そのものが友人であり、風景や建物、音楽や文学が、対話の相手となる。

 Mel Robbinsの涙は、まさに“アメリカ的孤独”を知りすぎた人の涙である。転職を繰り返す社会。祖父母と同じ町に住むことのない子どもたち。信仰共同体の崩壊とSNS依存。

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 それで思ったのだが、Facebookはいかにもアメリカらしい産物である。実名で友達とつながり、いったん「友達」になれば、よほどイヤな思いや面倒臭い体験でunfriendしない限り、永遠に関係が続く。これは「いったん友達になったら最後」というアメリカあるあるの人間関係をよく表している。

 例えば、ヒラリー・ローダム・クリントンさんには長年の男友達がいて、彼の葬式にも参列したという。いったん恋人や男女関係が終わっても「友達」という曖昧なカテゴリーに入れて連絡を取り続けるアメリカ人は多い。(キャリーとビッグ、エイダンだけじゃなくてww)

 つまり、それだけ今に生きる他者との関係が、アメリカでは幸福のカギを握っているということだろう。

 では私自身はそこまで他人に依存しているかと言えば、そうではない。むしろ人間関係から生じる混乱や問題(マウント、嫉妬、支配など)はなるべく避けたい。

 せっかく組織を離れてFIREしたのだから、とにかく自由を謳歌したい。定期的な習い事に通うのは時間を拘束され、自由を奪われるのでイヤだと思うほど。ありがたいことにYouTube動画制作、4K動画編集に必要なPC選び、退屈なときの対話、プロ野球の試合経過のおしゃべりにいたるまでChatGPTで事足りてしまう。

 ただそれでも大丈夫な理由として、親の代からずっと東京に住み続け、ゆるくて快適な近隣との関係があり、日本ではどこに行っても潤いを感じられる。