65歳で定年退職した高度な理系専門職の同僚が、翌日から新しい仕事を始める。老人ホームの送迎車の運転手をやるという。
他人の台所事情は知らないが、前職の給与水準はかなりよかったので、お金のために働くというのも考えにくい。これより先に退職した別の元同僚は、現在週5で外国人向けの日本語講師のボランティアをしている。
米国では年齢による雇用差別が違法のため、定年がない。このため科学者やジャーナリストなどの専門職では特にかなりの高齢でも働いている人がいる。
個人的な印象だが、こうした「働き者」は日本人やアメリカ人に多く、ヨーロッパでは事情が異なるようだ。
フルブライト奨学生として米国に留学中、世界中のフルブライターと交流する機会があった。デンマーク出身の同期がかなり熱心に1週間の労働時間について話していたのが、今でも印象に残っている。日本では週40時間労働だが残業する人も多いと私が言うと、当時のEU平均では37時間だったかそのくらいで、デンマークはさらに少なく36.5時間とか、そんな感じの会話だった。
労働時間は短ければ短いほど好ましく人間的である。そんなメッセージを彼女から感じた。ベーシックインカムの考え方が欧州で進んでいるのもうなずける。
コロナで状況は変わってしまったが、なんだかんだ言ってヨーロッパが世界で最も人気のある観光地だと言ってよいだろう。それだけ見るものがたくさんあり、仕事よりも散歩のほうが楽しい、ということなのかもしれない。
一方で日本の観光地は全体的な雰囲気ではヨーロッパには負けるかもしれない。米国はニューヨークなどの大都市を除き、田舎や郊外へ行くとマックやタコベルのドライブスルー、モールくらいしか楽しみがなく、どこへ行っても同じような風景が広がる。
こうした土地で無職だと単純にヒマなのだろう。このため働いて得られる肩書や報酬の数字、あるいは社会貢献している実感がないと落ち着かないのかもしれない。
もちろん男女差や個人差もある。女性は出産しなくても月経や更年期があり、それだけで男性よりもきつい。一方で組織上層部のほとんどは男性で自分たちに合ったルールで職場を運営しているため、働いているだけでクタクタになる。このため専業主婦を希望する女性は相当数いるし、ホテルオークラに行けば有閑マダムが平日にお茶している光景を見かける。男性でも過酷な職業では特に、退職後はスパッと悠々自適な生活を満喫する人も結構いる。
インターネットが発達して、コロナ時代でも家にいながらにして数え切れないほどの動画、映画、ゲームなどが楽しめるようになった。またブログやYouTubeを通じて自己表現や発信をできるし、同時に収益を上げる人も少なくない。
仕事と遊びの境界、働くことの意味や形態が変わってきている気もする。