この2~3年慢性的な疲れが取れず、年齢的なものかとあきらめていた。
だが最近ある方に、「自発的に何かをやり始めて、その後にグッタリということはないですか?」と聞かれた。
そう考えてみれば、休暇中に政治関係の分厚い英文の本を一気に読んだり、庭の物置を全部片付けたり、このブログを頻繁に更新した時期と、どうしようもない疲れを感じ始めた時期には相関関係があった。
つまり、自らの首を締めていたのだ。他人からああしろ、こうしろと言われたのではなく、自分の意志でやっているので、よけいに夢中になりすぎるのかもしれない。
自分を客観視するのは難しいが、他人と話していて、この人は自らの首を締めているなと感じることはある。
例えば、アラフォーになる独身女性が今すぐにでも結婚・出産して親を安心させたいといと言う。だが30近くの頃に、条件のよい彼氏からのプロポーズを断った、とも。どうして断ったのかと聞けば、「自分はまだ若いと思った」。
一体この人は何をやってるんだろうか。
彼女を含めエンドレスな愚痴を垂れ流す人の言うことを聞いていると、自ら愚痴の原因を招いている。非現実的かつ多すぎる数の理想を追い求め、それは無理じゃないのと常識的に思う。端的に言えば世の中をなめていて、自分の実力を過信している。だが本人はそれに気づいていない。
大雑把な言い方をすれば、20代の頃にモテた理由は輝く肌であり、その後アンチエイジングであがいて美魔女になったとしても、「お若く見える」だけであり本質的な若さではない。
日本は女性の若さだけを重視する価値観があるが、若さを失った後は別の価値で勝負することになる。経験、専門性、常識、分別、感性、頭のよさなど。そうした別の価値が認識される環境に身を置くことも重要だと思う。
いずれにせよ、鏡を見ただけでは自分を直視することが難しいので、客観的な視点はありがたい。