緊張状態にありながら異なる宗教・文化を持つ人々が共存しているエルサレム。
パレスチナ自治区ではさらに興味深い共存状態を見ることができた。ヨルダン人運転手の案内で国境を越えてパレスチナ自治区・ヨルダン川西岸に入る。当時のシャロン首相がつくった境界の壁がそびえたっている。 運転手にとってはかなり気に入らない代物のようだ。
イエス・キリストがここで生まれたという、見るからに古い教会がベツレヘムという町にある。そこで驚いたことに、運転手に紹介された教会の案内人はイスラム教徒のアラブ人だった。スーツでネクタイを締め、きちんとしたプロフェッショナルといった風貌である。パレスチナ政府が発行した観光ガイド身分証を提示され、キリスト教の歴史、イエスの物語などを詳しく語られる。
聖書に書いてある出来事がここで起きたと具体的に示されると、世俗的な人間にはにわかには信じがたいが、それをイスラム教徒から解説されるのはかなり貴重な体験であった。
ヨルダン人運転手はパレスチナ自治区内でイスラム教ゆかりの地を是非見せたいと提案してくれたが、時間がなかったので申し訳ないが予定していたイスラエル博物館に行ってほしいと伝えると、とても残念そうだった。
イスラエル博物館は古代イスラエルの時代から現代に至るまで、ユダヤ人の視点で世界史を鳥瞰する構成になっている。よくぞここまで世界中から各年代の歴史的遺産を集めてきたものだと感心し、展示物の下を見るとユダヤ系財閥がスポンサーとして名を連ねている。
わずか3日程度で限られた場所に行っただけでも、この土地の持つパワーと興味の尽きない歴史遺産に圧倒される。戦争してまで奪い合いになる理由が理屈ではなく、肌で感じられる旅であった。それと同時に、これほど貴重な観光資源がありながら、政情不安や戦争が観光客の足を遠のかせている。
CNNなどメディアでは対立関係ばかりが伝わってくるが、ここで暮らす多様な人々は心から憎しみあっているのではない。むしろ人類共通の遺産に畏敬の念を持ち、宗教に関係なく平和を望み、世界中から観光客に来てほしいと思っている。 そうした普通のアラブ人とイスラエル人の関係は、せいぜい江戸っ子と関西人のライバル意識程度(?)のようにも感じられた。