私は関西好きな姉の影響もあり、子供の頃から半世紀近く阪神ファンをやってきた。だが最近では家から最も近く、黄金時代の地元セールなどで親しみのある西武ライオンズを応援している。
ただ長年の虎党のクセがあり、そのままの感覚でライオンズ推しをすると予想だにしなかった違いに直面する。
結論から言うと阪神タイガースは関西を総本山とする宗教団体であり、西武ライオンズはローカルなエンタメ事業なのだ。
その違いが具体的にどう表れるのかを述べてみよう。
1)グッズショップの品揃え
タイガースショップにはありとあらゆる種類の商品が並んでいる。応援グッズのユニフォーム、メガホン、タオルといった定番のほか、スーツケース、コーヒーメーカーやトースターなどの家電製品、記念の年には純金の小判まで。
この感覚でライオンズストアに行き「靴下はどこにありますか?」と店員に聞くと「扱っていません」。え。。。ビックリした。タイガースには一体何種類の靴下があるのか分からないほど当然あるのに。どうやら昔はライオンズでも靴下はあったようだが。
阪神タイガースという巨大な宗教に近いコミュニティでは、消費行動の全てを球団に捧げることが忠誠の証となる。信者は日用品の全てをタイガースで固めることで安心感を得る。そのため、ショップは百貨店のようなフルラインナップを求められるのかもしれない。
これに対して、ライオンズストアが靴下を置いていないという事実は、西武ファンが「そこまでの依存」を球団に求めていないことの表れかもしれない。店頭に並ぶのは応援グッズやお菓子などのお土産が中心であり、靴下はおろかライオンズロゴの入った家電製品も一切ない。
2)勝敗へのこだわり
昨日現地観戦した日ハム戦でライオンズは1-2で敗退。ヒットは1回裏、長谷川のHRだけ。先発渡邉は8回1失点でも勝ちがつかず。源田はどうにか2割回復も相変わらず打撃はあっさりしすぎ。最後はついに代打を出されたが、出てきた栗山も凡退。何とこれで今年は現地7戦6敗。去年は7戦6勝だからちょうど真逆。
一連の感想を隣席のライオンズファンの人と話したが、彼はさほど負けを気にしていない様子だった。これが阪神の負けた試合でタイガースファンだったら、とても声すらかけられないほど深刻な雰囲気だっただろう。
それだけ西武ファンにとってライオンズは日常の娯楽のひとつであるのに対して、阪神ファンにとってタイガースは精神的な依存先と言えよう。
私が思うに、ライオンズファンである西武線利用者は昼間はガラガラ、ピカピカな車両と快適な電車に乗り、東京西郊や埼玉の暮らしに基本的に満足している(西武線で人身事故はほとんど聞かない)のに対して、タイガースファンは関西という階級社会と因習の世界で閉塞感や責任感に押しつぶされている。
昨日の阪神は神宮での試合で5-10でヤクルトにリードされていたが、9回表、二死満塁でテルに打席が回ってきた。もし満塁ホームランなら1点差。ところが彼は三振に倒れた。
そもそもこの試合は先発才木が2回裏に6失点(きっかけはテルのエラーだったが)、継投も打たれていた。だがエラーと最後のチャンスで打てなかったことでファンに何を言われるか分からないという恐怖からか、彼は試合後ベンチから引き揚げて外野の出口まで歩く際に頭からバスタオルをかぶり、三塁側スタンドの阪神ファンに顔が見えないようにしていた。まるで逮捕された容疑者がマスコミのカメラを逃れるかのように。
これが3割8分近く打っいる首位打者、打点王なのだ。テルがもしライオンズの選手だったら、バスタオルをかぶって帰る必要は全くなかっただろうと私は断言できる。つまりライオンズファンは比較にならないほど穏やかであり、娯楽である野球に良くも悪くもそこまで辛辣にならないから。
3)エンタメ性
西武HDにとってライオンズ事業は西武園遊園地と同じ位置づけの娯楽であることは、野球チケットを買うと「同日の西武園遊園地入場券を割安で買えるので行きませんか?」という案内が出てくることからも明らかだ。だからこそレオ・ライナという超一流エンターテイナーが実は主役であり、太っ腹なライオンズグッズ無料配布の日を設けたり、球場グルメなど勝ち負けに関係ない集客を基盤としている。
これに対してタイガースは本質的に宗教団体であるため、勝って信者=ファンを喜ばせないと存在意義がない。タイガースのチケット購入者に、例えば(別経営だとは思うが)海遊館の同日割引チケットのお勧めという発想は出てこないのではないか。