そもそも、ある種の人々はなぜカルト宗教にはまるのか。
人生に問題や苦悩があり、救済を求めて宗教にすがるのかもしれない。疲れを癒すために酒を飲む行為とも似ている。あるいは自分に自信のない女性が夫に頼り、子供の将来に賭ける。
共通点は自分以外の存在への依存である。
しかしながら、他者に依存することで問題は解決しない。それどころか宗教団体に財産を奪われ、アルコールで脳神経を失い、モラハラ夫に盲従することで自己管理能力が弱まり、ますます問題が悪化する。
こうした依存心や、自分以外の何物かが全てを救済するという発想は、視野の狭さ=幅広い教養の欠如を表している。
最近、母校の東京外国語大学の入試で共通テストの数学科目を増やしたことに関して、同窓会で議論があった。私の時代は共通一次で5教科7科目、しかも理科I(生物、化学、物理、地学を全て含む)と現代社会(政治経済と倫理を全て含む)は必須科目だった。これと比べれば、今はなんてラクなのかと驚いた。
当時はもう二度とやりたくないと思ったが😅、無理矢理にでも幅広い科目を勉強したメリットはあった。なにか1つの科目を学んだら、それとは違う科目を学ぶ。そうした習性が身に着いたのは大きな収穫だった。
文系科目をやったら理系科目。英語を学んだら中国語を習得。フルブライト留学後はイギリス大学院留学。府中で観梅後は青梅の梅の成長を見守り、国立の谷保天満宮を散策。年長者の話を聞いたら、若い人の意見も知る。
このようなプロセスによって、なにか1つのものに頼らず、幅広い教養を養い、冷静な観察力と問題解決の能力が培われたと思う。