市川海老蔵改め13代目市川團十郎白猿(はくえん)の襲名披露公演を、先日歌舞伎座で鑑賞した。
昼の部で團十郎は勧進帳の弁慶役を務め、重い衣装をまとい額に汗して一生懸命に演じていた。しかしながら、感動したかと言われれば、そうではなかった。いろいろな意味で非常に考えさせられる公演であり、その理由を述べてみたい。
團十郎と言えば歌舞伎界で最も格が高いとされる。イヤホンガイドの解説によれば、江戸時代は圧倒的に男性の人口が多く、初代團十郎が始めた荒事(荒々しく豪快な歌舞伎の演技)が人気を呼んだ。
ちなみにガイドはさらっと言ったが、これって普通にヤバくないか? 中国の一人っ子政策で男の子が好まれ、女の子が生まれると殺された家が多かったのと同じなのか? ググってみると、江戸は武士・商人の町で出稼ぎ男性が多かった、ということらしいが。。
歌舞伎の歴史と團十郎
もともと歌舞伎は1603年に出雲阿国という女性が創始した「かぶき踊り」に端を発し、当初の演者は女性だった。遊郭の経営者が集客目的で遊女たちに演じさせる「遊郭歌舞伎」が流行り、客同士による人気女優の取り合いにも発展した。
このため幕府は1629年、歌舞伎の舞台で女性が演じることを一切禁止した。歌舞伎役者に男性しかいないのは、このような背景による。
だが男性役者による問題もその後生じる。大奥の女中たちが歌舞伎鑑賞に夢中になり、役者たちとの宴会で門限を過ぎた。もともと幕府は歌舞伎をあまりよく思ってはおらず、原則として大奥の女たちが芝居を見物するのを禁止していたこともあり、このことは大きな問題になった。
当時の江戸には歌舞伎を行う4つの芝居小屋があったが、幕府は全て取り壊そうとした。だが二代目團十郎の尽力によって、上記の事件が起きた山村座以外の3座は存続した。
そもそも女性が始めた歌舞伎だが、歴代團十郎が発展させ、存亡の危機を救ったことで、團十郎が最も偉いということになった。
初代團十郎(1660~1704年)が活躍した時代から約350年。皇室とも似た男性世襲制によって、2022年に13代目市川團十郎白猿が襲名した。「白猿」をつけた理由は本人いわく「父や祖父の足元にも及ばず、これから精進していこうという気持ち」だという。
12代目との比較
このコメントは彼の正直さを表している。
2012年10月、私は12代目團十郎(13代目の父)の富樫、9代目松本幸四郎による弁慶の勧進帳を鑑賞した。当時すでに12代目團十郎は白血病を患い、この公演から3カ月もしないうちに他界した。おそらく本人も最後の勧進帳だと感じていたのだろう。
今回の13代目團十郎の襲名公演とは全く別次元のレベルだった。
公演全体のメリハリ、見せ場の盛り上がり方、弁慶・富樫・義経の三者の全身から湧き上がるオーラ。そうした全てが最後の飛び六方に収斂されるクライマックスでは、魂が揺さぶられ、心の底から込み上げてくるものがあった。これぞ日本の古典芸能の真骨頂。昨年春に見た祇園や円山公園の桜にも通じる。
先日の公演はそうしたものではなかった。「父の足元にも及ばない」と本人があらかじめ明言し、そのため名前まで変則にしているのだから無理もない。元NHKアナウンサーの山川静夫氏は「芸の域に達していない」とまで語っている。
公演直後、周囲の観客は無言だった。隣席の中年女性は即座に立ち上がり、そそくさと出て行った。
前述した2012年の公演は、12代目團十郎が1985年に襲名以来27年、最後の集大成だった。團十郎デビューしたばかりの13代目がこれを上回ることを期待するほうがおかしい。
その理屈から言えば、今回のチケット料金は通常の1等席・1万8000円より5000円プラスの2万3000円で高いじゃないか、という見方もあるだろう。若葉マークのついた團十郎であるなら、むしろ1万5000円程度にすべきではないか、と。
ただ襲名のお祝い、特別感を出すためにプラス料金にする必要があったのかもしれない。昼の部の1幕目・祝成田櫓賑(いわうなりたこびきのにぎわい)は大勢の役者がずらりと並び、有名画家の村上隆氏が「祝幕」(下の写真)を作成するなど費用も多くかかっているのだろう。
実のところ、このコラムを書いていて私は罪悪感、あるいは自己嫌悪を感じている。13代目團十郎さんが懸命に演技しているのはよく伝わってきたし、こんなに頑張っている人を批判するのはいかがなものか、と。
12代目團十郎と9代目幸四郎の勧進帳など過去の名演技を見たことがなければ、もっと楽しめたかもしれない。実際「海老蔵時代とは、失礼ながら別人かと思うほどよかった」というツイートもあり、それを見て私も鑑賞に行く気になった。
13代目が目指す方向に期待
ただ、こんなに一生懸命なのになぜ感動しないのか?
それは私がシニカルというわけではなく、山川氏の発言、あるいは周囲の観客の反応からみても、10~20年以上の歌舞伎鑑賞の経験のある観客には共通する感覚なのだろう。
私が思うに、13代目團十郎が海老蔵時代から目指していた方向や考え方と、江戸幕府が定めて現在に至る歌舞伎の在り方にギャップがあるのではないか。
そもそも女性が始めた歌舞伎でありながら、政府の都合で全く違う方向に走ってしまい、今では男優しか許されない既得権益の場となっている。そうした歌舞伎の在り方について、海老蔵(当時)は疑問を呈している。
「歌舞伎が今のかたちになってから200~300年という年月が経って、そろそろ考え直す時期にきている。(中略)性別を理由に女性が歌舞伎をできないことが、僕にはわからなかった」
来月の公演では娘の市川ぼたんも舞台に立ち、将来は歌舞伎役者になってもらいたいと期待している、とも。
江戸幕府が歌舞伎を現在の形に規制したとは言え、すでに400年近く経っている。この間に男優しか認めない制度でメリットを享受する人々もいるのだろう。世襲制を基盤とする排他的な家制度によって競争力を維持できる、など。
また、最近の観客の9割は女性であり、ひいきの俳優の相手役も男性であることで安心し、逆に女優が相手であれば今ほど楽しめないのかもしれない。
あるいは「男の沽券にかかわる」とか「〇〇を男にする」といった言い方をする男性にとっては、男性の優位性や専売特許を譲り渡すこと自体が許しがたいのかもしれない。
ただ、多くの層の人権や平等が重視され、変革する社会において、こうした閉ざされた世界を打破する時期に来ている。
13代目團十郎が現在の歌舞伎界に風穴を開け、新境地を見出し、先代をも超越して感動的な公演をしてくれる日に期待したい。
