先日環境NGOの方と話していて、この問題への日本人の関心は低いですね、という話になった。というか、地球環境問題への関心は一般的にあまり高くない。例えば、気候変動が選挙の争点になったことはあるだろうか。私の友人は一般教養の高い方ばかりだが、それでもパリ協定、増してや水産資源の乱獲、アフリカゾウの密猟と象牙密輸問題など、環境関係の仕事でなければほとんど話題にのぼることはない。
それに対して、欧州や米国のカリフォルニア州等では環境問題への一般的な関心が高く、そうした活動が環境政策の前進につながっている。いろいろな環境問題の歴史を紐解くと、そうした結論に達することが多い。
ロンドンに1年住んで驚いたことの一つは、街を歩いていて声をかけてくるしつこい人のナンバーワンは動物愛護などの環境活動家だったことだ。 現地で知り合った人は高学歴でなくても、まんべんなく時事問題を幅広く語れるだけの関心があるな~~、という印象がある。
日本でも水俣問題、大気汚染、ゴミ処理などの分野では草の根活動が行政を動かした歴史がある。だが、地域を超えたスケールになると、そうした構図はあまりない。もちろんNGOの方は様々な提言を出し、会合に行けば会場を埋める参加者がいて、活発な質疑も行われる。だが、それが全国レベルでの関心の高さにつながるかといえば、そうでもない。
なぜ、このような差が生まれるのか? 一つには、日本社会全体として和が重要視され、対立したグループや意見があっても、それを言いにくい雰囲気がある。結果、長い物に巻かれろ、ということになりがちだ。
また、それと関連して日本社会のよいところでもあるが、気の毒な人々への共感を何よりも重んじる。自然災害が多く、地震や台風、洪水といったニュース、被災者の状況がトップで伝えられる。2011年秋に帰国したとき、ちょうど台風が来た頃だったせいか、毎日そうしたニュースばかりだった。そして不思議なことに、酷暑や台風の背景として気候変動との関連をマスコミが語ることはほぼない。
一方、イギリスや欧州の多くの国ではほとんど自然災害がないので、当然関連のニュースはなく、代わりに国際情勢の話題が多くの比重を占めている。また、BBC Radio Londonではロンドン市政のみならずEU、移民など幅広い話題でリスナーとの会話が延々と続く。パーソナリティーと意見が違う人が熱弁をふるい、口げんかに近い会話も珍しくない。一方、NHKはどちらかと言えば「よい子」の意見が取り上げられ、NHKが言いたいことをサポートするために使われるか、もしくはバランスを取っているというポーズのために、おとなしめの反対意見が出るくらいだ。
とは言いながらも、日本でも調べようと思えば、いくらでも書籍やネットを使って気軽に調べられる。最大の問題は、日本人が忙しすぎることという気がする。連日深夜まで残業している人はかなり多く、仕事で頭が一杯。とてもじゃないが、アフリカゾウや温室効果ガスのことまで考える余裕はなく、せいぜいグルメ情報で息抜き、という方が大多数ではないだろうか。
