2016年1月23日土曜日

これからの人生でやりたいこと

 今月50代という若さで知人が2人他界した。1人は51歳、元上司でその後テレビ出演で有名になり、ニュースで知って驚いた。もう1人は58歳で何回か会ったことがあり、その方が継いだ家業の婦人服メーカーのセールの葉書を頂いたこともあった。2人とも膵臓がんだった。

 それほど近しい人々ということでもなく、正直元上司は好きでもなかったし、納得できる発言をするとも思わなかったが、知人があっけなく世を去るという点では、これからの人生で何を優先すべきかを考えるきっかけになった。

 かねがね自分の人生はかつてはコクのあるおいしいコーヒーだったと思うが、この数年はアメリカンコーヒーのようだと感じていた。まずくて飲めないというほどでもないが、おいしいわけでもなく、少なくとも水分補給という目的は果たせるものの、物足りなさが前面に出るというか。

 最近の生活にはどことなくはっきりしない、煮え切らない側面があるのは否めず、だが勇気がないためぬるま湯につかっていたのかもしれない。そうした煮え切らなさをはっきりさせることが、コクのある充実した人生を取り戻すスタート地点ではないかという気がしてきた。

 そこで今週末から、私はそうした取り組みを開始した。かなり唐突で戸惑いを隠せない人もいるが、民主的な対話により真実を明らかにすることが、幸福な人生を追求するうえで効率性を最大化させるものだ、という思いを確認した。

 明日首都直下型地震が来るかもしれないし、100歳以上生きるかもしれない。後悔しない人生の第一歩は自分自身や周囲の人々との民主的な対話から始まる。