2018年11月24日土曜日

六本木一丁目を使いこなす

 東京メトロの中でも南北線は新参者である。日本初の地下鉄である銀座線、あるいは丸の内線といった老舗と比べて、存在感、乗降客数、本数や地上からの距離といった利便性では負けている。だが逆に言えば、比較的空いており車両も新しくきれいだ。

 六本木一丁目駅は南北線だけで乗り換えの線もなく、六本木の中心地からも離れている。アークヒルズがすぐそこ、泉ガーデンと直結しているくらいで周囲にこれといった施設もない。

 こうした陸の孤島的なロケーションがゆとりをもたらしている。

 とんかつ店チェーンの和幸が奥まった場所にあり、週末となれば一人でも4人掛けのテーブルに座れるくらい空いている。

 和幸はすごくお腹が空いている時に行きたくなるが、残念なことにアークヒルズの店は撤退してしまった。同じ場所に別のとんかつ店が入ったものの、この店の肉は脂身が多く、 サクサク感もあまりない。やはり和幸でないとダメなのだが、店舗によってはかなり混み合っている。今週末、外出した帰りに新宿の地下街にある店に午後6時頃と比較的早い時間に寄ったところ、すでに行列ができていた。そこで地下鉄を乗り継ぎ、六本木一丁目まで足を延ばしたのだが、店はガラガラですぐに入ることができ、その意味はあった。

 六本木一丁目駅に直結している店はほかに、パン屋のPaulがある。フランス発のチェーン店でロンドンにも数多く店舗があり、日本でもヨーロッパと同じ味が再現されている。ここのチェリーパイを食べる度に、サウスケンジントン駅前の店やキングスロードの店を思い出す。

 陸の孤島と言えども、住所は文字通り港区六本木で都心には変わりない。だがアマンドの前のギラギラ感とは無縁で、クリスマスツリーひとつとっても品がある。

 そして意外にも、超お買い得の品も発見する。はちみつをまぶしたピーナツの大缶が税込250円というのは、ほかに見たことがない。

2018年11月20日火曜日

Vienna Phil's fantasy

Last night, I was abusolutely fascinated by Vienna Phil's performance of Brahms Symphony No.2.

Expressing the composor's upbeat emotion from the beautiful nature of Austria, it was the best piece for  this worldclass orchestra. For its unique glory and grand depth, the performance was even better than Berlin Phil's performance that I had listened to in the same venue, Suntory Hall in Tokyo.

The glory felt feminine, coming from the predominantly white male orchestra. Unlike Berlin Phil,  which comprises musicians of diverse gender and ethnicities, over 95% of the Vienna Phil players were Caucasian men.  


This is my unproved hunch as to why that is the case. 

The business of music is to reproduce a beautiful environment. As such, Brahms's second symphony represents the beautiful summer in Austria. That is inherently an artificial process that involves fantacies. 

The unique feminine glory of the orchestra might come from the fantacy of the white male collective psyche. If there were many women who look too beautiful, they would be distracting and the male persuit for the beautiful feminine art might be weaken. And the beautfy of beautiful women is so internally self-evident that they essentially don't strive to create another feminine beauty.

This notion might be similar to kabuki, a Japanese theater played by male actors only; even female charcters are played by men. The setting that the actor playing a woman's role is male creates the unique feminine beauty that women are not able to produce, because that is inherently the product of male fantasies.


2018年11月17日土曜日

コートの季節

 11月に入っても暖かい日が続いていたが、来週はついに最低気温が一桁になるらしい。

 コートが活躍する季節である。

 かれこれ同じコートを四半世紀も着ている。仕事でM物産に行ったついでにビル内のブティックに立ち寄り、ファミリーセールの案内をもらって買ったものだ。国籍を問わず多くの友人にほめられ、これだけ着ているのに、あまりくたびれていない。

 もっと寒い場合には、コムデギャルソンの分厚いロングコートにするが、裏地がボロボロになっている。あまり寒くなければ、ベネトンのダッフルコート風のものがあるが、こちらも気がついたら、あちこち裏地が切れていた。

 会議やパーティーなどでコートを脱ぎ、ほかの参加者のコートと一緒に一箇所に並べておくことは多い。コートの値段はピンキリで、そこで一瞬にして何かが語られる。

 素敵なスーツで決めている男性が意外にも庶民的なコートだと、いわゆる勝ち組エリートの雰囲気はない。むしろ別にお金のかかる要素が生活の中にあり、そのためにできるだけ抑えるところは抑えているのだろう。だが根本的なレベルではかなり品がよく、わざわざブランド物のコートで自己顕示する必要がないのかもしれない。

 また同じコートを着ていると思われるかも知れないが、とりあえず今年も同じで行けば、エコなライフスタイルという言い方もできる。